ACT040 『戦士たちの女王』
ミシェル・ルオは武装解除に同意したジオンの残党どもを見下ろしていた。コクピットから身を乗り出す彼女は、この革命家気取りのスペースノイドたちを観察しながら、言葉を放つ。
「女も子供もいるのね?アンタたちは家族を巻き込みたくなかったから、降伏したというわけなんだ。いいパパたちじゃない?」
そうだ。小さな子供たちもいる。スペースノイドたちは、地球で繁殖活動も行っていたらしい。子供たちにもモビルスーツと革命思想を植え付けて、地球人と戦わせるつもりだったのか?
……そういう連中もいるだろうが、ここにいるのは、もう少しアットホームなヤツらかもしれない。
「……我々は、投降した。地球連邦軍は、我々を軍人とは評価しないようだが……ジオニックで古風なモビルスーツを乗りこなすアンタたちなら、違うんじゃないか?」
リーダーと思しき中年男は、あちこちが火傷している顔に必死な汗を放ちながら、勝者であるミシェル・ルオに訊いてきた。
ジオンの系譜に連なること……そこに、彼は自分たちの命運を賭けたようだ。
「フフフ。そうね。モビルスーツを破壊出来た以上、私たちの仕事は終わったようなものなのよ」
「だったら……せめて、女子供たちだけでも、助けてはくれないか!?……彼女たちの半分は、地球生まれだ!!……地球でオレたちと出会って、結婚して……オレたちと一緒にいてくれただけなんだ!!」
「そういうことって、あるわけよね」
男と女なんて、敵とか味方とかの垣根を簡単に越えてしまうこともある。
兵士なんて国家にそそのかされて戦争の駒をしているけれど、どんな残虐な殺戮をする兵士たちも、裏を返せば、社交性を持つマジメな一般人だ。
「ザビ家の言いなりになって働いただけの連中だ。彼らには同情してやることも正義。あるいは、国家同士の戦争は終了している以上……彼らは私闘を展開しているだけのテロリスト。どちらとして見做すかは、ミシェルさま次第ですな」
隊長は警戒心を解いてはいなかった。ジオンの残党を、彼は舐めていない。国家の敗北を認めることも出来ないほどに、ジオニズムだか地球からの独立戦争を継続しようとしている根っから闘士は、自分の子供を道連れにして自爆ぐらいするかもしれないと考えていた。
隊長が彼らの処分を判断する立場にいたら?……かつての同胞に気を使い、この場から無事に逃がしてやるんだがな……ミシェルさまは、どんな判断を下されるか。
全員ぶっ殺せ。
そう命じられたとしても、ますます惚れちまうだろうな。魂の底まで傭兵と変わった、かつてのジオン軍のエース・パイロットは、兵士や革命家よりも、はるかに戦士として完成されている。
ルオ商会で金のために戦うことを覚えてしまった。こんな自分たちは、平和な世界には『袖付き』みたいな幼稚なボクちゃんどもよりも不似合いな存在だ。
隊長はミシェルを担いで、ステファニー・ルオからルオ商会を奪ってやりたいと妄想する。戦士の魂を理解してくれる飼い主は、ステファニーさまじゃない。
ミシェルさまこそが、我々を理解してくれる。その勘を、彼は信じていた。
「いいわよ。女子供だけじゃなく、アンタたちも逃げなさい。捕虜であるカシマ少佐を遺してね」
……ああ。その非合理的な慈悲深さも、戦士には要るんだよ。兵士なんぞの組織の歯車ではなく、自由意志を持って好きに戦う者でこそ、そういう罪深い甘さを扱うことが可能なのだ。
「……テロリストを逃すんですかい?」
「興味ないわ。彼らの心はとっくの昔に折れているのよ。若くて有能な『袖付き』の生き残りが転がり込んできて、触発されていただけ。女子供が爆撃で死ななかったのは、あいつらは戦力にもならない『日常』に対して、より手厚い守りを敷いていた」
「なるほど。たしかに、女子供どもは焼け死んでいない。戦闘よりも、作っちまった家族の命を優先するか」
「ジオン系のテロリストだとしても、戦士としては死んでいるわよ。隊長が『袖付き』をアッサリと排除してくれた……あの瞬間、彼らはジオニズムの呪いから解放されている。あきらめるための、いいキッカケになったのよ。あなたの強さがね」
戦士として仕えるに値する女主人さまであられる。彼女の洞察と、自分への評価に、傭兵は感動していた。
彼女のためなら、よろこんでガンダムとも戦うのだが―――地球連邦軍と組むとなれば、部下たちはともかく、自分はガンダム狩りには連れて行ってもらえそうにない。
色々と管理が雑な地上ならば、隊長は自由でいられるが……地球連邦軍の特殊部隊か何かの力をミシェルさまが使われるというのなら、彼らと共に行けば、暗殺される可能性もある。
宇宙はルオ商会の絶対的なテリトリーではない。ルオ・ウーミンの名が持つ抑止力よりも、四つのモビルスーツ空母を沈めて来た自分への、連邦軍人の恨みが上回る可能性もあった。
宇宙でのブランクを考えると……連邦の勢力を使わずにガンダム狩りは、難しい。半年訓練があれば、アムロ・レイだって殺してやるんだがな……。
そんなことを隊長は考えつつも、無言を貫いた。
ミシェルは言葉を続ける。隊長じゃなく、心が折れた革命家たちに対してだ。
「とっとと消えなさい。死体の数は、誤魔化しておいてあげる。でも、女子供の顔写真も『グフ・カスタム』は撮影しているわ。アンタたちがまた暴れるのなら、アンタたちより前に、そっちが捕らえられて拷問を受ける。ジオン系のテロリストの協力者には、拷問が許されているのよ。心しておきなさい」
「あ、ああ!!わかった、わかりました!!……オレたちは、もう……戦わねえ!!」
「それでいい。50秒以内に、ここを立ち去りなさい。ヨメの実家でも頼って、マトモに汗水垂らして働くコトね!」
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