ACT007 『アクシズ・ショック』
地球連邦軍が必死に情報を消そうとするのも、理解が及ぶ。ロンド・ベルのブライト・ノアの破壊が成功した?
落下するアクシズを、たしかに彼らは爆砕し、二つに分割することには成功したのかもしれないが……けっきょく、そこが限界だったようだ。
ブライト・ノアは失敗した。地球を救うための任務に、彼は成功したと言われているが、あれは真っ赤な嘘だった。
そもそも……ブライト・ノアがどんなに名艦長だったにせよ、この映像を説明するのにはムリがある。映像だけではない、各種のデータが、この奇跡の実在を詳細に示している。あり得ないことが、起きてしまっていたと。
あの光は、あの輝きは、あの力は……爆破などではない。
得体の知れない、謎の力だ。
それが、地球へと落下していく巨大質量をはね除けたのだ。どうして、そんなことが出来たのかは……どこの研究者にも分かっちゃいないようだが、どう検証しようとも、すればするほどに、この奇跡を否定しがたくなっていく……。
神さまを見てしまったのかもしれない。
だから、恐くなった。
アクシズをはね除けた光を見ていると、ニュータイプという存在が、まるで神さまの使いであるかのようにすら見える。
『人類の意志を代弁した』と結論づける論文もあったけど……そう考えられるヒトは、良心的な人物だけだと思う。
……ヒトの総意が、地球を守る?
……どうだろうか。
ジュナには疑問だった。スペースノイドたちは、地球のことなんて恨んでしかいないだろう。
それに、地球に住む者たちだって……地球を守りたいだなんて願うのだろうか?……こんな、クソみたいな世界を?……どうなったとしてもいい……そう考えるヤツらだって、大勢いると思う。
……そんなことを考えてしまうのは、自分が病んでいるからだろうか?
ジュナは自分が世界の破滅を望んだことを、精神的な異常だと感じることが出来たことに、安堵の息を吐いた。
「まだまだ、大丈夫か。私の心……」
狂っていることを認識しているのであれば、少しは見込みがあるような気がする。
自分は、どこかおかしいのだろう―――人類の総意は……多分、地球を失いたくない、そういう願いだったのかもしれない。
ジュナはそう考えておくことにした。自分の意見など、差し置いて考える。これは、各個人の考えではなく、全員の考え方だ。
「……でも。皆が、それを祈っただけで……『願い』が叶ったとするのなら……それこそ、神さまにでも、願い事を叶えてもらったみたいにも思えちゃうよ……」
地球連邦軍にとって、そのシナリオは受容することが出来ないシロモノだったのだろう。何故か?……自分たちの権力が損なわれるからに決まっていた。
神授された王権。
封建主義を支えた、悪しき支配力の証明論法。
神が王に統治せよと命じたから、王は民を統治できる―――神さまみたいな存在、ニュータイプがいれば……人々は、彼らを『支配者』として選ぶのだろうか?彼らが、自分たちは神の代弁者であるとのたまえば、それに従う者はどれだけ現れるのだろうか……?
たとえば。アムロ・レイが、あの状況から生きて戻っていたら……彼は、『英雄』扱いされるだけで済んでいたのだろうか?……それ以上の存在…………『神』として、崇められたのではないのだろうか?
……分からない。
でも、そんなことだってあり得るほど奇跡を、アムロ・レイは実行してみせたのだ。そこに、『サイコフレーム』などという、謎の素材が関与していたとしても……。
神さまは、地球連邦には要らなかったのかもしれない。アムロ・レイが帰還していれば、暗殺者を山ほど送り込まれていた可能性だってある。
権力の邪魔をすれば、権力は、その邪魔を、全力で排除しようとするだけだから……。
……あるいは。利用した?
「……神さまを生かしたまま利用したヤツって、いない気がする」
憂鬱な気持ちになる。精神が疲れて来たジュナは、気に入ったロジックを示している論文を見つけていた。それは善意に飾られていない、生々しいが、どこかジュナを納得させる論文だった。
……『ニュータイプ/進化した人類を、人類は受け入れられない』。種の本能として、『自分たち以外の存在』を排除しようとする本能が働いている。
それも正しいのかもしれない。
何故なら、もしも、ニュータイプがうじゃうじゃと増えていけばどうなる?……アムロ・レイに子供はいないはずだけど、彼に子供がいたとしたら?……その子供にニュータイプは遺伝しないと言えるのだろうか?
神さまみたいな能力を持つニュータイプと、ただの人類……そんな両者が共存できるほど、地球圏は、きっと広くはない。論文はそう結論づけをしていた。
ニュータイプは、自分たち古い人類を淘汰する、人類ではない『新種』なのだと。
……ありえなくはない。アムロ・レイが10万人いれば?それらが、高性能なモビルスーツを乗り回せば?
……誰も、彼らを止められないだろう。一騎当千を地で行くような強さが、アムロ・レイなのだから……。
たった10万人で、5桁も多い数の人類を支配しかねない軍事力なんてものを生み出せるとすれば……それは人類からすれば、脅威以外に他ならない。そんな力を持つ者たちを『同じ種の生物』だと、語ることは、あまりにもムリがあるような気がした。
ニュータイプを抹殺するべきだ。
そういうきな臭い思想までもが、地球連邦軍の中に存在していることも、ジュナ・バシュタには理解することが出来る。
ジュナ自身も、これらの論文を読むにつれて、アムロ・レイに対して恐怖を抱いていたからだ。星を動かす力……『未来』を予知することに比べても、あまりにも大きな力だった。
『奇跡の子供たち』なんて、アムロ・レイに比べれば、まだまだ人間っぽい。自分たちが、人間に近しいことを知れたような気になれて、ジュナ・バシュタは少し安心していた。
いや。
自分たちではない。
『彼女』が、だ。彼女が、アムロ・レイなんかに比べたら、自分たちみたいに人間のようであったことに安心しているのだ。
……それはそうじゃないか?誰だって、自分の幼なじみが、神さまみたいなバケモノだったりするのは、抵抗があるだろう?まして、その幼なじみに、好意を抱く者からしてみれば……。
どうあれ……。
「アムロ・レイ……アンタなんていなければ、私たちみたいに苦労させられるヤツは、ずっと少なかったのよ。アンタがノンビリと隠居しているあいだに……ティターンズのクソどもは、私たちや……他の子供たちで……アンタを模倣して、兵器にしようと躍起になっていた」
……そう考えると、アムロ・レイは神さまではないような気がしてくる。大いなる力を持ちながら、自分の同類かもしれない者たちの犠牲を見過ごしてしまっていた。
神さまなら……。
神さまなら……あの白い施設にいる子供たちを、ティターンズの実験動物にされていた子供たちを、助けに来てくれたら良かったんだ。
ガンダムにでも乗って、ヤツらを焼き殺して……私たち皆を、全て、助けてくれたら良かったのに……。
「…………だから。だから、アンタは……やっぱり、神さまなんかじゃなくて……ただの悪魔なんだわ」
25才になったジュナ・バシュタは知っているのだ。個人に対して、これほどの期待を抱くなんてこと、間違っていることを。英雄だろうが、神さまだろうが、アムロ・レイだろうが、全人類を救済する力なんて持ってはいないのだから。
過度な期待。
それをしている。バカな子供みたいに、必死に願い事をすれば、それが神さまに聞き届けられるとでも、信じていた頃みたいに……。
「私も、弱くてバカな……オールドタイプだ」
でも、だからこそ分かった。
ヒトは、ニュータイプに期待してしまうのだ。大いなる力の行使者に……だからこそ、脳をかっさばいてでも、力を解明し、手にしたがるのだ……。
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