ACT227 『保存される魂』
『ハーベスト』に入港した後、件の妊婦はとある医療施設に運び込まれていた。脳幹に対しての生命維持装置の埋め込みは完了しているため、彼女に必要なのは安静を保つべき病室であった。輸送船よりも、コロニー内にある新生児治療のための専用の病棟は、彼女にとって最良の寝床ではある……。
ストレッチャーで運び込まれていく包帯の巻かれた頭を見ながら、ジュナ・バシュタ少尉はため息を履いていた。
「……どうしたの、ジュナ」
かたわらにいるミシェル・ルオが心配そうな瞳を向けて来る。ジュナ・バシュタ少尉は赤毛をかきむしる。
「ストレスなんだよ。医者は嫌いだ」
「精神科は好きなんでしょ?」
「私の医療記録を探らせたのか?」
「ジュナを探すために、あらゆる痕跡を探したのよ。医療記録に、年金の記録も……ジュナが精神的なトラブルを抱えていてくれたおかげで、見つけられたわ……どんな病気?」
「……悪い夢を見る」
「占い師からすれば、夢を願望の表れよ。リタの夢ね」
「……ニュータイプだな、すっかりよ」
「貴方もそうでしょうね。あの子の心に反応した。生きようとしている胎児のニュータイプからの声を聞けるなんてね」
「……この力が、十年前にあったら……私たちはリタを守れたかな」
「犠牲になることで?……リタは、きっと望まないし、納得しなかったでしょうね。でも……交渉のためのカードには、なったでしょう」
「お前なら、リタを助けられる取引を、思いつけたんじゃないのか?」
「……かもしれないわね。でも、誰かを犠牲にする形になった。というか、全員が脳を改造されて、戦場に送られたかもしれない。ティターンズは、エゥーゴに負けそうになった時に、ニュータイプ部隊を消費しているみたいよ」
「ニュータイプ部隊ね」
「そこには、リタは含まれていなかった。リタを消費して来たのは、ティターンズだけではない。この十年間は、エゥーゴやロンドベルも含まれる……」
「地球連邦軍に、私が残っていたことを、責めているのか……?」
「責める資格なんて、私にはないでしょう。生きるためには、必死だった。ただ、お互いそうだっただけよ」
「……お前も苦労したか。無理やり、妊娠までするわけだしな。そいつは、健全な人生の在り方でないってことは、世間知らずな私にも分かる」
「……貴方ほど、孤独ではなかった。偽りではあるけれど、家族がいたわ」
「……そうか。そうなら、うん……私よりもマシなのかもしれない」
独りぼっちだった。金を得るために、地球連邦軍に所属して、どうにかこうにか生きて来た……家族か。作る機会には、恵まれなかったな。いや……人生のパートナーになってくれるかもしれないヒトなら、何人かいた。どこか、自分で拒絶してしまった。何でだろうか。これほど、さみしがり屋なのに……。
……いや、理由は明白だ。
リタ・ベルナルに逢うために、地球連邦軍にいたのだ。リタ・ベルナルに逢いたいと願っていた。だから……ほかの子を、真剣にパートナーに選ぼうとする気が起きなかったのかもしれない。どこか、それは不誠実な行いに思えたから……。
「……あのヒトさ」
「……なあに。ハナシを変えるの、下手よね、あいかわらず」
「バカなんだからしょうがないだろ?」
「威張って口にする言葉じゃないわ」
「分かっている。でも……あのヒト……私たちよりも、不幸な気がするってことを、今、お前に言ってみたかった」
「……そうなの。うん……そうかもしれないわね。あのヒト、自分で産む子の顔も見ることが出来ない」
「……それって、私には想像もつかないけど。お前には、たぶん、想像つくだろ」
「知りたいの、その重さを」
「……そうかも。リタが……しでかしたことの結果だ。たしかに、リタはあの子を守ろうとしたのかもしれない……他が死んで、あの子が生かされたってことは……そうなんだと思う。リタが、NTDの支配に打ち勝って、あの子を守った……それは、スゴいことだ。でも……リタが……NTDとフェネクスが、あの子の母親を、事実上殺した」
「……罪深いコトね。でも、リタを責めないで」
「……わかっている。そんなことは、分かっていると、思う」
「……それに……あの子は、母親と接触することが出来るかもしれないもの」
「どういうことだ…………まさか、サイコフレーム?」
「生と死を越える力がある。サイコフレーム内の、高密度小型サイコミュに、母体の海馬を接続したし、大脳皮質のシナプス構造をシミュレートで再現させている……」
「そんなことまでしろと、命じたのか?」
「……医療スタッフからの提言に、私がサインしただけのことよ。可能性はある。生きている時の記憶や記録を保存しているものではない。低酸素のあげく、破損した脳細胞を、医学的な予想にもとづき再現したものになるけれど……あの子の母親の情報を、サイコフレームに打ち込んだ。いつか……あの子は、母親に会えるかもしれない。本物とは、少し異なった形かもしれないけれど」
「……でも。会えないよりは、多分、マシだろうな」
「そう思うわ。おそらく……母親にとっても、そうでしょうね」
「……ああ。お前は、やっぱり母親なんだな。私は……今、胎児の目線でしか考えられなかった」
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