ACT116 『ストレガ・ユニット/開放されし魂と……』
ズギャシャアアアアアアアアアアンンッッ!!
乱暴な音を夜空へと放ちながら、『ネームレス2』の頭部がビーム・サーベルに破壊されていた。消えて行く。
リタ・ベルナルの幻影が、もがき苦しみながら、虚ろになって、ナラティブガンダムの狭っ苦しいコクピットから消えて行く……。
手を伸ばす。
小さな手が、その白い指たちが、ジュナ・バシュタ少尉を……いや、幼なじみの少女を求めて近づいていく。
青い瞳が、泣いていた。涙で曇っている。彼女が泣いていた光景を、ジュナは覚えていない。きっと、強がりだったから、ジュナの前でも泣かなかった。
分かっていたはずなのに。
あんな苦しい目に遭って来て、泣かないはずなんて無いのに。
強いんじゃない。
強く在ろうとして、ムリしていたんだ。
涙を見せられた者は、その心がとても苦しくなって、張り裂けそうなほどに痛みを上げるのだから。
リタは……リタほど苦しんだ子が泣いていたら、皆、悲しくなってしまうから。助けてあげられなかったことを、思い知らされると……狂ってしまうほどに、辛くなってしまうから!!
「りたあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
ジュナが叫ぶ、消えて行くリタ・ベルナルの幻影は……フツーの子供みたいに泣きじゃくりながら、幼なじみの少女の名前を呼んでいた。
『じゅな………………』
「……っ!!」
消えて行く。音も、姿も、涙も。『ストレガ・ユニット』が創り上げていた、全ての幻が消え去っていき、ジュナは少女のように泣く。
泣いて喚いて、それでも……パイロットとしての魂は消えることがない。
牙を噛みしめる。年齢の割には磨り減りが早い奥歯を噛みしめて、力を体に呼び起こすのだ。悲しみを、絶望を、怒りを―――動くための力に変えるのだ。すべきことをする成すべきことをする。
本物のリタ・ベルナルならば。
本物の『奇跡の子供たち』ならば。
そうしろって言うに決まっている。私たちは、私たちは、モビルスーツのパイロットになったんだからなッッッ!!!
「ターゲットの武装を解除したぞッ!!これから、彼女を『生体ユニット』から救い出すッ!!精神汚染が心配だ、一秒だって早く、彼女を解放する必要がある!!だから、シェザール隊ども、バックアップを頼むぞッ!!」
『了解だ!!』
『それでこそ、シェザール隊の新人だぜ!!』
『双子ども、行くぞ!!メディカルキットの準備をしながら、走りやがれッ!!』
『りょーかいです!』
『大尉も、たまには良いことするんだな!』
男どもの無線を聞きながら、ジュナは手動とサイコフレーム経由の操縦をシンクロさせる。より精度の高い動きを成すために!!
「行くぞ、ナラティブううううううううううううううううううッッッ!!!」
ビーム・サーベルが『ネームレス2』の胴体を一瞬で切り裂いていた。
そして、ナラティブの指が、音速のようなスピードでありながらも、やさしく、破壊することもなく、コクピット・ブロックをその指で掴むのだ。
ナラティブガンダムのアイ・カメラが赤く光り輝いて、コクピット・ブロックを『ネームレス2』から引き抜いていた。無数のケーブルが引き千切られていく。
そのまま、ナラティブはビーム・サーベルを捨てると、両腕で、コクピット・ブロックを抱きしめたまま、バックステップをしていた。
『ネームレス2』が爆発したのはその直後だった。一定のダメージを与えられると、あまりにも機密にすべき事象を多く内蔵しているこの機体は、自爆するように設定されていたらしい……。
ブリック・テクラートの声が聞こえる。戦闘中はシロウトの言葉は邪魔になると考えてでもいたのだろう、無言を貫いていたが……彼は優れた視野と頭脳で、この特異なモビルスーツ戦を分析していたのだ。
『……ジュナ・バシュタ少尉。貴方は、あの機体が爆発することに、気がついていたのですか……?』
「……ああ。教えてくれたんだ。リタとか……リタ以外の子たちも……私に、教えてくれたんだ……また……壊される子がいるから、そんなの……ダメだって……だから。私は……手遅れかも知れないのに、こんなことをしているんだよ、ブリック」
コクピット・ブロックを抱きしめながら、しばらく飛んで、ナラティブガンダムはゆっくりとオーストラリアの大地に停止し、その場に膝を突きながら、『ネームレス2』のコクピットを置いた。
「任せておけ!!ジェスタのことは、オレが、いちばん良く知っているんだッ!!」
全力疾走していたイアゴ・ハーカナ少佐が、そのコクピット・ブロックに一番乗りだった。彼はサルのように素早く、そのブロックに取りつくと、緊急開放装置のレバーを思い切り引っ張っていた。
バシュン!!……火薬の炸裂する音が聞こえて、コクピット・ブロックの装甲が、ゆっくりと開放されていく……。
『……ジュナ・バシュタ少尉。我々のトレーラーもそちらに向かっています。こちらにはドクターもいます。パイロットのケアは、お任せください……』
「……ああ。頼む……こっから先は、きっと……パイロットの仕事じゃないと思うんだ」
ジュナはそう言いながら、ナラティブガンダムのコクピットを開放した。サイコスーツの装着も解除して、彼女は汗まみれの体を脱皮させるように、それから解き放つ。
狭いコクピット内を歩いて……開かれたハッチから、状況を見下ろすのだ。ちょうど、イアゴ・ハーカナ少佐が『ネームレス2』のコクピットに飛び込んでいく姿が見えた。
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