ACT066 『輸送』
追加装甲でガチガチに固めたナラティブガンダムは、まるで別のモビルスーツに見える。
その内部に乗り込んだジュナ・バシュタ少尉は、コクピットが不変であることに落ち着きを取り戻す。
「あはは。私の体液とかが染みこんだシートだー!!」
『……汗っていいません?』
エンジニアの言葉が聞こえる。ジュナ・バシュタ少尉は少し赤面していた。
「おい。乙女の独り言を盗聴するなよ、変態」
『変態って。これ、チームで共有している通信ですからね?』
「……ああ。分かってるよ」
シートに尻と背中を投げ下ろして、ジュナはニンマリと笑う。
「やはり、モビルスーツ・パイロットにとって、自分専用機の存在のシートは、最高の座り心地だ」
『……貴方専用に改造していますが、所有権はアナハイム・エレクトロニクス社ということを、お忘れなく』
「……分かっているよ、ブリック・テクラート。何度も言わなくてもいい。パイロットとしての充足感に包まれたいだけなんだからね……?」
『そうでしょうねー。個人で戦闘用の大型モビルスーツを所有することなど、よほどの中古品でない限り不可能ですもん。ひたりたいっすよねえ』
「……そうね。ナラティブを養うのにも、一体どれほどのお金がかかるか……」
『買おうと思えば、そこらへんにある大型商業施設の建設費用分ぐらいは、かかるでしょうねえ』
「……想像もつかない。やっぱり、私は軍隊に長くいるわ。モビルスーツの魅力に取りつかれているもの」
『……なら、いっそのこと、傭兵になってルオ商会の『警備部門』に入るなんて、どうっすかねえ?ボクらも、少尉とは気が合うようと思います』
「ミシェル・ルオの部下かよ……セクハラされそう」
『……やはり、勘がいい』
……何だか聞き捨てならないことを、ブリック・テクラートが呟いた気がするが、他の連中がサラリと流しているので、私も触れないようにしよう。
私とリタが教えたのかもしれないが……アイツも、すっかりとレズビアンなのかもしれない。
「……マフィアで大企業の強化人間からのセクハラは、とんでもなく恐い気がするが、お前たちとチームを組むってのは、悪くない選択かもしれないな……自分の過去を隠す必要がないってことは、とても開放的でいられるもんだ」
『……そうですか。それならば、その選択も有りでしょう。ミシェルさまは、大変にお喜びになることでしょう』
「……なんか、それが恐いんだがな」
『あはは。ミシェルさまは金払いもいいし、いい上司だと思いますよ。我々は、不満なんてありません。戦争中でもないのに、これだけ強力なモビルスーツやサイコミュをいじれる機会に恵まれるなんて……他には、『袖付き』とかアナハイムぐらいっすよ』
「……教化人間もどきもいるしな」
『少尉は、どちらかと言うと、ニュータイプですって。我々の総合的な分析結果を信じて下さいよ』
「どちらかと言うと、ニュータイプ。そんなテキトーな分析結果じゃ、信じにくいわ」
『だって。断言する材料が、イマイチ分からないんすよね。ニュータイプの定義というもの自体が、明確じゃありませんし』
『……元々、非合法的な研究しかない分野ですからね。ですが、ミシェルさまは一つの傾向を見つけています』
「ミシェルの答えか……」
『ええ。ニュータイプは、死者とも語らえる』
「……っ」
『幻聴と呼ぶべきことかは、分かりませんが……ニュータイプと思しき人々は、そういった経験を多くしていると聞きます。生死の別をも越える。それもまた、ニュータイプが持つ、超常的な近くの一つなのではないか……そう仰っていましたね』
「……ミシェルらしく、ガンコそうな答えだ。謎のパワーに、傾向を決めつけるか?死者の声だなんて、幻聴に過ぎないかもしれないのにな……」
『ジュナ・バシュタ少尉は、そんな経験はありませんか?』
「……無い」
嘘をついた。色々とある。サイコスーツを着ての高精度シミュレーションにおいて、リ・ガズィのパイロットの死を感じたし―――死んでしまったアムロ・レイの言葉も聞いた。
そして。
今にして思えば、ときおり、『夢』のなかでの言葉のハズなのに、強烈に心に残る、あの言葉……リタの問いかけ―――『生まれ変わったら、何になりたい?』……アレだって、リタからの問いかけだったのかもしれない……。
……この一年ちょっと、あの問いかけを聞く回数が増えていた気がする。15ヶ月前か。ユニコーンガンダム3号機、『フェネクス』が暴走し、搭乗パイロットである、リタと共に行方不明になったのは…………。
いや。止めよう。リタが死んだ風に考えるのは、止めだ。光速に近づいて飛行したんだ。時間の流れが止まっていた可能性だってある。
『フェネクス』という存在は、そんな謎の力を発揮している。リタが、生きている可能性だって、否定はできない。しなくてもいいのなら、しないべきだ。前向きであることが、この任務のモチベーションにつながる。
「……そうだよな、ナラティブ」
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