ACT053 『瞬殺』
『一瞬で、斬り裂かれると思います。あるいは、撃ち抜かれてしまうのでしょうか……勝率は、間違いなくゼロでしょう』
「……あっちよりも、機体もパイロットも下だもんね。腹が立つけれど、その予想は正しいものだと思うわ。戦争なら、彼を出し抜いて作戦を遂行することは可能だけど……一対一の決闘なんて……あまりにも無謀なことよね……?」
『それでも、なさるのですか?……勝利のイメージがあるまま、訓練を終えることで、サイコフレームにもナラティブの経験値に対しても、ポジティブなデータを蓄積するだけで済むんです。それは……サイコスーツ経由で、ナラティブを動かすとき、より速く機動させる可能性がありますよ』
「そうね。でも、やらせてもらうわ」
『……何か、計算があるんですか?シミュレーターは、リアルに作られてはいますけど、体力を消耗したりしませんよ。こちらの方が、不利な条件が増えています』
「計算は、あるわよ。ガンダムとの本気の戦いに慣れていないと……『フェネクス』と対峙した時に、怯んでしまうかもしれないでしょ?……アムロ・レイを相手にするのなら、『フェネクス』の模擬戦には、丁度いい」
『……たしかに、ユニコーン・タイプは、νガンダムの開発データも使われているでしょうけどね。アムロ・レイの……ニュータイプか、強化人間の専用機体じゃありますから』
「『フェネクス』のお兄さんなわけね。似ているのなら、丁度いいわ」
『……傷つかないで下さいね』
「ええ。機体の消耗をリセットして、相対距離10000メートル。一対一の設定をして」
『了解』
シミュレーターの映像が停止する。
数秒後には宙域にあれほど蠢いていたモビルスーツの光は全て消え去り、何もない真空の虚無が広がり……はるか前方に片翼の天使みたいな白いモビルスーツだけが浮かび上がる。
νガンダム。
そのパイロットは、アムロ・レイ。
身震いする。明らかに自分よりも強者の敵……アムロ・レイが私の敵となって目の前に現れることは、現実には無いはずだけど……こちらの認識のせいなのか、とてつもないプレッシャーを受けてしまう。
私の臆病さだけが、生んだプレッシャーかしらね、ナラティブ?……そうじゃない気もするよ。何だかんだ言っても、全てのモビルスーツ・パイロットからすれば、アムロ・レイという存在は、あまりにも大きいのだ。巨大な山にケンカ売るようなものよね……。
モニタリングされているバイタルに、何か変調が現れていたのかもしれない。エンジニアの声が、コクピットに響いて来る。
『……やめときますか?……まだ、間に合いますけれど?』
「いいや。やる。お前、ちょっとしつこいぞ。持論を曲げようとしないのは、エンジニアらしいような気もするが、パイロットの勘ってのも信頼しろ。私たちはチームだろ」
『……了解。一対一の条件での戦闘開始まで、10、9、8、7、6―――』
―――心配してもらっているのは、十分に理解してはいるんだけど。ちょっとは、自信ってのものが生まれているのよね。
この数日……私はナラティブのためだけに生きて来た。この子とコンビを組み、強くなるためだけに、全ての瞬間を捧げて来たんだから……。
……さすがに勝てるだなんて、思っちゃいないけれど。少しは実力をつけられた。一瞬で負けるつもりはない。見せ場の一つぐらいは、作ってみせるわよ、ナラティブ……?
『―――3、2……ミッション、スタート』
「……来る!」
νガンダムが動き始めていた。片翼の天使のようで、アンバランス。でも、どこか美しさがある機体。遠距離での火力はこちらが上だ。
そして、推進力もこちらが上。アムロ・レイは間合いを詰めて戦おうとしている。極めて普通の戦い方だ。
ならば、こちらもオーソドックスに頼ろうじゃないか。
「ナラティブ!ミサイル、放てええええええええッ!!」
シュドドドドドドドドッ!!……ナラティブの追加装備であるミサイルポッドが、連続して十発のミサイルの雨をνガンダムに向けて撃ち放つ。
高速で飛来するミサイルの雨をνガンダムは右に機動しながら回避を試みつつ―――ビームライフルと頭部バルカンを使って、自分に接近して来るミサイルを撃墜していく。
「うそっ!?……後ろに下がりながらじゃなくても、そんなことが出来るっていうの!?」
自分でもミサイルは撃ち落とせる。ただし、後退することでミサイルの速度を打ち消すことを使うことでだが……。
しかし、アムロ・レイの技量と反射速度ならば、そんなことをするまでもなく、ミサイルを撃墜することが可能であるらしい……。
「バケモノねッ!!」
『……アレをニュータイプの能力ではなく、ただのパイロットのテクニックとしてやっているんです。アムロ・レイっていうのは、ニュータイプである前に、超一流のパイロットということですよ』
「……そんなことは、相対している私の方が、知っているわよ!!私だって、パイロットなんだからな!!」
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