十四章 カーラ帝国
クラウディアの回復を待ってからカーラ帝国に行くことになる。
その間、日程や目的などをカーラ帝国の大使とともに相談しながら詰めていく。
カーラ帝国側としても、敵対関係にあった国が和平が続くことを願い、報告と挨拶来てくれることはとても友好的であると感じているらしく、話は思いの外トントン拍子に進んでいった。
しかし、古くから王政に関わってきた貴族の中には、カーラの方からお祝いの挨拶にくるべきだと主張して譲らない者もいる。
すでに在住している大使が挨拶に来ていると、カーラ以外の国も大使が代行することで済ませている国も多い。
問題視するほどでもないと王であるダジュールが断言しても、納得できない貴族はここぞとばかりに王に意見するようになる。
「今日も大変だったわね」
夕食の時間になっても姿を見せなかったダジュールをクラウディアが気遣う。
「軽くでも食べた方がいいんじゃない?」
夕食に出された食事の中から消化に良さそうなものをとっておいてもらったと、ティーテーブルの上に置いた。
しかしダジュールとしては構わずに放っておいてほしいという心境である。
「俺に気を遣うことはない。勝手に寝ていればいい」
クラウディアの体調がよくなると、本来の部屋へと戻されることになった。
王と王妃の部屋は入り口こそ別々だが中で繋がっている。
寝室は同じだが、どちらかが先に寝ていたとしても相手に迷惑がかかるというほどの狭さはなく、大人五人ほどが並んで寝てもゆとりがあるくらいの広さはある。
「ごめんなさい、余計なことみたいね」
クラウディアはそれだけを呟き、
「でもね、それでも食べられるなら食べてほしいって思う。じゃあ、先に休ませてもらうね」
と、付け加え、寝室へと向かった。
扉を隔てても苛立つダジュールの気配がひしひしと伝わってくる。
名前だけの王妃であることに悔しさを感じるクラウディア。
しかし、本当の王妃になるほどの覚悟もないので、安易な考えは言葉にできないと口をつぐむ。
ふたりの関係がぎくしゃくしたまま時間だけが過ぎていき、ふたりがカーラに旅立つ日が近づいたある日のこと。
「クラウディア様。ケイモス殿が一度会っておきたいと所望されております。真夜中、こっそりと外にお連れていたしますので、眠らずに起きていていただけないでしょうか」
アーノルドにそのように言われたクラウディアは、言われた通り、指定された日の夜、ベッドに入りながらも眠らないよう気を張っていた。
今宵もダジュールは別の部屋で深酒をしたまま眠ってしまうだろう。
あの日、初夜の日以降、ふたりがベッドをともにしたことはない。
すでに時は二ヶ月ほど経っていた。
夜も更けた頃、テラスに人影があることに気づく。
思わず声をあげそうになるが、それがアーノルドだとわかるとホッと胸をなでおろす。
「このような場所からすみません。テラスから下に降りてここからでます。大丈夫ですか?」
「任せておいて。これでも怪盗業をしていたのよ。身軽なことだけが取り柄なの」
というと、動きやすい格好でいてよかったと付け加え、軽々とテラスの下へと飛び降りた。
続いてアーノルドも降りたのだが、会いたくない人と鉢合わせをしてしまう。
別室で深酒していたはずのダジュールが酔い冷ましのためか夜風に当たっていたのだった。
「おいおい、俺の妻を連れだしてどこに行く気だ?」
「酔っておいでですね。あなたの妻だというのであれば、寂しい思いをさせていいるのはなぜです? と問いつめたいところですが、時間がないので、失礼いたましす」
と、峰打ちを食らわしてその場に寝かせてしまう。
クラウディアは風邪をひかないかしらと心配するが、もうすぐ見回りがくる時間だから大丈夫だとアーノルドがいう。
見回りに見つかりたくはないので急ぎましょうと急かされては、クラウディアもこれ以上なにもいえない。
黙ってアーノルドの後についていった。
※※※
クラウディアが養父が営む鍛冶屋兼住まいに戻ったのは、王宮でマナーレッスンやしきたりを学ぶために泊まるようになって以降、日数的に言えば三ヶ月、もしかしたら四ヶ月くらい経っているはず。
たったそれだけ、いや懐かしいと感じるほど長かった、そのどちらもが何度も交差して、養父の厚い胸板に抱きついた。
「まだまだ子供だな、クラウディアは。こんな姿、ダジュール王には見せられんな」
そしてケイモスは視線だけでアーノルドに語りかけた。
首尾はどうだ? と。
聞かれたアーノルドは困った笑みを浮かべる。
それがすべてだった。
「そうですか。ではクラウディア、おまえがしっかりしなくてはいけないな」
「……はい、養父さん」
「以前、カーラに行く際は一筆認めると言った件だが、用意してある。行かれるのは?」
「わたしとダジュールだけ。本当はアーノルドの同行もお願いしたのだけれど、断られてしまって」
「そうか。ならばカーラに到着したら少しでも早く、この者を訪ねなさい。名はタリア。カルミラ王の近衛隊長をしていた男の末の妹だ。とても美しく聡明な方で、おまえの乳母をしていた者だ。最後はマリアンヌ様とともに運命をともにすると決められ敵国に身をさらした女性。私の勘が当たっていれば、カルミラを攻めたのはカーラ軍が他国を装ってしたこと。であれば、カーラ出身のマリアンヌ様は生きておられるであろう。マリアンヌ様とタリアは姉妹のように仲がよく、他国から嫁いできたマリアンヌ様にとって数少ない心を許せる人物。タリアの命乞いをしている可能性も高い。武に精通もしている女性だ、クラウディアの味方になってくれると心強い」
「わたしの乳母。母も生きている? あまり期待はしちゃダメだよね」
「そうかもしれないが、かなりの確率で生きていると思われる。クーデターを仕掛けたのが誰であるかがわかればいいのだが」
ケイモスがアーノルドをみる。
「申し訳ない。それは私にもわからないのです。ただ、今のカーラは一見平和主義に移行したかのように見えますが、かなりの独裁主義になっています。帝王がひと言開戦だといえばすぐにでも世界大戦へと発展していくでしょう。軍事力はもうわが国でも対抗できないほどです。ですから先代も今の王も、軍事発展より和平に繋がる努力をした方がいいと考えました」
「独裁、軍事力……カーラは元々軍事力には並々ならぬ投資と研究を続けてきた。誰が政権を握ってもその変は変わらないでしょうが、独裁となると絞られそうですね」
その間、日程や目的などをカーラ帝国の大使とともに相談しながら詰めていく。
カーラ帝国側としても、敵対関係にあった国が和平が続くことを願い、報告と挨拶来てくれることはとても友好的であると感じているらしく、話は思いの外トントン拍子に進んでいった。
しかし、古くから王政に関わってきた貴族の中には、カーラの方からお祝いの挨拶にくるべきだと主張して譲らない者もいる。
すでに在住している大使が挨拶に来ていると、カーラ以外の国も大使が代行することで済ませている国も多い。
問題視するほどでもないと王であるダジュールが断言しても、納得できない貴族はここぞとばかりに王に意見するようになる。
「今日も大変だったわね」
夕食の時間になっても姿を見せなかったダジュールをクラウディアが気遣う。
「軽くでも食べた方がいいんじゃない?」
夕食に出された食事の中から消化に良さそうなものをとっておいてもらったと、ティーテーブルの上に置いた。
しかしダジュールとしては構わずに放っておいてほしいという心境である。
「俺に気を遣うことはない。勝手に寝ていればいい」
クラウディアの体調がよくなると、本来の部屋へと戻されることになった。
王と王妃の部屋は入り口こそ別々だが中で繋がっている。
寝室は同じだが、どちらかが先に寝ていたとしても相手に迷惑がかかるというほどの狭さはなく、大人五人ほどが並んで寝てもゆとりがあるくらいの広さはある。
「ごめんなさい、余計なことみたいね」
クラウディアはそれだけを呟き、
「でもね、それでも食べられるなら食べてほしいって思う。じゃあ、先に休ませてもらうね」
と、付け加え、寝室へと向かった。
扉を隔てても苛立つダジュールの気配がひしひしと伝わってくる。
名前だけの王妃であることに悔しさを感じるクラウディア。
しかし、本当の王妃になるほどの覚悟もないので、安易な考えは言葉にできないと口をつぐむ。
ふたりの関係がぎくしゃくしたまま時間だけが過ぎていき、ふたりがカーラに旅立つ日が近づいたある日のこと。
「クラウディア様。ケイモス殿が一度会っておきたいと所望されております。真夜中、こっそりと外にお連れていたしますので、眠らずに起きていていただけないでしょうか」
アーノルドにそのように言われたクラウディアは、言われた通り、指定された日の夜、ベッドに入りながらも眠らないよう気を張っていた。
今宵もダジュールは別の部屋で深酒をしたまま眠ってしまうだろう。
あの日、初夜の日以降、ふたりがベッドをともにしたことはない。
すでに時は二ヶ月ほど経っていた。
夜も更けた頃、テラスに人影があることに気づく。
思わず声をあげそうになるが、それがアーノルドだとわかるとホッと胸をなでおろす。
「このような場所からすみません。テラスから下に降りてここからでます。大丈夫ですか?」
「任せておいて。これでも怪盗業をしていたのよ。身軽なことだけが取り柄なの」
というと、動きやすい格好でいてよかったと付け加え、軽々とテラスの下へと飛び降りた。
続いてアーノルドも降りたのだが、会いたくない人と鉢合わせをしてしまう。
別室で深酒していたはずのダジュールが酔い冷ましのためか夜風に当たっていたのだった。
「おいおい、俺の妻を連れだしてどこに行く気だ?」
「酔っておいでですね。あなたの妻だというのであれば、寂しい思いをさせていいるのはなぜです? と問いつめたいところですが、時間がないので、失礼いたましす」
と、峰打ちを食らわしてその場に寝かせてしまう。
クラウディアは風邪をひかないかしらと心配するが、もうすぐ見回りがくる時間だから大丈夫だとアーノルドがいう。
見回りに見つかりたくはないので急ぎましょうと急かされては、クラウディアもこれ以上なにもいえない。
黙ってアーノルドの後についていった。
※※※
クラウディアが養父が営む鍛冶屋兼住まいに戻ったのは、王宮でマナーレッスンやしきたりを学ぶために泊まるようになって以降、日数的に言えば三ヶ月、もしかしたら四ヶ月くらい経っているはず。
たったそれだけ、いや懐かしいと感じるほど長かった、そのどちらもが何度も交差して、養父の厚い胸板に抱きついた。
「まだまだ子供だな、クラウディアは。こんな姿、ダジュール王には見せられんな」
そしてケイモスは視線だけでアーノルドに語りかけた。
首尾はどうだ? と。
聞かれたアーノルドは困った笑みを浮かべる。
それがすべてだった。
「そうですか。ではクラウディア、おまえがしっかりしなくてはいけないな」
「……はい、養父さん」
「以前、カーラに行く際は一筆認めると言った件だが、用意してある。行かれるのは?」
「わたしとダジュールだけ。本当はアーノルドの同行もお願いしたのだけれど、断られてしまって」
「そうか。ならばカーラに到着したら少しでも早く、この者を訪ねなさい。名はタリア。カルミラ王の近衛隊長をしていた男の末の妹だ。とても美しく聡明な方で、おまえの乳母をしていた者だ。最後はマリアンヌ様とともに運命をともにすると決められ敵国に身をさらした女性。私の勘が当たっていれば、カルミラを攻めたのはカーラ軍が他国を装ってしたこと。であれば、カーラ出身のマリアンヌ様は生きておられるであろう。マリアンヌ様とタリアは姉妹のように仲がよく、他国から嫁いできたマリアンヌ様にとって数少ない心を許せる人物。タリアの命乞いをしている可能性も高い。武に精通もしている女性だ、クラウディアの味方になってくれると心強い」
「わたしの乳母。母も生きている? あまり期待はしちゃダメだよね」
「そうかもしれないが、かなりの確率で生きていると思われる。クーデターを仕掛けたのが誰であるかがわかればいいのだが」
ケイモスがアーノルドをみる。
「申し訳ない。それは私にもわからないのです。ただ、今のカーラは一見平和主義に移行したかのように見えますが、かなりの独裁主義になっています。帝王がひと言開戦だといえばすぐにでも世界大戦へと発展していくでしょう。軍事力はもうわが国でも対抗できないほどです。ですから先代も今の王も、軍事発展より和平に繋がる努力をした方がいいと考えました」
「独裁、軍事力……カーラは元々軍事力には並々ならぬ投資と研究を続けてきた。誰が政権を握ってもその変は変わらないでしょうが、独裁となると絞られそうですね」
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