第30話
「エーヴィヒ王国派――シャルロット派も同様です。かごの中の鳥。実質、エーヴィヒ王国という仕組みは崩壊するでしょう。王族がほとんど死に絶え、有力な貴族も大多数が死んだ。あとはどんぐりの背比べ。リーダーとなり、混乱した今の王国を率いることができる人間はもう王国にはいないでしょう。違いますか?」
カヤはヌイを見た。
ヌイはカヤの意図を推し量るように見ていたが、ひとつ頷いた。それほど意識して行ったわけではないが、事実そうなっていた。
「エーヴィヒ王国派は、ついこの前までの流浪の民です」
この比喩には反対の声がいくつか上がったが、カヤは一切無視した。
「それは力が分散されていて、全体をまとめるリーダーがいないため、組織だった行動ができないということです」
この言葉にうなずいたのは、ほんの少数だ。
指摘の意味をいまいち理解できていない者も多い。そして指摘の重要性を理解した者も少なかった。ルグウなどは、カヤの講釈になんの価値があるんだという顔をしていた。
しかし、最大の派閥を率いるヴァールとヌイ。それに比較的発言力と頭脳がある人間たちはもうカヤの指摘の重要性を察して、そして導き出せる結論にまで辿り着いていた。
「つまり、カヤ殿が言うには、エーヴィヒを叩くなら今がチャンス。表面上、力が五分五分にみえても、その実情は違うと」
発言力はあっても発言を控えていた老人が声を上げた。
「そうです。けど、確実に勝利するには、我々はリーダーを決め、組織だった仕組みを作る必要があります」
「ふむ」
ヴァールもヌイも考え込む。いずれはすべてを手中に収めるつもりだっただろうが、これほど早い段階で、このような場で明確に指摘されるとは思っていなかったようだ。
リーダーになれば、そのまま統治後の「王」になれる可能性が極めて高い。
しばらくして全員の意見を聞くことになった。
まずヴァール、次にヌイと、有力者の順に答える。無論この順番だと派閥のトップの者に、下の者は合わせた意見を言う。
ヴァールもヌイも、カヤの意見に賛成した。結果、多数決など必要なく、ほぼ全員が賛成した。ルグウだけは納得がいかないようすだった。理屈ではなく、直感――言っていることは正しいが、何かきな臭い、そんなふうに感じているらしかった。が、ルグウは自分の直感を、他人を説得できるほど筋道を立てて説明することができない。仕方なく黙っている。
「とすると、ヴァール派、ヌイ派、竜派と言ったところか。実質は」
例の老人が言う。
ヴァールもヌイも考え込むようになったので、自然とその老人が取りまとめるようになっていた。
やがて侃々諤々の議論が始まった。
互いに自分の利益、自分の派閥の利益を主張し合っているので、無論まとまるはずもない。
カヤはタイミングを見計らって、
「ヴァール派は、今回の作戦で最も大きな功績を上げました。これは重要なことだと思います」
ヌイ派の人間もさすがにこれは否定できない。
ましてヴァール派でもヌイ派でもないカヤが言うのだから説得力がある。
「そしてヴァール派同様、竜派も大活躍をしました」
これにもヌイ派は反論できない。
「ヴァール派と竜派は、最大の功労者でしょう。そして共同で作戦に当たれるほど協調性もあるのですから、もっとも近い作戦は彼ら二つの派閥の力をまず借りてみてはどうでしょうか?」
カヤの意見は、侃々諤々としていた議論に、微妙な波紋を投げかけた。
それは、また始まった議論が続けば続くほど、歪み、広がっていった。
ヌイ派にとってヴァール派と竜派は頂点に立つために排除しなくてはならない敵と認識され始めた。それも強敵だ。功績は自派と比べようもなく、そして三大勢力ともいえる中で、二つが手を結んでいるかもしれない。となると、ヌイ派もぐずぐずしてはいられない。
獲物はまたとないほど大きいのだ――そう、あまりにも大きい――この大陸の大部分を支配しているエーヴィヒ王国。その土地、その大地の上にあるすべての人、物、資源、数々の財宝……。
獲物のあまりの大きさに、ヌイのような切れ者でさえ、カヤのような小娘に踊らされつつある。
それはヴァール派も同じだ。
ヌイ派、カヤ派、シャルロット派がほとんど問題にならないことを理解した。しかし、そうなると竜派が問題となる。最後は竜派との戦いになる。暗い目でヴァール派の者たちは、竜派の者たちを見た。
同じく竜派もヴァール派こそが最大の友であり最大の敵であると認識したらしい。
こうして、五大勢力という言葉を借りた、事実上の三つ巴の争いが起こる下地をカヤは作り始めた。
カヤに対する利用価値があるとヌイやヴァールが思ったように、他の者たちも、流浪の民の「王族」の姫と呼んでもよいカヤ――今となっては五体満足で生きているエーヴィヒ王国唯一の姫でもあるカヤに利用価値があると思うだろう。
カヤが動かなくても、カヤに近づいて来る人間は大勢いるだろう。それも権力と富を欲しがる者ほど、早くから何度も現れるはずだ。
カヤはヌイを見た。
ヌイはカヤの意図を推し量るように見ていたが、ひとつ頷いた。それほど意識して行ったわけではないが、事実そうなっていた。
「エーヴィヒ王国派は、ついこの前までの流浪の民です」
この比喩には反対の声がいくつか上がったが、カヤは一切無視した。
「それは力が分散されていて、全体をまとめるリーダーがいないため、組織だった行動ができないということです」
この言葉にうなずいたのは、ほんの少数だ。
指摘の意味をいまいち理解できていない者も多い。そして指摘の重要性を理解した者も少なかった。ルグウなどは、カヤの講釈になんの価値があるんだという顔をしていた。
しかし、最大の派閥を率いるヴァールとヌイ。それに比較的発言力と頭脳がある人間たちはもうカヤの指摘の重要性を察して、そして導き出せる結論にまで辿り着いていた。
「つまり、カヤ殿が言うには、エーヴィヒを叩くなら今がチャンス。表面上、力が五分五分にみえても、その実情は違うと」
発言力はあっても発言を控えていた老人が声を上げた。
「そうです。けど、確実に勝利するには、我々はリーダーを決め、組織だった仕組みを作る必要があります」
「ふむ」
ヴァールもヌイも考え込む。いずれはすべてを手中に収めるつもりだっただろうが、これほど早い段階で、このような場で明確に指摘されるとは思っていなかったようだ。
リーダーになれば、そのまま統治後の「王」になれる可能性が極めて高い。
しばらくして全員の意見を聞くことになった。
まずヴァール、次にヌイと、有力者の順に答える。無論この順番だと派閥のトップの者に、下の者は合わせた意見を言う。
ヴァールもヌイも、カヤの意見に賛成した。結果、多数決など必要なく、ほぼ全員が賛成した。ルグウだけは納得がいかないようすだった。理屈ではなく、直感――言っていることは正しいが、何かきな臭い、そんなふうに感じているらしかった。が、ルグウは自分の直感を、他人を説得できるほど筋道を立てて説明することができない。仕方なく黙っている。
「とすると、ヴァール派、ヌイ派、竜派と言ったところか。実質は」
例の老人が言う。
ヴァールもヌイも考え込むようになったので、自然とその老人が取りまとめるようになっていた。
やがて侃々諤々の議論が始まった。
互いに自分の利益、自分の派閥の利益を主張し合っているので、無論まとまるはずもない。
カヤはタイミングを見計らって、
「ヴァール派は、今回の作戦で最も大きな功績を上げました。これは重要なことだと思います」
ヌイ派の人間もさすがにこれは否定できない。
ましてヴァール派でもヌイ派でもないカヤが言うのだから説得力がある。
「そしてヴァール派同様、竜派も大活躍をしました」
これにもヌイ派は反論できない。
「ヴァール派と竜派は、最大の功労者でしょう。そして共同で作戦に当たれるほど協調性もあるのですから、もっとも近い作戦は彼ら二つの派閥の力をまず借りてみてはどうでしょうか?」
カヤの意見は、侃々諤々としていた議論に、微妙な波紋を投げかけた。
それは、また始まった議論が続けば続くほど、歪み、広がっていった。
ヌイ派にとってヴァール派と竜派は頂点に立つために排除しなくてはならない敵と認識され始めた。それも強敵だ。功績は自派と比べようもなく、そして三大勢力ともいえる中で、二つが手を結んでいるかもしれない。となると、ヌイ派もぐずぐずしてはいられない。
獲物はまたとないほど大きいのだ――そう、あまりにも大きい――この大陸の大部分を支配しているエーヴィヒ王国。その土地、その大地の上にあるすべての人、物、資源、数々の財宝……。
獲物のあまりの大きさに、ヌイのような切れ者でさえ、カヤのような小娘に踊らされつつある。
それはヴァール派も同じだ。
ヌイ派、カヤ派、シャルロット派がほとんど問題にならないことを理解した。しかし、そうなると竜派が問題となる。最後は竜派との戦いになる。暗い目でヴァール派の者たちは、竜派の者たちを見た。
同じく竜派もヴァール派こそが最大の友であり最大の敵であると認識したらしい。
こうして、五大勢力という言葉を借りた、事実上の三つ巴の争いが起こる下地をカヤは作り始めた。
カヤに対する利用価値があるとヌイやヴァールが思ったように、他の者たちも、流浪の民の「王族」の姫と呼んでもよいカヤ――今となっては五体満足で生きているエーヴィヒ王国唯一の姫でもあるカヤに利用価値があると思うだろう。
カヤが動かなくても、カヤに近づいて来る人間は大勢いるだろう。それも権力と富を欲しがる者ほど、早くから何度も現れるはずだ。
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