ACT117 『ネームレス2』
「おい、無事か!!」
イアゴ・ハーカナ少佐の目の前には、ノーマルスーツを着た若い女がいる。パイロット・シートに座ったまま、動かない。
死んでいるのだろうか?……そんな不安を覚えるが、連邦軍の標準装備である救難ビーコンが起動して、女パイロットのバイタル・データの共有が始まった。
「……脈拍があるぞ。生きている!まだ、彼女は生きているんだ!!」
「……はあ、はあ。そ、そいつは良かったなー」
「……へへ、へ。宇宙から来たヤツのくせに、脚速えわ」
双子たちが駆けつけていた。あの大尉は脚が遅いし……もう一人、救助すべき男であるスワンソン大尉の元へと向かっていた。
「レディーファーストとは言うけど……完全に無視されるってのは、男としてもさみしかろう……」
そう言いながら大尉は、スワンソン大尉のいるコクピットを開放してやるために、外部から強制開放レバーを引いていた。
プシューというエアーの抜ける音がしながら、腕組みしているスワンソン大尉がコクピットの奥に現れる……。
「……アンタに助けられるとは」
「……へへへ。君のこと、敵だと思って撃っちまったじゃないか?」
「ビーム・ライフルでコクピットを直撃されたのは、初めてだ」
「だろうな、オレちゃんみたいな芸当は、そこらのパイロットには出来ねえ。気にくわねえかもしれないけど……手を貸してやるから、そこから出ようぜ。脇腹とか、あちこち痛むんだろ?」
「……色々と、敗北してしまった日だからな」
「生き残れたのなら、それで十分だ。パイロットの敗北は、死んだときだけ。機体が壊れたぐらい、気にすんなって……スクラップにするなら、オレが引き取ってやってもいい」
「……ガンダリウム合金は、一グラムだった渡さないからな」
「ははは。下心が、見え見えだったかい。もーっと、上手いカンジで交渉すべきだったかもしれんな。まあ、とにかく出て来いよ……?」
「……ああ」
スワンソン大尉は、この目の前の無精ヒゲ野郎が伸ばしてくれた手を掴み、脇腹の痛みを我慢しながら、コクピットの中から外へと出た。
戦闘が終わった荒野は、それでも騒がしい。イアゴ・ハーカナ少佐と双子たちが、女パイロットをコクピットから連れ出している。
「……なあなあ、アレ。写真を撮られたらさ、何かあらぬ誤解を受けそうじゃね?スケベなタイプの、犯罪系のヤツさ。女パイロットを拉致している野蛮な敵兵みたいにさ?」
「……少佐が聞けば、激怒するぜ」
「その言葉を聞いて、笑ってるスワンソンを見てもイラっとするだろうよ」
「……まあ、な。必死な男ってのは、マヌケなもんだ……」
遠目から見たときの印象は、さほど良く映りはしないのかもしれないが、イアゴ・ハーカナ少佐と双子たちは、人命救助に対して真剣に取り組んでいる。
「じ、人工呼吸とか、オレって、得意なんだよねー」
「お、オレは、その……心臓マッサージのプロみたいなもんって、一部で言われてて」
「ふざけていないで、マジメにやれ。まずは安静にさせて、意識の有無を確認するんだ」
「おお、そっかー」
「脈拍はあるもんな」
「……おい、大丈夫か?おい?」
イアゴ・ハーカナ少佐の声に、女パイロットは反応しない。
「……くそ。精神汚染の影響なのか?……」
「……医者が来るまでは、そっとしておいてやれよ。シェザール……2?」
そんな言葉と共に、ジュナがナラティブガンダムのコクピットから、ワイヤー昇降機を使ってその場に降りてくる。
イアゴ・ハーカナ少佐はため息を吐いた。その後で、アゴ髭をいじりながら反論する。
「オレは、シェザール1だ!……書類上は、お前の上官になるし、隊長だ」
「書類上はな。ルオ商会に巻き込まれた以上、階級も軍規も、大して意味はないかもしれないけど」
「……それでも、隊の一員ならば、秩序は守ってもらうぞ。戦場では、無秩序である者から死ぬ」
「……良い軍人みたいだね。気に入ったよ、少佐」
女パイロットは伝統的なスタイルの敬礼を隊長に捧げる。モビルスーツよりも戦闘機が主流だった時代から受け継がれて来た、肘をこぢんまりと折り畳んで行う敬礼だった。
「……父親からでも習ったのか」
「ご明察だ。空軍軍人の子かな、お互いサマに?」
「……オレは、飛行機乗りになると考えていた世代だ」
「そうかい。ベテランさんだね」
「それで……彼女は、無事なのか?」
「サイコミュと繋がれていたんだ。鼻血ぐらいは垂らす。自分の脳が……精神が、鼻血になって垂れ流れているぐらいの気持ちにはなっているさ」
「……うげげ。ま、まじかー」
「それ、キツそう」
「キツいよ。だから、彼女のことは距離を置いて見守るぐらいにしていれば、それでいいさ。うちの医療スタッフなら、専門的な訓練に備えてはいる」
「……ルオ商会は、準備がいいんだな。こうなることを、読んでいたと?」
「違うな。ミシェルの策じゃない。ミシェルなら、こんなコトをしない。アフリカの連邦軍の幹部あたりと……ステファニー・ルオの仕業だ」
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。