第一話「試練」
都内の雑居ビルを上っていった一室の奥にあるフロアで、俺は窮地に立たされていた。
「それで伊月君、キミはどうして俳優になろうと思ったの?」
面接官は険しい顔でこちらを見つめている。
ネットで募集されていた、新人発掘のオーディション。
自分を変えるにはこれしかないと思って、俺はよくも考えずに応募ボタンをクリックした。
高校の進路志望を提出する前で、夢に懸けるのも最後のチャンスだと思っていた。
しかし、一人真ん中に突っ立って、今やあっぷあっぷになっている。
「アクセライダーみたいなヒーローになりたいって言ってたよね」
「はっ、はい……」
「けどキミさあ……さっきから聞いてたら、目指してるのスタントマンの方じゃない?」
周囲からかすかな笑いが起こった。
俺の他にも応募者が何人か居るのだ。
「で、どっちなのよ」
「いっ、いや、どっちも魅力的というか」
「表に立つ俳優と、スーツの中に入るスタントマンは全然違うよ」
俺は顔を真っ赤にしながら言葉を続けようと思ったが、
「短所は優柔不断だね。顔はまあキレイな方だけど」
と、次の応募者に回されてしまった。
1番目のイスに戻った俺は、自宅からメモしてきた紙を見つめながら、ぐるぐると思いを巡らせていた。
何が悪かったんだろう。
特技が「ウサギと会話すること」だって言ったから?
俳優とスタントマンの区別がついていなかったから?
優柔不断……、よく言われる。
けどそれにだってちゃんと事情があって……
あああっ!! こんなウジウジした性格だからダメなんだってば!!
一人髪を掻きむしっていると、周囲からざわ……と声がした。
俺が真ん中に立っていた時とは違う種類のざわめきだ。
「なんで悪役になりたいの?」
「悪役はだいたいイケメンだからです」
「自分のことイケメンだって思ってる?」
「ヒトがプレッシャーに感じる程度には」
そう答えた俺と同い年くらいの青年は、先程なよなよと作り笑顔ばかりしていた俺とは正反対に、背筋を伸ばすでも曲げるでもなくただ面接官と向かい合い、無表情でただただそこに‷居た‷。
「特技は?」
「ヒトを打ち負かすことです」
なんてヤツだ。俺はびっくりして椅子からずり落ちそうになった。
見た目もヤワな俺と違って、確かに彼は、黒髪から覗く顔立ちは端正で、見惚れるくらいイケメンだ。こういう場ではこういうタイプが生き残るんだろうか。
自信、か……。
俺は彼とは正反対の、色素の薄い茶色い髪をいじりながら思った。
× × ×
休憩時間。エレベーターホールの自動販売機で飲み物を買っていると、非常階段から他の応募者たちの声が聞こえて来た。
「あいつダメだな」
「あ~最初に呼ばれたヤツ?」
「そーそ、女みたいな」
――俺のことだ。
「ウサギの気持ちが分かるとかさ、この場で披露出来る特技じゃないと意味ないじゃん。俳優とスーツアクターの区別ついてなかったし」
スーツアクターとはスタントマンのことだろうか。
確かに不勉強だったことは俺の失点だ。
「何より受け答えがダメ。あんなウジウジしてたらヒーローなんかなれねーよ」
無数の煙草の煙と共に吐かれる、馬鹿にするような笑い。
記憶と共にイヤな感触が俺の胸に沸き上がる。
今回のオーディションは、とりたててヒーローを演じる俳優に限定した募集では無い。
しかし、アクセライダーなどの特撮系を担当している有名プロデューサーが審査員として後ろについていて、何となく自分たちはヒーローを演じるんだろうと暗黙の了解を得ているのだ。
俺もその一人。
子供の頃、テレビで悪と戦っているアクセライダーに目を奪われてから――
「あとあいつも無いよな」
「あああいつ? 自分のことイケメンとか言ってたヤツ」
!!!
彼だ。俺は自分のことでもないのに竦み上がった。
悪役を希望していた彼は、やはりヒトの目にとまるらしい。
「言う程イケメンでも無いだろ。気持ちもないのに冷やかしみたいに来んなよな」
そうだろうか。あの真っ直ぐな瞳には、気持ちがないようにも見えなかったが。
そう思っていると、自動販売機からペットボトルが落ちる音がした。
「!」
すらりとした白い手が受け取り口へと伸びる。
ご本人の登場である。どうやらハナシを聞いていたらしい。
俺は口をパクパクさせながら、頭をフル回転させた。
「おっ……オーディション!」
声が裏返る。
彼が振り返った。
「は、初めてなんだよね、こういうの」
「? ああ」
俺の会話に気付いた応募者たちが、気まずそうに煙草を消して立ち去ってゆくのが見えた。
「すごかったね受け答え! 俺はカッコいいと思ったよ! 面接官のヒトもびっくりしてたけど……」
さっきの態度が彼なりに一生懸命考えた結果だと思ったから、俺は必死になってフォローした。
なのに――
「何サマ?」
「は?」
言われた言葉が一瞬分からなくて、俺は硬直した。
「ヒトのことどうこう言うより、自分の中身ちゃんとしてからにしろよ、ウサギちゃん」
「――!!」
髪に隠れていた耳を軽く引っ張られて、
俺は持っていたペットボトルをゴトリと落とした。
ウサギちゃん……
ウサギちゃん……
俺はウサギを世話する側なのに……!
見開いた瞳が真っ赤に充血していく。
こ……こいつ、素でイヤなヤツだ――!!
「それで伊月君、キミはどうして俳優になろうと思ったの?」
面接官は険しい顔でこちらを見つめている。
ネットで募集されていた、新人発掘のオーディション。
自分を変えるにはこれしかないと思って、俺はよくも考えずに応募ボタンをクリックした。
高校の進路志望を提出する前で、夢に懸けるのも最後のチャンスだと思っていた。
しかし、一人真ん中に突っ立って、今やあっぷあっぷになっている。
「アクセライダーみたいなヒーローになりたいって言ってたよね」
「はっ、はい……」
「けどキミさあ……さっきから聞いてたら、目指してるのスタントマンの方じゃない?」
周囲からかすかな笑いが起こった。
俺の他にも応募者が何人か居るのだ。
「で、どっちなのよ」
「いっ、いや、どっちも魅力的というか」
「表に立つ俳優と、スーツの中に入るスタントマンは全然違うよ」
俺は顔を真っ赤にしながら言葉を続けようと思ったが、
「短所は優柔不断だね。顔はまあキレイな方だけど」
と、次の応募者に回されてしまった。
1番目のイスに戻った俺は、自宅からメモしてきた紙を見つめながら、ぐるぐると思いを巡らせていた。
何が悪かったんだろう。
特技が「ウサギと会話すること」だって言ったから?
俳優とスタントマンの区別がついていなかったから?
優柔不断……、よく言われる。
けどそれにだってちゃんと事情があって……
あああっ!! こんなウジウジした性格だからダメなんだってば!!
一人髪を掻きむしっていると、周囲からざわ……と声がした。
俺が真ん中に立っていた時とは違う種類のざわめきだ。
「なんで悪役になりたいの?」
「悪役はだいたいイケメンだからです」
「自分のことイケメンだって思ってる?」
「ヒトがプレッシャーに感じる程度には」
そう答えた俺と同い年くらいの青年は、先程なよなよと作り笑顔ばかりしていた俺とは正反対に、背筋を伸ばすでも曲げるでもなくただ面接官と向かい合い、無表情でただただそこに‷居た‷。
「特技は?」
「ヒトを打ち負かすことです」
なんてヤツだ。俺はびっくりして椅子からずり落ちそうになった。
見た目もヤワな俺と違って、確かに彼は、黒髪から覗く顔立ちは端正で、見惚れるくらいイケメンだ。こういう場ではこういうタイプが生き残るんだろうか。
自信、か……。
俺は彼とは正反対の、色素の薄い茶色い髪をいじりながら思った。
× × ×
休憩時間。エレベーターホールの自動販売機で飲み物を買っていると、非常階段から他の応募者たちの声が聞こえて来た。
「あいつダメだな」
「あ~最初に呼ばれたヤツ?」
「そーそ、女みたいな」
――俺のことだ。
「ウサギの気持ちが分かるとかさ、この場で披露出来る特技じゃないと意味ないじゃん。俳優とスーツアクターの区別ついてなかったし」
スーツアクターとはスタントマンのことだろうか。
確かに不勉強だったことは俺の失点だ。
「何より受け答えがダメ。あんなウジウジしてたらヒーローなんかなれねーよ」
無数の煙草の煙と共に吐かれる、馬鹿にするような笑い。
記憶と共にイヤな感触が俺の胸に沸き上がる。
今回のオーディションは、とりたててヒーローを演じる俳優に限定した募集では無い。
しかし、アクセライダーなどの特撮系を担当している有名プロデューサーが審査員として後ろについていて、何となく自分たちはヒーローを演じるんだろうと暗黙の了解を得ているのだ。
俺もその一人。
子供の頃、テレビで悪と戦っているアクセライダーに目を奪われてから――
「あとあいつも無いよな」
「あああいつ? 自分のことイケメンとか言ってたヤツ」
!!!
彼だ。俺は自分のことでもないのに竦み上がった。
悪役を希望していた彼は、やはりヒトの目にとまるらしい。
「言う程イケメンでも無いだろ。気持ちもないのに冷やかしみたいに来んなよな」
そうだろうか。あの真っ直ぐな瞳には、気持ちがないようにも見えなかったが。
そう思っていると、自動販売機からペットボトルが落ちる音がした。
「!」
すらりとした白い手が受け取り口へと伸びる。
ご本人の登場である。どうやらハナシを聞いていたらしい。
俺は口をパクパクさせながら、頭をフル回転させた。
「おっ……オーディション!」
声が裏返る。
彼が振り返った。
「は、初めてなんだよね、こういうの」
「? ああ」
俺の会話に気付いた応募者たちが、気まずそうに煙草を消して立ち去ってゆくのが見えた。
「すごかったね受け答え! 俺はカッコいいと思ったよ! 面接官のヒトもびっくりしてたけど……」
さっきの態度が彼なりに一生懸命考えた結果だと思ったから、俺は必死になってフォローした。
なのに――
「何サマ?」
「は?」
言われた言葉が一瞬分からなくて、俺は硬直した。
「ヒトのことどうこう言うより、自分の中身ちゃんとしてからにしろよ、ウサギちゃん」
「――!!」
髪に隠れていた耳を軽く引っ張られて、
俺は持っていたペットボトルをゴトリと落とした。
ウサギちゃん……
ウサギちゃん……
俺はウサギを世話する側なのに……!
見開いた瞳が真っ赤に充血していく。
こ……こいつ、素でイヤなヤツだ――!!
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