32話 「お正月企画ver.2019」
おせちは下ごしらえを昨日のうちに済ませておいたおかげか、案外早く済ませることが出来、特に買うものはないけれど気晴らしに街に出てみようかと支度を始めたところで先程原田さんから聞いた言葉を思い出してカバンに伸ばした手を引っ込めた。ただ何をする予定もないし、箱のことが気になってしまってのんびりとすることもできない。テレビをつけてぼんやり見ていると年末でドラマの一挙放送が行われていて、その中に「鬼平犯科帳一挙放送」の枠を見つけて何となしに録画予約した時だった。
玄関が破れる勢いで開いて何事かと、玄関の方へ続く戸を振り向くとドドドド、と物凄い足音が響いて土方さんが文字通り転がり込んできた。勢いよく私の目の前で急停止し、「無事か!?」と目を血走らせながらやってきた土方さんは所々が焦げていて、心配してきてくれたのは嬉しいしお礼を言いたいけれど今は取り敢えず自分の心配をしてもらいたいとだけ思った。
「わりいな。すぐに駆け付けようと思ったんだが」
「いえ、ありがとうございます。すみません、お仕事中に」
傷の手当てを申し出てから「それよりケガはねぇか!?」と私をクルクルと回して確認しようとするところは、何だかちょっと万事屋さんに似てるななんて思った。言葉にするのはちょっと難しいけど、人の心配をして自分のケガのことは二の次のところとか、心配してくれたのが痛いくらいにわかる表情だとか。
まだ会って間もなかった時は怖い印象だったというか、少しも変化のない表情で見下ろされて今みたいにこうして話せるなんて思っても見なかったけれど。
「ちょっとな、街のパトロール中に追っていた女を見つけて尾行中にやられちまったんだ」
そんな危険な相手を追っている時に連絡してしまったのか、と申し訳なく思っていると「いややられたのは追っていた相手じゃなくて総悟に、なんだけどな」と上を向いた土方さんは遠い目をされていた。
「何ともまぁ不思議なことをする奴もいたもんだな」
大体のことは山崎さんから聞いていたらしく、大まかな話をすると土方さんは腕を組んで眉間にしわを寄せた。
そのひざ元には山崎さんから受け取ったらしい例の箱が置かれていて、一度持って行ってもらって安堵したその悩みの原因が再びここにあることに何だか言い知れぬ不安感があるけれど、なぜだか冷静な土方さんと一緒だからか不思議と先程までの恐怖感は感じていなかった。
「箱を置かれてすぐに窓の外は見たんだな?」
「はい。二回とも私が台所に居た時だったので。確かに人影も見えましたし、すぐに窓を開けたんですけど、外には誰もいなくてその箱が置いてあっただけでした」
「前に着た箱はどうしたんだ?」
「その時ちょうどお妙さんが見えて…気味が悪いし捨てましょうということになりまして」
名前を聞いた途端、一連の流れを察したように遠い目で「なるほどな」と呟いた土方さんはやはり苦労人らしい。それに苦笑いしながら足元にある箱を見つめると、「次にノックされても出ねぇ方がいいな」と土方さんの腕が伸び箱を風呂敷に包んでしまった。
「2回とも実害がなかったのは幸いしたが、次もそうとは限らねぇ。もし犯人が攘夷志士で俺達と関りのあるお前を狙ってきたのなら何らかの害を与えてくるかもしれねぇからな。次にノックされたらすぐに連絡しろ、いいな」
確かに、もし相手がこちらに危害を加えようとしている人だとして、私に太刀打ちすることはできないだろう。
こんなことになるなら護身術のひとつ習っておくべきだっただろうか。念を押すように土方さんが「開けるなよ絶対に」と言ったのに頷くと、玄関が勢いよく開く音がして土方さんは「しまった!」と舌打ちをして中腰になると「玄関の鍵を閉めずに着ちまった」と刀に手を添えた。
もしかしたら相手が箱を置いて行った者かもしれない。
それを察した私は急に恐怖を感じて、台所に向かうと慌てて武器になるものと探して取り敢えず食器洗いの中に入っていた中華鍋を手に土方さんのいる居間に戻った。
え?なんで中華鍋?みたいな視線をもらった気がしたけれど、死活問題なのでスルーさせてもらう。
今日のお昼ご飯は急に中華が食べたくなったんだ。
玄関のほうと隔てるガラス張りの扉のほうに人影が映り込み、2人して息をのんだ時だった。
ガラガラと開いた扉から、入ってきたのは身知った顔というか、沖田さんで。
間の抜けた顔でぽかんと沖田さんを見る私たちに、沖田さんは鼻で笑って携帯を取り出すと写真を撮った。
「土方さんがあんなに案じる相手といやァここじゃねぇかと思いやしてね。」
沖田さんは唖然とする私たちに構うことなく台所へと行き、自分の分のお茶を淹れて戻ってくると、「なんで、おまっ…ここにいんの!?」と立ち上がった土方さんににやにやと笑いながら答えた。
「だからってお前も来る必要ある!?」
「面白そうだから」
饅頭食うか?なんて差し出してくる沖田さんは会った時から変わらず、マイペースな人だった。
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