5話
小さい頃から、近所の子供と遊ぶよりも森に薬草を取りに行くのが大好きだった。
人と関わるのが嫌だったとか、そう言うことじゃないけれど、小さいカテゴリーの中に押し込められているそんな感覚が好きになれなかった。
人と関わると「誰と誰が喧嘩したからあなたもあの子と口聞いちゃダメ」だとか、「誰かが誰かを叩いたからもうあの子とは遊んじゃダメ」なんて言われるのが面倒だったから自然とそういう集団から離れていった。
だからひとりで森に入って薬草を摘んでいたほうが楽しかったし、自分らしくいれる時間だった。それが悪いことだなんて感じた事はなかったし、私は私として生きていくことは良いことであるはずだと信じて疑わなかった。
いつからだっただろうか、そうして「自由」を欲した自分は村の中じゃ「普通じゃない子」のように扱われるようになって、思うがままに生きることがここでは許されない事なんだと知った。小さなカテゴリーの中では少しでも周りと違った動きをする人間は爪弾きに合うんだと悟った。
自分の好きなことを見つけてそれを職に出来たらどんなに素敵な事だろうと思うことは、結局あの村ではよく思われることではなく、足並み揃えて集団で過ごしていくことだけが求められていたことなのだとわかった。
そうして小さなカテゴリーの中に押し込められて生きてきて、はみ出さずに「集団行動」をすることを強いられて、ある日突然それがなくなる。そうして守られてきた環境から急に野放しにされた子供たちはいったいどうやって生きていけばいいのだろうか。
そんな生活が嫌で、村から逃げてきたのは数年前の事。
江戸の大きな町ならきっと、そう信じて止まなかった私は結局どこも同じ、井の中の蛙のままだった。
袋の中にしまい込んだ村からたったひとつだけ持ち出したそれは、錆びついていてあの日の輝きはもうどこにもない。捨ててしまうのは簡単だったはずのそれも、今はずっしりと重く手のひらに乗ってあの日の自分が今の自分を責めているような錯覚を覚えた。
小さな場所に閉じこもるのが嫌で、出てきたはずだったのに、あの日あの場所がとても窮屈に感じたのはただ私自身が勝手に殻に閉じこもってそう感じていただけなのかもしれない。
「何湿気た面してんだ?珍しくぼんやりしてると思ったら何思い詰めてんの」
「…万事屋さん。珍しい、今日は酔っぱらってないのですね」
「銀さんいつも酔っぱらっている訳じゃないからね。たまには素面でいることだってあるから。ってやかましいわ、むしろ酔っぱらってる方が少ないって―の。いつも酔っぱらってるみたいな反応やめてくれる?」
「そうでしたね、すみませんでした」
「いや素直に謝られるとさァ。なんだよ、本当にセンチメンタルになってたのかよ。まぁお前もお年頃ってとこ?」
「まぁ、そんなところです。」
いつの間にやってきたのやら、店内に入ってきていた坂田銀時は「ふーん?」と相槌を打つと、店内にあった椅子に座り込んだ。
「で、お嬢さんは何で急にセンチメンタルになったんだよ」
興味がないとばかり思っていたからか、驚いて目を見開き彼のほうを見ると銀時は店内にある雑誌を手に取り「ジャ●プねぇのかよここ」と愚痴をこぼしながらパラパラとめくっている。
「昔のことを少しだけ思い出しただけです。大したことじゃありません」
「昔の事ねぇ」
少しだけ、銀時の声のトーンが下がったのが分かった。
けれどお互いに過去の事で聞かれたくない話があるのは何となく察した。
だからお互いにその「過去」について触れることもなかった。
きっと触れてしまったら今までのような気楽な関係で居続けることが出来ないことを、お互いに察していたからだろう。
「ジャ●プ、お好きなんですか?」
「は?…あー…あァ、そうだな。お前は?」
「漫画は読みません。」
「マジか。あー現代っ子らしくテレビしかみませんみたいな?いや今の子はゲームとか?それとも携帯か」
「今どきの子って言える年齢でもないので」
「そういやお宅成人してるんだっけか。神楽とそう変わらない風に見えるのに、人の年齢は見た目じゃわからねぇもんだなオイ。詐欺だよこれ」
「万事屋さん以外にそんなこと言われたことありませんけど。」
「マジで?まぁ…もっと年下に見えるかもなワンチャン」
「どこ見てんだアンタ」
持っていたハサミをスッと銀時の方に向けるとサッと目を逸らされ口笛を吹き、明らかに誤魔化したのがわかった。
「まァ、過去がどうであれ今関わってる人間にゃ案外関係ない話だぜ。そういうことを根掘り葉掘り掘り返していく野郎のほうが変な目で見られる世の中だし。「髪切った?」って聞いただけで壁にめり込む時代だからね。本当に怖いよ銀さん、なんて会話に続けたらいいか怖くて怖くて。まともに人とも関われないからね」
「あなたがそんなに悩んで生きているようには見えませんよ。」
「オイそれどういう意味だコラ。銀さんの心を傷つけた罪で訴えんぞ」
「私もセクハラで訴えていいのならどうぞ」
「あーいい天気だなァこりゃ。洗濯でも干してくりゃよかったかな。いや多分新八がもう干してるなコレ、どう思うよ?」
「話誤魔化すの下手ですか」
「誤魔化してねぇだろうがァ!言いがかりつけてくんのもいい加減にしてくんない!?俺はただあれだ、こんないい天気を逃す手はねぇとだな」
「目、泳いでます」
「いやこれ泳いでないから、目の体操だから。怠けないようにこう左右をよく見てだな…って信じてないな?何だその目、ゴミを見つめつきとか言ったら銀さん拗ねるぞ」
「大丈夫です、そんな目向けてませんから。いい年した人が必死に誤魔化しているのを見て哀れんでる目です」
「泣いていい?」
つづく
人と関わるのが嫌だったとか、そう言うことじゃないけれど、小さいカテゴリーの中に押し込められているそんな感覚が好きになれなかった。
人と関わると「誰と誰が喧嘩したからあなたもあの子と口聞いちゃダメ」だとか、「誰かが誰かを叩いたからもうあの子とは遊んじゃダメ」なんて言われるのが面倒だったから自然とそういう集団から離れていった。
だからひとりで森に入って薬草を摘んでいたほうが楽しかったし、自分らしくいれる時間だった。それが悪いことだなんて感じた事はなかったし、私は私として生きていくことは良いことであるはずだと信じて疑わなかった。
いつからだっただろうか、そうして「自由」を欲した自分は村の中じゃ「普通じゃない子」のように扱われるようになって、思うがままに生きることがここでは許されない事なんだと知った。小さなカテゴリーの中では少しでも周りと違った動きをする人間は爪弾きに合うんだと悟った。
自分の好きなことを見つけてそれを職に出来たらどんなに素敵な事だろうと思うことは、結局あの村ではよく思われることではなく、足並み揃えて集団で過ごしていくことだけが求められていたことなのだとわかった。
そうして小さなカテゴリーの中に押し込められて生きてきて、はみ出さずに「集団行動」をすることを強いられて、ある日突然それがなくなる。そうして守られてきた環境から急に野放しにされた子供たちはいったいどうやって生きていけばいいのだろうか。
そんな生活が嫌で、村から逃げてきたのは数年前の事。
江戸の大きな町ならきっと、そう信じて止まなかった私は結局どこも同じ、井の中の蛙のままだった。
袋の中にしまい込んだ村からたったひとつだけ持ち出したそれは、錆びついていてあの日の輝きはもうどこにもない。捨ててしまうのは簡単だったはずのそれも、今はずっしりと重く手のひらに乗ってあの日の自分が今の自分を責めているような錯覚を覚えた。
小さな場所に閉じこもるのが嫌で、出てきたはずだったのに、あの日あの場所がとても窮屈に感じたのはただ私自身が勝手に殻に閉じこもってそう感じていただけなのかもしれない。
「何湿気た面してんだ?珍しくぼんやりしてると思ったら何思い詰めてんの」
「…万事屋さん。珍しい、今日は酔っぱらってないのですね」
「銀さんいつも酔っぱらっている訳じゃないからね。たまには素面でいることだってあるから。ってやかましいわ、むしろ酔っぱらってる方が少ないって―の。いつも酔っぱらってるみたいな反応やめてくれる?」
「そうでしたね、すみませんでした」
「いや素直に謝られるとさァ。なんだよ、本当にセンチメンタルになってたのかよ。まぁお前もお年頃ってとこ?」
「まぁ、そんなところです。」
いつの間にやってきたのやら、店内に入ってきていた坂田銀時は「ふーん?」と相槌を打つと、店内にあった椅子に座り込んだ。
「で、お嬢さんは何で急にセンチメンタルになったんだよ」
興味がないとばかり思っていたからか、驚いて目を見開き彼のほうを見ると銀時は店内にある雑誌を手に取り「ジャ●プねぇのかよここ」と愚痴をこぼしながらパラパラとめくっている。
「昔のことを少しだけ思い出しただけです。大したことじゃありません」
「昔の事ねぇ」
少しだけ、銀時の声のトーンが下がったのが分かった。
けれどお互いに過去の事で聞かれたくない話があるのは何となく察した。
だからお互いにその「過去」について触れることもなかった。
きっと触れてしまったら今までのような気楽な関係で居続けることが出来ないことを、お互いに察していたからだろう。
「ジャ●プ、お好きなんですか?」
「は?…あー…あァ、そうだな。お前は?」
「漫画は読みません。」
「マジか。あー現代っ子らしくテレビしかみませんみたいな?いや今の子はゲームとか?それとも携帯か」
「今どきの子って言える年齢でもないので」
「そういやお宅成人してるんだっけか。神楽とそう変わらない風に見えるのに、人の年齢は見た目じゃわからねぇもんだなオイ。詐欺だよこれ」
「万事屋さん以外にそんなこと言われたことありませんけど。」
「マジで?まぁ…もっと年下に見えるかもなワンチャン」
「どこ見てんだアンタ」
持っていたハサミをスッと銀時の方に向けるとサッと目を逸らされ口笛を吹き、明らかに誤魔化したのがわかった。
「まァ、過去がどうであれ今関わってる人間にゃ案外関係ない話だぜ。そういうことを根掘り葉掘り掘り返していく野郎のほうが変な目で見られる世の中だし。「髪切った?」って聞いただけで壁にめり込む時代だからね。本当に怖いよ銀さん、なんて会話に続けたらいいか怖くて怖くて。まともに人とも関われないからね」
「あなたがそんなに悩んで生きているようには見えませんよ。」
「オイそれどういう意味だコラ。銀さんの心を傷つけた罪で訴えんぞ」
「私もセクハラで訴えていいのならどうぞ」
「あーいい天気だなァこりゃ。洗濯でも干してくりゃよかったかな。いや多分新八がもう干してるなコレ、どう思うよ?」
「話誤魔化すの下手ですか」
「誤魔化してねぇだろうがァ!言いがかりつけてくんのもいい加減にしてくんない!?俺はただあれだ、こんないい天気を逃す手はねぇとだな」
「目、泳いでます」
「いやこれ泳いでないから、目の体操だから。怠けないようにこう左右をよく見てだな…って信じてないな?何だその目、ゴミを見つめつきとか言ったら銀さん拗ねるぞ」
「大丈夫です、そんな目向けてませんから。いい年した人が必死に誤魔化しているのを見て哀れんでる目です」
「泣いていい?」
つづく
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