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恋って、多分こんな感じ。

原作: その他 (原作:アイドルマスターSideM) 作者: 和久井
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プロローグ

CDデッキがキュインと小さな音を立てて止まる。

その音で現実に引き戻された気になり、木村龍はふうと息を吐く。
天井を見る。レッスンスタジオの天井って白かったんだ。そんな事を考えた。
信玄誠司は静かに姿勢を正す。
こりをほぐすように、首を左右に傾ける。パキ、と小さく骨の音が鳴った。

儚い曲調と聞き入ってしまう歌詞だった。

誰も言葉を発さない。

それぐらい、そこに居る全員が聞き惚れ、それ以上にこれから来る重圧に緊張していた。
「彼らは楽しそうに、談笑しながら、このレッスンスタジオに入ってきたんですよ」と言われても、誰一人として信じることが出来ない空気だった。

握野英雄は少し震える手でイジェクトボタンを押す。

「……これが、俺たちの新曲」

ようやく聞こえた英雄の声、は自身の手と同じく震えていた。
喜びよりも不安と緊張が混じった声は広いレッスンスタジオに吸い込まれてすぐに消えた。

これが、FRAME3人と新曲「Swing Your Leaves」の出会い。


ある日の午後、早朝から行われたCM撮影を終え事務所に戻って来た3人を、プロデューサーはミーティングルームへと手招いた。
きょとんとした顔でついてきた3人に、プロデューサーは少しのドヤ顔と満面の笑みでこう伝えた。

3人の、FRAMEの、新曲を作ります。

「新曲」という単語を聞いて3人は一瞬真顔になり、そしてすぐに笑顔になり顔を見合わせた。
「やったー!!」という龍の喜びの声は、喚起のために開けっ放しだった窓から全力で飛び出した。
英雄も誠司も龍のように大声は出さなかったが、力強いハイタッチをした。

デビューしてからは各々ソロ曲や事務所内での合同曲はリリースしていたが、3人揃っての新曲は本当に久しぶりだった。

英雄がプロデューサーに何があったんだと経緯を聞く。
315プロダクションのアニバーサリー企画として、今年はもふもふえんとF-LAGS、そしてFRAMEに白羽の矢が立ったとこのこと。
新曲に加え、アニバーサリー企画としては恒例となったもふもふえんやF-LAGSとの合同曲も入るという。


合同曲のレッスンもありますが、まずは新曲です。

そう言いながらプロデューサーは英雄にデモCDを、龍に人数分の歌詞が書かれた紙が入ったクリアファイルを、誠司にレッスンスタジオの鍵を渡した。

ぜひ聞いてみて下さい。そう言葉を添えて。

その言葉に3人のテンションは更に高まった。

「行ってくるぜ、プロデューサー!」

英雄の頼もしい声に、プロデューサーは手を振って応える。
扉が閉まり、3人の声が足音と共に遠ざかっていく。


3人の足音が完全に聞こえなくなり、プロデューサーは小さく息をついた。

意地悪だっただろうか、もっと自分の口から色々と伝えるべきだっただろうか。
だってこれは彼らが歌ったことのない――。

少し考えて小さく首を振る。

いや、違う。

あの3人なら何とかしてくれる。
そしてファンの心を掴む最高の歌を披露してくれる。

この曲で、彼らはまた1つアイドルとしての階段をのぼれる。

プロデューサーはそう信じていた。



「い、良い曲ですね!」

龍の声は上ずっていた。
場の空気を何とかしたくて発言したのは明白だった。

「ダンスはどうなるんでしょう」

そう龍が続けると、誠司も口を開いた。

「確かに、今までの曲とは全然違うな」

誠司の声は普段通りだったが、目は歌詞を追いかけていた。

「今までは大きくて勢いのある動きが多かったから、それとは全く見せ方が変わってくるのかもしれない」

誠司のいつもの声を聞いて安心したのか、龍はほっとしたように笑った。

「でもまさか俺たちがラブソングだなんて、信じられませんよね」
「全くだ」紙から目を離し、紫の瞳は龍を見た。
「これからが大変だぞ」

「本当ですよ!」

龍はレッスン予定が書かれた紙を見て「時間がない」と叫んだ。

「どうやって歌えば良いんでしょう? 俺恋愛経験ないですよ」
「それは自分も同じだ。こう言った言葉は今まで無縁だった。……けれど……」

そう言って誠司は口籠ったが、すぐに顔を上げた。

「けれど、この曲は絶対にファンの皆を喜ばせる事が出来ると思うんだ」

紫の瞳は、今度は英雄をまっすぐに見た。

「英雄も、そう思わないか?」

誠司の言葉に、英雄は息を呑んだ。

もう一度歌詞に目を通す。
確かに、これを聞いたファンはどんな顔をするだろうか――。

想像をする。
緑のペンライトが揺れる姿を。
あの光景に、自分はどれだけ助けられていただろう。
あの景色に、どれだけ応えようと思っただろう。
自分は、あの瞬間を――。

それを考えた瞬間、英雄から迷いは消えていた。

「龍、誠司」

2人は英雄を見る。
英雄の声は、先ほどの震えた声とはまるで別人だった。


英雄はいつものようにニヤリと笑いながら言った。

「この曲、絶対俺たちの物にしようぜ」

リーダーからの言葉に龍と誠司は顔を見合わせた。
そして決心したかのようにお互いに強く頷く。

「はい!」
「ああ!」

2人からの頼もしい返事に、英雄は今度は歯を見せて笑った。


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