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最初で最後の約束

ジャンル: その他 作者: ちゃんまめ
目次

後編

中学生になって反抗期を迎えると私は殆ど家族と話さなくなった。

それどころか表情も乏しくなって家では可愛げがない子供になっていた。

特にお婆ちゃんとお父さんには反抗的な態度を取った。

ある日、私がお婆ちゃんと喧嘩をしている時にお爺ちゃんが仲裁に入ってくれた事があった。

その時、私は感情的になり過ぎていてお爺ちゃんがお婆ちゃんの味方をしていると思い込んでしまい、お爺ちゃんに向かって「爺ちゃんなんてもう起きてこなくていい!」と怒鳴ってしまった。

お爺ちゃんは私のこの言葉に対して怒る訳でもなく黙って静かに部屋に行ってしまった。

私はお婆ちゃんから「真由、それは爺ちゃんが死んじゃえって言っている事と同じ事だよ。」と諭されて我に返った。

私は家族に対しては挨拶はおろか、「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない人間になってしまっていた。

お爺ちゃんへのせめてもの償いに翌日、久し振りに笑顔で接した。



 「もうこんな家は嫌だ」「何処か遠くへ行きたい」「一人になりたい」私はずっとその事ばかり考えていた。

家族には反抗的な私だったが、私は学校では成績優秀で品行方正、おまけに所属する部活動も強豪な部活のレギュラーだった。

友達には明るく接して、勿論「ありがとう」や「ごめんね」も普通に言えていた。

そんな私は家での自分と外での自分が余りにも違い過ぎて葛藤した。

そして大学は地元から遠く離れた大学へ進学しようと思い受験勉強に取り組んだ。

一人っ子の女の子が遠い場所で一人暮らしをする事に反対されるだろうと思ったけど、合格した大学は全国的にも有名で偏差値が高い大学だったからか、一人暮らしが出来る様になった。

お爺ちゃんは「真由ちゃんが居なくなると寂しいね。いつでも帰っておいでね。」「爺ちゃんは真由ちゃんが成人式を迎えるまでは頑張って生きるからね。」と送り出してくれた。

そしてお正月やお盆の時期に偶に帰省すると「婆ちゃんには内緒だからね。」と必ずこっそりとお小遣いをくれた。

私は呪縛から解かれて性格が少し丸くなったのか成人式の時には初めて自分から「家族の記念写真を撮ろう。」と振袖姿で写真を撮った。

この写真が唯一私が笑顔を見せた家族写真だ。

お爺ちゃんと撮る最後の写真になるとはこの時は全く思っていなかった。

お爺ちゃんは「真由ちゃんの花嫁姿も見るからね。」と言ってくれたから……。



 順調に大学生活を送っていたある日、お母さんから電話が掛かってきた。

「お爺ちゃんが入院した」

連絡を受けた私は講義や単位の事等忘れて急いで新幹線に乗って地元へと帰った。

心配は要らないとは聞いていたけどなんだか凄く嫌な予感がしたからだ。

そのまま病院へと向かうとお父さんの姉と妹。叔母さん達が談話室で話をしていた。

「あれ?真由ちゃん遠くから来てくれたの。心配はないから大丈夫だよ。」と美智子おばちゃんは言った。

お爺ちゃんの顔が見たくて病室へ行くと、ただでさえ細かったお爺ちゃんがまた細くなった姿で眠っていた。

「安心して勉強頑張ってね。」と言われたけど帰りの新幹線ではお爺ちゃんとの別れが近付いている実感が湧いてしまい涙が止まらなかった。

お爺ちゃんは入院する直前に長女である美智子おばちゃんの家に暫く行きたいと言っていたそうだ。

しかし、お婆ちゃんとお父さんが猛反対して行けなかった。

私はこの話を聞いた時に初めて家族に対して殺意に近い感情が湧いた。

特にお父さんが許せなかった。

この時、お爺ちゃんは精神的にも肉体的にもとっくに限界を迎えていたのだろう。

私が家から離れたいと思った事と同じ様に家に居たくなくなって、美智子おばちゃんの家へ行きたいと限界を迎えたシグナルを送ったんだ。

お婆ちゃんとの二人だけで過ごす中で気が強いお婆ちゃんから嫌味を言われ続けていたのだろう……そのストレスは計り知れない。

私が遠くへ行かずに実家に居れば、そのストレスを代わりに受ける事が出来たのに……と初めて一人暮らしをした事を後悔した。

お母さんから「お爺ちゃん、個室に移動したよ。」無知だった私はこの言葉の意味を全く理解していなかった。

最期を迎える時は静かな場所、一人の部屋でという意味を。

暫くして「お爺ちゃん、大部屋に戻ったよ。」と連絡が来た。

そして、この連絡が来た翌日の明け方に携帯が突然鳴った。

眠っていた私はびっくりして起きて電話に出ると「お爺ちゃんが亡くなった。」と言われた。

初めて感じた「死」それが大好きだったお爺ちゃんだった。

真夏の太陽が眩し過ぎる朝だった。



 実家に帰ると顔を白い布で覆われて眠っているお爺ちゃんが居た。

私が帰って来たのに「お帰り」も言えない姿だ。

親戚も集まっていた。私はお爺ちゃんの顔を見る勇気が出なくて暫く呆然としていた。

「顔見られる?」その言葉でやっと決心がついてお爺ちゃんの顔を見た。

お爺ちゃんは優しい顔で眠っていた。

顔を見た途端に涙が溢れ、お爺ちゃんへの罪悪感や可愛くない孫だった事の後悔の念が湧き上がってきた。

お爺ちゃんの最期はお父さんが看取った。

お爺ちゃんは大部屋のままで亡くなる直前に、大きないびきをかいて寝ている他の患者さんが居て、お父さんが「親父、うるさくてごめんな。」と言ったがお爺ちゃんは「そんな事は言うもんじゃない。」しっかりした口調で言ったそうだ。

如何にも優しいお爺ちゃんらしい言葉を残して天国へと旅立った。

私は棺に納められて本当のお爺ちゃんとの最期の別れの時に、心の中でお爺ちゃんと約束をした。

家族孝行が出来なかった私がもし地獄じゃなくて天国へと行けるのならば……天国へ行ける日が来たら天国に居るお爺ちゃんに満面の笑顔で「ありがとう」と「ごめんなさい」を絶対に伝えるんだ。

またお爺ちゃんと逢える日はまだまだ遠いけれど、これだけは私からしたお爺ちゃんとの最初で最後の約束だから。 
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