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いつもの千尋

原作: ソードアート・オンライン 作者: トラップハウス
目次

飛来する思考のフェイクパス

 バスケの校内試合をする話を聞いて、その日の放課後は制服のまま体育館に入っていた。その試合の最中で、僕は如何すれば良いか分からなくなって、慌てて自動販売機でスポーツ飲料を人数分買って、体育館に戻った。

 そこにはもう皆が居なくて、居たのは弾駆君と竜司君だけだった。

「ごめん、何日も練習に付き合ってもらったのに」

 竜司君はそう言ってから僕が抱えているスポーツ飲料を一つ取り、体育館から出て行ってしまう。それを止める事は出来なくて、如何したら良いか分からなくて、佇んでしまった。

 弾駆君は僕に気付いて、歩み寄り、竜司君と同じ様に、いやスポーツ飲料を一つ取った。

「俺が一人でやった方が絶対勝てるってのにな。分かってねーよな」

「でも、皆も頑張ってるから――」

 弾駆君は「あれ?」という顔を一瞬見せた。多分、僕の事をファンと勘違いしていたんだと思う。校外試合の時は弾駆君のファンで会場が埋め尽くされるって聞いた事がある。

「それは分かってるけどさ、あいつらにボール回してもボール取られるだけだしよ」

「でも――」

「試合ってのは勝たなきゃ面白くないんだよ」

 弾駆君は僕の言葉を遮ってそう言った後、左手で持っていたボールを後ろに放り投げた。コートの端からゴールに向かってボールは飛んでいき、スポッとシュートが決まる。ダンッダンッとボールはゴールの真下でバウンドする。

 ボールがバウンドを止めた頃、辺りを見渡してみると、弾駆君も居なくなっていた。

「パスはしないから見ているだけで良いよ」

 弾駆君の言葉を思い出すと、悲しくて、苦しくなった。体育館の後片付けをする間、何度もその言葉が頭の中を過って、何も出来なかった自分の事が嫌になった。きっと、僕じゃない人だったら、何とか出来たんだと思った。







「あいつとはもうやらないよ」

 皆がそう言った。竜司君も、「心が折れる前の自己防衛って事で」と。

 どうすれば良いかは、何日悩んでも分からなかった。

「いたっ!」

 唐突に飛んできた携帯端末が、俯いていた僕の鳩尾から少し上の所に当たって、携帯端末はコンクリートの地面の上に落ちた。昼食を外のベンチで食べている時だった。痛みと、困惑と、機械が可哀想という気持ちが一気に押し寄せて、結果的に訳が分からなくなる。

「笑顔が一番似合うんだからさ。何かあったのか?」

 その声に聞き覚えがあった。僕は彼の方を見ずに、先ず携帯端末を拾い上げる。そして、その携帯端末の画面に弾駆君の投稿が表示されている事に気付いた。

 目線を上げながら言う。

「分かってるんでしょ?」

「まーな。お前のストーカーだし」

 そんな冗談を言いながら、映君は僕の隣に座る。

「あいつ、バスケが出来な過ぎて、ちょっと発狂気味だぞ」

「そうなの?」

 携帯端末の画面を見る。弾駆君のメッセージはどれも「バスケがしたい」に集約していた。一日に十回はそれを叫んでいる。映君はそのメッセージに煽る様に「へー」とか「ふーん」とか返信しているけど、弾駆君から返信はなかった。

「どうしよう……」

「自業自得だろ」

「僕がもっとバスケが上手かったら――」

「違うな」

 映君は僕の言葉を遮る。それは、弾駆君が僕の言葉を遮ったのとは違って、何か期待のようなものを感じた。映君なら何か解決策を見出してくれる。そんな期待感。

「園芸野郎と練習したんだろ? バスケの」

「そうだけど……」

「それだよ」

「それ?」

 何の事かは分からない。僕は、もっと自分がバスケが上手くて、あの時に良い練習が出来たら、こんな事にはならなかったかもしれないと思っている。だから、映君が言ったそれと、僕のそれは同じで、映君が何故言葉を遮ったのか分からなかった。

「後は自分で考えろ。少年」

 映君はそう言って僕から携帯端末を奪い取り、それを弄り始めた。

「教えてよ」

「嫌」

「このままだと……」

「やっ!」

 結局、映君は何も教えてくれなかった。







 僕は、弾駆君の事を放っておくことが出来なかった。

「女が俺に勝てる訳ないだろ。つーか、特に貧弱じゃね?」

 一対一のバスケの試合をしていた。攻撃側と防衛側を交互に行なって、相手より多くのゴールを決めた方が勝ち。当然、僕は弾駆君には勝てなくて、しかも時折カレイごっこをしている有様だった。体感時間で三時間くらいバスケをしているけど、多分本当はもっと短いと思う。

 息切れしながら立ち上がると、弾駆君はその場でドリブルを始める。今度は弾駆君が攻撃側。

 弾駆君が右に動いたのに合わせて、僕も右に一歩進む。その瞬間、弾駆君は左に向きを変えて僕を通り越す。当然追い付くことは出来なくて、弾駆君は難なくゴールを決めた。弾駆君にとってみれば余りにも簡単なゲームだと思う。

「大丈夫かー、千尋。今日はもう時間だし、解散するかー」

 弾駆君はにっこりと笑いながらそう言った。下手な僕の事を馬鹿にする感じじゃない。

 答える余裕は無かった。必死に呼吸をするだけだった。

「解散だな。じゃ、また明日もよろしくー」

「んー……」

 体力が尽きた僕は唸るしか出来ない。

 それから、休みの日も毎日、僕は弾駆君とバスケの一対一の試合をした。ドリブルとかパス、シュートの練習は全然なかったし、朝早く起きて体育館で一人で練習しても上達はしなかったから、何日過ぎても僕は僕のままで、弾駆君は毎日に僕の事を馬鹿にした。それでも、弾駆君は必ず「また明日」と言う。言ってくれる。



 何日過ぎたか分からない。僕は、その日の試合を始める前に、訊いた。

「あのね」

「ん?」

「僕、バスケは下手だし、体力も全然ないし……一緒に試合して、楽しい?」

 弾駆君は一瞬悩んだ。

「――そうだな。……千尋ってさ、必死だからな。一緒に居ても嫌じゃないよ」

 弾駆君は持っていたボールを床の上に置いた。

「千尋と試合する分には絶対勝てるよな。ま、これを試合と言って良いかは疑問だけど」

「……ごめん」

「責めてる訳じゃなくて。つまりな、あー……勝つから楽しいんだと思ってたんだけどよ。あいつらも、負けるよりは何が何でも勝つ方が楽しいだろうなって」

 弾駆君は暫く黙った。告白でもするような長い沈黙。告白でもされたかのような長い沈黙。

「あのさあ……俺一人だと怒らせるだけだし。……ちょっと付き合ってくれないか?」
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