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王子さまはお家騒動から逃げ出したい。

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: 中野安樹
目次

王子さまはお家騒動から逃げ出したい

きしむベッド。弾む息と、衣擦れのおと。そして、言い知れぬ後悔……。


「あー。」


なんでこんなことになった。絶対、絶対おかしい。100%おかしい。混乱する頭のなかで、ただ。ナリウスを困らせてやりたいと考えただけの自分に文句のひとつでも、言ってやりたい。


あのとき、ナリウス扮する令嬢と寝所でのデートを申し出たのは確かだ。まさか、夜も遅いし、まさか部屋の片付けを侍女たちが始めるとは思わなかった。


「なぁ、メディ。どうしてもするのか?」

年配の侍女の剣幕に、動揺しながらも毅然とした態度で質問する。

「……。男臭いお部屋に、女性をお招きするおつもりですか?まさか?普段から、清掃が行き届いているのは、私たちのおかげです。あのね、ラインバルトさま。世の中には順序というものが、ございます。ありのままを見ていただくのは、もうしばらくあとのことですよ」

情けない。そう言われているような態度に、内心傷つく。

「いきなり、お部屋に呼ぶだなんて」

こちらにも準備と言うものが、あるのですよ。普段なら優しく落ち着きのあるメディが、髪をみだし走り回っている。

「ラインバルトさま。湯殿へは行かれました?身なりをノアに整えさせます。さぁ、お支度を」

全く、こちらを見ようともせず、指示だけだすメディが怖い。ノアとは自分より、ひとまわり年下の少年で身の回りの世話をしてくれているお抱えの世話係のひとりだ。もう、休んでいるはずの時間だろうに。

「ノアはもう、湯殿へ行きましたよ。ささ、早くお支度を」

何度いわせる。ジロリとメディに日とにらみされ、慌てて寝所を後にした。


「おめでとうございます。ラインバルトさま。僕はずっと、この日を待っていたのです」

頬を赤らめ、丁寧に身体を洗うノアが嬉しそうに微笑む。

「ラインバルトさまは淡白だから、せっかく習った、お清めもできないのだろうなぁって、思ってて」

ふぅと、大人びたため息をつく姿が生意気だと思わなくもないが、どうやらさみしい思いをさせていたらしい。

「一晩、過ごすだけでこんなにも大変なことになるだなんて、思ってもみなかったよ」

「……、なにいっているんですか、これでも簡略化された方なんですよ」

いつもは、ふんわり笑うノアの眉毛が釣り上げる。心なしか、言葉にもトゲがあるようだ。どうやら、何かあるということなのだろう。なんだかわからないが、公式の何かだろうか。それにしても、と思う。ただ、1晩女性と過ごすだけだ。まぁ、中身はナリウスだが。

「一般的なことなのか?コレ?」

「……。僕は、いつもラインバルトさまの味方だし、尊敬していますが……。ナリウスさまのご苦労がわかります」

はぁ、と深くため息をつく姿も、ナリウスそっくりだ。

「庶民は、そもそも湯につかれないでしょう?」

アホなのか?言外にあきれ返ったノアの眼差しが痛い。ここで弁解しても、カッコ悪いのは確かだ。

「いや、そうではなく……、その」

むつみごと、そのものを指したわけではない。

「まぁ、貴族にもありません。ですが、もしかしたらラインバルトさまのご正室になられるかもしれない、女性ですからね。初めが肝心です。そもそも」

レディに初っぱなから寝室に誘おうとする男なんて、逃げられます。ニッコリ笑顔が冷たいノアは、刺々しく呟いた。中身がナリウスだとわかっていたから、気にもしなかったが、確かに。通常ならひっぱたかれるかもしれない。王族といったって、所詮ひとりの人間だ。

「ですから、実際は小説のように暗転朝を迎えるシチュエーションではないのですよ。わかって……」

ノアのお小言を右から左に聞き流し、ふと沸いてきた疑問を迂闊にも口に出しかけてしまった。

「ナ、……」

ナリウスは寝所にドレスではこれないのではないか?バレるのではないか。ノアが知るわけもなく、疑問をうまくスライドさせる必要があった。

「そういえば、ドレスで来るのだろうか」

まさか、パジャマで?悩んでいる様子に盛大にあきれたノアは、主に向かってぞんざいに答えながらも、ため息をつく。

「ナイトウェアは充実していると思いますよ。ラインバルトさまでも、まぁ。失礼のない格好で、いらっしゃると思いますよ」

磨き上げられながら、なんて間抜けな質問を年下の少年に聞いてしまったのだろうか。聞いてしまったこちらが、恥ずかしくなるし、なんだろう。緊張するではないか。


湯殿から戻るとメディはもうすでにいなくなっていた。散らかっていた書類や本、衣類はあたかたもなくなっている。テーブルには艶々した花と暗くしても美しく映えるランプが設置されていた。愛用の枕は姿をかくし、来客用の見映えのよいものが置かれていた。そして、枕元にはみたこともない、小さな小瓶がひとつ。なんだろうか。好奇心で手を伸ばそうとした、そのときだ。ナリウス扮する令嬢の到着を知らせるベルが静かに鳴り響いた。迎える立場だと、こうも緊張するものなのか。まぁ、実際にはナリウスなのだから、なんの心配もいらないだろう。


手にしている小瓶を握りしめたまま、部屋へ招き入れる運びとなった。


【つづく】
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