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世界にただ二人だけ

原作: その他 (原作:Axis powers ヘタリア) 作者: 鮭とば
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世界にただ二人だけ

 長閑な田園風景にゆるりと民家が増え、道なりに暫く歩けば小さな町が現れた。一年中周囲に花々が咲き誇ると言われている噴水を中心に作られた町並みをコートを目深に被り地図を頼りに進めば、町の外れにお化け屋敷かと言わんばかりの古びた家が木々の間にポツリと立っている。
「情報通り、ですね」
「ああ。そうだな」
 周りには誰もいないが念の為囁き合って、今にも崩れ落ちそうな木でできた門を恐る恐る二人で押してみる。変な軋む音がして嫌な予感もしたが、何とか左右へ開いてくれた。雑草に覆われた石畳をジャンプして進み、玄関の前に辿り着く。
「菊、退いててくれ」
 くすんだ金髪の青年-アーサーに言われ、菊と呼ばれた青年はこくりと頷いて一歩退がる。前に出たアーサーは扉に片手を当て、どこからともなく出した本片手に何かを呟く。途端、ガチャン、と錠の開く音がした。
「これで大丈夫だ。入るぞ」
 ギギギ、と耳障りな音と共に開かれた家の中は、やはり見るに耐えない状態だ。昔は色鮮やかだったであろう絨毯はくすみ、埃が溜まっているし、あちらこちらに蜘蛛の巣が張られている。辺りを漂う埃に口に手をあて、これから住む家の状況に菊は眉を下げた。
「とりあえず、荷物置く前に掃除ですね」


“怪しい術を使う二人組が町の外れにあるボロ屋敷に住み着いた”
 こっそりアーサーが魔法で買って来た町の新聞の見出しに、菊は黒曜石の双眸をぱちぱちと瞬かせた。
「もう噂になってるとは、早いですね」
「ここ開けるのどっかから見られてたっぽいな」
 気配を探りつつ行動していたはずだが、やはり小さな町故か、目立っていたのかもしれない。せっかく人目につきにくく、誰にも気づかれそうにないが生活に困らない場所をと調べたのに。やはりもう少し大都市の方が反対に溶け込めただろうか。それとも出発が遅れて朝日が昇る前に着いてしまったのがミスだったか。たった半日で夕刊に載ってしまったことへ二人で溜息しつつ、菊は自分の頭に触れた。
「やはり猫耳がないからですかね…。尻尾もないですし、どこかでそっくりなもの作っておけばよかったのでは」
「だーかーら、それは魔法で周りにはついてるように見えてるから平気だって言ったろうが」
 じゃなきゃ猫族の集落に入らねぇよ、とアーサーは華奢な手鏡を取り出した。裸眼では互いの頭や尻付近に何もついてなくみえるが、鏡の中の二人には周りと似た耳と尻尾が生えて見える。おおお、と感動の声を上げる菊に、アーサーは鏡を渡して唸った。
「…ここの奴らは魔力はなさそうだし、ただ単に他所者が珍しいだけだと思う。が、もしこちらが友好的に対応しても疑いが晴れないようなら、俺の術が見破れているのかもしれない。その場合は…」

 リンゴーン

「こーんーにーちーはーなんだぞ!」
「あ、あの、こんにちは」
 可愛らしい声と菊が復活させたチャイムにアーサーは言葉を止め、菊が警戒しつつ出れば、可愛らしい双子の子供がちょこんと立っていた。輝く金髪と同じ耳をぴこぴこと動かす双子に、菊は可愛い!と叫びそうになるのを抑えてしゃがみ込む。
「はい、こんにちは。この町の子ですか?」
「そうなんだぞ!俺はアルフレッド!」
「ぼ、僕はマシューって言います…」
「そうなんですか。ご丁寧にありがとうございます。私は…」
「待て。お前ら二人何の用だ」
 菊の言葉を遮り新緑の双眸を眇めたアーサーに、マシューは怯えた様にアルフレッドの腕を掴むが、アルフレッドは晴天の様な青い瞳を輝かせた。
「俺はヒーローなんだ!」
「……は?」
「ヒーローは悪を滅ぼすんだぞ!だから、君達が悪者か調べに来たんだ!」
「あ、アル!それ言っちゃダメだよ!!」
「あ!そうだった」
 どうしよう!と慌てふためく双子に、とりあえず害はなさそうかと息を吐いたアーサーの頭を、菊が思いっきり叩いた。
「子供相手に言い方があるでしょう!」
「ってー…。いや、お前がまた名前を簡単に教える所だったから止めたんだろ!?」
「それはそれ!これはこれ!」
 ほら、謝って下さい!と腰に手を当てる菊とアーサーのやり取りに、双子は顔を見合わせる。
「あーゆーのを尻に敷かれるって言うんだよね」
「そうだぞ」
「なら悪者じゃないんじゃないかな?」
「確かに悪者にしては情けないんだぞ」
「おいっ!」
 悪者の疑いが消えたのは良かったが、聞き捨てならない扱いに反応してしまう。別に尻に敷かれてはいない。多分。
安心したのか笑みを浮かべた双子が、菊に抱きついてくる。
「ねね、君の名前何なんだい?」
「桜、と申します」
「あっちは?」
「アートさんですよ」
「桜さんと、アートさん、ですね」
「サクラとアートはどこから来たんだい?旅人さんなのかい?」
「お外はどんな世界なんですか?」
「それはですねー」
 すっかり菊に懐いた双子の姿に、アーサーはまあいいかと肩を竦める。悪意はなさそうだし、この双子が町の人達に悪者じゃないって言ってくれた方がこの町に居やすくなるだろう。別にアーサー達は素性はあまり明かせないが、この町に害を及ぼすつもりは毛頭ない。暫く身を潜められればそれでいいのだ。
 偽名を使う事に少し申し訳なさそうに微笑む菊の姿だけが可哀想だが、自分達の名前をこの子供達が知ってしまった方が危ない。それこそ世界を統べる政府機関に狙われる事になってしまう。

 この人類が滅びたと言われている世界で、唯一の人間であるのが自分達二人なのだから。
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