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夜の秘密

原作: その他 (原作:鋼の錬金術師) 作者: なみきち
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寝顔

冷たい…。そういえば、とリザが運んできてくれたスープに口をつけるも、温かさはもう無い。「マスタングさん用に…どうでしょうか……?」と不安げに用意してくれたカップ。この家には物は少なくないが、生活に必要なものとなるとそれは別だ。このカップも奥の奥からやっとのことで探しだしてきたものらしい。家のことはほとんどリザが行っているようで、住み込みで修行させていただくことになって、一番忙しくなったのは間違いなく彼女だろう。少しでも腹の足しになるようにと、様々なところ(彼女独自のルートがあるらしい)でかき集めてきて、豪華では決して無いのだが、それでも家庭的な食事を作ってくれる。……思わず口を歪めてしまうような時もたまにはあるが……。収入は無いにも等しいであろうに、どうやって家計をやりくりしているのか。

「そんなに時間が経っていたのか」
外はしんと静まり返り、夜も深くなっていた。どこかで梟の声がする。今夜は風もあるらしく、その声をかき消すかのように、ビュービューと空が鳴いている。
作業も一区切りついたところであったので、冷めたスープを温め直そうと立ち上がる。ぎし…ぎしり…と床をそっと歩く。この家はまあ新しくなく、その上ろくな手入れも行われていない。あちらこちらでガタがきているところもあるが、いよいよ危なくなれば師匠がひっそりと錬金術で修理しているようであった。

ぎし…ぎしり……。床の軋みがひどく響く気がする。深夜は普段よりも感覚が冴えたような、そんな気分になる。無意識に何かに怯えているのか、人間の動物的な一面を思い知る。恐ろしいのは闇か…それとも静けさか……。

そんなこんなでキッチンを目指して部屋へ入ろうとすると、僅かに光が漏れていることに気が付く。
「誰かいるのか?リザ?」
小さな声を掛けながら扉を開けようと手を伸ばした時、目の端で何かちらついた……?ような……?気がした。が…気にしないことにして、部屋に入った。そして…入って扉を閉める!すぐ様閉める…!
「い……今のは…何だ!?…いや、いやいや…無いだろう。無い…よな…?」
思わない出来事に息が上がる。ちょっと落ち着け!心臓が早鐘を打つ。深呼吸だ、深呼吸。吸ってー吐いてー。
「科学的根拠…が無いものは、存在しない!」
吸ってー吐いてー。いつもの、ちょうしを、少し取り戻してきた。所謂そういうものは存在しないのだ。知っている。吸ってー吐いてー。
そして、少し心臓も落ち着いた時、またもや目の端を掠めたものが。一瞬どきりとしたが。
「リザ…。」
机に伏せて眠ってしまっている。その周りにはくしゃくしゃと丸められた紙が転がっている。
「疲れて眠ってしまったんだな」
リザは羽織りは着ているものの、この真夜中。体が冷えてしまうと思い、近くに何か無いかと探す。師匠のガウンが置いてあったため、お借りします、と胸のなかで唱え彼女の肩に掛けた。彼女はすやすやと寝息をたてている。普段は年の割りに大人びた様子を見せるが、時折見せる表情がとても可愛い。特に、笑顔が多くない彼女が破顔した時には、こちらも思わず笑顔になってしまう。そして、その後の少しはにかんだ様子も可愛いのだ。あとは…と眠っているリザを覗きこみ、こんな寝顔も貴重なのではと思う。全く起きる気配が無い。自分には兄弟はないが、こうやって一緒に過ごしていると妹もいいなぁ、可愛いなぁ、なんてつい思ってしまう。もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。

彼女の寝顔を見るのは初めてではない。あれは、少し前のこと。まだあまりリザと話す機会が無かったとき。今では、家の外で会っても声を掛けてくれるようになった。ようやくだ。リザは口数が多いわけでは無いが、それでも以前と比べれば、少し心を許してくれたと思っている。そういえば、あの時がきっかけだったか…どうだったか。

今までホークアイ家まで週に何度か通っていた。が、師匠に本気で弟子入りするのであれば、住み込んで修行しろ、と有り難いお言葉をいただいたのだ。自分自身、片道2時間半ほどの道のりを通う大変さに気付いた(まあその道のりでの出会いも思い返すと楽しかったのだが)頃であったし、母(血の繋がりこそ無いが母である)にも許可を得たので、すぐに準備を始めた。そして、「準備が整い次第」と師匠の言葉を素直にも受け取り、すぐに我が家を発ったのだ。住み込みで修行ができる楽しみさと、あれだけ拒まれた弟子入りを受け入れてもらえた嬉しさとで完全に舞い上がっていた。他のことは考えられなかったのだ。ホークアイ家までの道中で、少し買い物をした。着替えや歯ブラシなど、生活に必要なものは準備してきたので、とりあえずお世話になるため少しでも手土産を、と店に寄ったのだ。そこで見つけた可愛い鳥の髪留めがリザに似合いそうだな、なんて思ったが手持ちが足りない。そもそもリザとはそれまでろくに話したこともなく、親しいなんてとてもじゃないが言えない。そんな奴からこんな物をもらっても困ってしまうだろう。結局師匠への手土産なのだから、と思うことにし、可愛げもなく当たり障りのないお菓子を買った。それを片手にホークアイ家に着くこととなる。
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