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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第23話

 吹雪の冷たさに、ルグウの闘争本能が勝ったのだ。
 ルグウは完全にカヤに勝っていた。
 …………そして、そんなことは、始める前からカヤには分かっていた。
 カヤは攻撃を受け止めると、そのまま自然な動作でさがった。
 短剣と剣を投擲した。躱しにくいようにタイミングをずらす。
 剣の間合いの外からの狙い澄まされた攻撃だったが、ルグウは無造作になんなく躱した。
 ――が、
「《稲妻(ブリツツ)》!」
 黒いルグウの全身を稲妻の刃が貫いた。
 びくんとルグウが跳ねる。
 ルグウが何か叫んだ。
 卑怯だとでも叫んだのかもしれない。
 カヤとルグウの周囲を囲んでいた《吹雪(シユネーシユトゥルム)》は止んでいる。カヤは《吹雪(シユネーシユトゥルム)》の展開を止め、力を《稲妻(ブリツツ)》に回したのだ。
 吹雪が消えて、浅瀬の中央に立っているのは、カヤ一人だけだ。
 《吹雪(シユネーシユトゥルム)》と《稲妻(ブリツツ)》で、倒したようになんとか見せかけることができた。
 カヤはスーラ族を見た。とりあえず今すぐ何か言ってくることはなかったので、肩で息を吐いた。
 カヤはまたアンネローゼたちが駆け出さないように、スーラ族のそばにいる三人に近づいた。
 ふいにフードをとっていたことを思い出した。フードを被る。
 黒い髪。王族には絶対に見えない髪。それにいまはひどい顔色をして髪もぼさぼさだった。まず王女だとは気づかれなかっただろう。
 ルグウたち四人は、命は無事だった。倒れたルグウ四人を、いつの間にか集まってきていた二人のルグウが担ぎ上げた。一人で二人を担ぐが、全く重そうではない。
 カヤが近づくとアンネローゼとヒルデは少し後退った。怒られると思ったのかも知れない。カヤは正直言えば怒りたかったが、スーラ族の前で王国の言葉を話すわけにはいかない。スーラ族たちにどれくらい疑われているか考えるだけで冷や汗が流れそうだ。
 シャルロットがかじかんだ手を握って一生懸命温めようとしてくれたことだけが救いだった。
 流浪の民はまた動き出した。
 部族間の喧嘩を見物している者たちもいたが、半分ほどは先に進んだようだ。顔ぶれがずいぶん変わっている。
 アンネローゼの手に、スーラたちに気づかれないように王国の文字で「しゃべらないで。それと走らないで」と書いた。同じようにヒルデとシャルロットにもした。
 スーラ族や他の部族とともに、王都に着いた。王都を目の前にしてアンネローゼたちは我慢できなくなったのだろう。突然、走りだした。
 カヤはアンネローゼたちが駆け出そうとするのを防ごうとしたが、無理だった。アンネローゼもヒルデもシャルロットも駆け出していた。
 背の高い門は半ば崩れ落ち、開いたままになっていた。石で出来た壁は焦げてはいたが、目立った傷はない。そのため遠くからは街もほとんど無事のように思えた。遠くから見れば、だ。
 スーラ族の衣装を着た三人が王都の通りを駆け抜けると、ポキリポキリと音がした。それは燃えた木や崩れたレンガの屑だったりした。小指の折れる音のような気がした。靴底に踏んでいるのが、本当に小指かもしれないとは、アンネローゼたち三人は思わないのだろう。三人は炭になった何かを踏みつけながら走っていた。
 この王都に押し寄せた流浪の民の数は多い。意気消沈した王国の民衆は抵抗もなく、ただ茫然と突然現れたついこの間までなら門で門前払いを食らうような格好をした集団を眺めていた。
 カヤはスーラ族のそばにいた。
 スーラ族もそれを求めているようだ。
 顔色はわからない。
 表情もわからない。
 もう疑われているというレベルではないだろう。
 カヤは自分が人質代わりになっていることをよく理解していた。
 スーラ族が、共通言語で語りかけてきた。疑惑は確信に変わった。
「名は?」
「……」スーラ族が共通言語で語りかけてきたなど、カヤは信じたくなかったが、答えた。
「カヤです」
 スーラたちは全部で十数人。誰もがみな、先頭を歩くスーラ族の男と、カヤの会話に耳を傾けていた。ただし表面上は静かだ。変化もない。ゆったりとした歩みで、王城に向かって歩いている。
「エーヴィヒ王国の王女の?」
 スーラ族の――おそらく族長の質問にはよどみがなかった。すでに気づいていたのだろう。
「そうです」
 カヤは正直に答えた。
 答えつつも逃げ道を探した。
 幸いアンネローゼたちはいない。自分一人なら逃げられる公算も高くなる。周囲の焼けた家、人、家畜には目もくれずスーラ族の一団は超然と歩みを進めた。たとえばルグウなどは街に入るとすぐに駆け出して、金目の物を漁りだしていた。
「力を、クララ様に学んだか?」
「はい。一応、です」
 言葉を濁した。カヤは自分の力や制御がどの程度の腕なのか客観的にはわからない。ただひとつ確かなのは、今現在のカヤよりも母クララの方が圧倒的に力の扱いに長けていたことだけだ。
 カヤは、そばを流れる風の流れをひとつひとつ捉えるだけで手一杯になる。
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