第1話
純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女の姿は、なんだか眩しすぎて直視できなかった。
「結婚おめでとう」
僕の言葉に、少し困ったような申し訳なさそうな顔をする彼女。庇うように、トキヤが口を開く。
「祝福してくれて、ありがとうございます」
「二人の晴れ姿、楽しみにしてたんですよ」
どうかこの笑顔が無理しているように見えませんように。僕の祈りが届いたのか、ようやく彼女が微笑んだ。
そうそう、その顔が見たかったんだ。彼女の笑顔。彼女の幸せ。それが僕の願いだった。
ぐにゃりと世界が歪む。目の前にはウィスキーの入ったロックグラス。薄暗い照明の中でわずかな光を反射して氷が光っている。僕は泣いていることに気づいた。
「いかがされましたか?」
「すみません。先程の結婚式のことを思い出していて」
心配そうに尋ねてくるバーテンダーに、僕は慌てて言い繕った。時刻は深夜。店内には僕しかいない。
「新婦が、僕の元カノだったんです」
不意に口に出た言葉に、僕自身がびっくりした。酔っているのかもしれない。バーテンダーは少し驚いたような顔をしたが、
「私で良ければ、聞きますよ」
穏やかな口調でそう言った。
このまま、酔いに任せて話してしまおう。グラスの中のウィスキーを飲み干し、僕は語りだした。
彼女を一言で形容するなら、太陽という言葉が相応しいだろう。いるだけで周りを明るくするようなクラスでも人気者な女の子だった。
そんな彼女だったから、僕ともすぐに打ち解け、空き時間に話したり、お昼ごはんを一緒に食べたりする仲となった。
「好きな人がいるの」
そう相談を持ちかけられたのは、いつだったか。僕は意外な彼女の打ち明け話に驚きつつも、相談に乗った。そのときは、自分の気持ちに全く気づいていなかったのだ。
彼女の好きな人は、隣のクラスの一ノ瀬トキヤだった。成績優秀で目立つ存在だったから、学園のちょっとした有名人だった。
「ずっとトキヤくんのことが気になっていたの。那月は、トキヤと気軽に話しているでしょう?ずっと羨ましいと思ってたんだ。お願い、トキヤくんのこと、私に紹介して!」
そんな彼女の言葉に、僕は二つ返事でOKした。彼女の恋をただただ、応援しようと思っていた。
その日から僕は事あるごとにトキヤを誘い、彼女と引き合わせるよう画策した。3人でお昼ご飯を食べたり、テスト勉強をしたり、休日に遊びに行ったり。いつしか僕らは仲良し三人組として周知されるようになった。
彼女のトキヤへの想いはなかなか実らなかった。もともと学園は恋愛禁止だったし、トキヤも恋にうつつを抜かしている暇はないといった体で、彼女は告白するきっかけさえ見失っていた。それでも彼女は、健気にトキヤを想い続けた。
こうして1年が過ぎ、僕たちは早乙女学園を卒業することになった。
「私、思い切ってトキヤくんに告白しようと思う」
卒業式の数日前、思いつめたような顔で彼女はそう言った。卒業してからトキヤと接点がなくなってしまうのが不安なのだろう。僕たちは大抵、学園の中で過ごしていたから。
卒業式が終わった後、トキヤを屋上に連れてきてほしい。そんな彼女の言葉を、僕はまた易々と請け負ってしまった。
「全く、どうしたんですか、こんなところに連れてくるなんて」
卒業式後、大勢の女子達に囲まれて制服のボタンをせがまれていたトキヤを連れ出すのには骨が折れた。日はもう暮れ始めており、夕焼けが空を幻想的な色に染め上げている。
「本当にあっという間の学園生活でしたね。最後にトキヤと話しておきたくて」
言いながら、僕の脳裏にはこの1年間の出来事が走馬灯のように駆け巡っていた。
トキヤのことが好きだと打ち上げ話をされたあの日のこと。
トキヤのためにお弁当を作ってきたと恥ずかしげに語る彼女。
トキヤに勉強を教えてもらう真剣な彼女の横顔。
三人で遊園地に出かけることになり、はしゃぐ彼女。
トキヤのために用意したチョコレートの可愛らしいラッピング。
トキヤの気持ちが分からないと泣き出す彼女。
告白をしようと決意する真剣な眼差し。
なぜか思い出すのは、彼女のことばかりだった。
「なんだか、告白でもされそうな雰囲気ですね」
「……告白をするのは、僕じゃないんですけどね」
「え?」
冗談めかして言ったトキヤに、思わず口をついて出てしまった言葉。慌てて取り繕おうとしたそのとき、屋上の扉から彼女が現れた。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
走ってきたのだろう。息が上がっている。突然の彼女の登場に驚くトキヤ。
「実は、用があるのは僕じゃなくて、彼女の方なんです」
「ごめんね、トキヤくん。忙しいのに呼び出したりしちゃって」
彼女がトキヤの方へと歩み寄る。僕は咄嗟にその腕を掴んでいた。
「那月?どうしたの?」
「……あ、ごめんなさい。最後に君に挨拶しておきたくて」
「そんな今生の別れみたいなこと言わないでよ。那月とは卒業後も会えるよ」
「あ、あぁ、そうですよね」
「変な那月。でも私、那月と友達になれて本当に良かった!これからもよろしくね」
満面の彼女の笑みに、僕は微笑み返すしかなかった。腕を離し、屋上から出る。彼女の腕を掴んでいた右手が震えていた。
この手を離したくなかった。屋上でトキヤと二人きりになってさせたくなかった。この扉を隔てた向こう側で、今頃二人はどんな会話をしているのだろう。彼女はどんな顔で、トキヤに想いを伝えるのだろう。想像しただけで胸が苦しくなった。
同時に、頭の中を先ほどの彼女の言葉がリフレインしていた。「那月と友達になれて本当に良かった!」
僕と彼女は、友達。それ以上の何者でもない。
その日の夜、彼女からメールが来た。
『トキヤくんと付き合うことになったよ!本当に夢みたい!協力してくれてありがとね。那月は私の一番の親友だよ』
自分の気持ちに気づいた数時間後に、僕は失恋したことを悟った。
「結婚おめでとう」
僕の言葉に、少し困ったような申し訳なさそうな顔をする彼女。庇うように、トキヤが口を開く。
「祝福してくれて、ありがとうございます」
「二人の晴れ姿、楽しみにしてたんですよ」
どうかこの笑顔が無理しているように見えませんように。僕の祈りが届いたのか、ようやく彼女が微笑んだ。
そうそう、その顔が見たかったんだ。彼女の笑顔。彼女の幸せ。それが僕の願いだった。
ぐにゃりと世界が歪む。目の前にはウィスキーの入ったロックグラス。薄暗い照明の中でわずかな光を反射して氷が光っている。僕は泣いていることに気づいた。
「いかがされましたか?」
「すみません。先程の結婚式のことを思い出していて」
心配そうに尋ねてくるバーテンダーに、僕は慌てて言い繕った。時刻は深夜。店内には僕しかいない。
「新婦が、僕の元カノだったんです」
不意に口に出た言葉に、僕自身がびっくりした。酔っているのかもしれない。バーテンダーは少し驚いたような顔をしたが、
「私で良ければ、聞きますよ」
穏やかな口調でそう言った。
このまま、酔いに任せて話してしまおう。グラスの中のウィスキーを飲み干し、僕は語りだした。
彼女を一言で形容するなら、太陽という言葉が相応しいだろう。いるだけで周りを明るくするようなクラスでも人気者な女の子だった。
そんな彼女だったから、僕ともすぐに打ち解け、空き時間に話したり、お昼ごはんを一緒に食べたりする仲となった。
「好きな人がいるの」
そう相談を持ちかけられたのは、いつだったか。僕は意外な彼女の打ち明け話に驚きつつも、相談に乗った。そのときは、自分の気持ちに全く気づいていなかったのだ。
彼女の好きな人は、隣のクラスの一ノ瀬トキヤだった。成績優秀で目立つ存在だったから、学園のちょっとした有名人だった。
「ずっとトキヤくんのことが気になっていたの。那月は、トキヤと気軽に話しているでしょう?ずっと羨ましいと思ってたんだ。お願い、トキヤくんのこと、私に紹介して!」
そんな彼女の言葉に、僕は二つ返事でOKした。彼女の恋をただただ、応援しようと思っていた。
その日から僕は事あるごとにトキヤを誘い、彼女と引き合わせるよう画策した。3人でお昼ご飯を食べたり、テスト勉強をしたり、休日に遊びに行ったり。いつしか僕らは仲良し三人組として周知されるようになった。
彼女のトキヤへの想いはなかなか実らなかった。もともと学園は恋愛禁止だったし、トキヤも恋にうつつを抜かしている暇はないといった体で、彼女は告白するきっかけさえ見失っていた。それでも彼女は、健気にトキヤを想い続けた。
こうして1年が過ぎ、僕たちは早乙女学園を卒業することになった。
「私、思い切ってトキヤくんに告白しようと思う」
卒業式の数日前、思いつめたような顔で彼女はそう言った。卒業してからトキヤと接点がなくなってしまうのが不安なのだろう。僕たちは大抵、学園の中で過ごしていたから。
卒業式が終わった後、トキヤを屋上に連れてきてほしい。そんな彼女の言葉を、僕はまた易々と請け負ってしまった。
「全く、どうしたんですか、こんなところに連れてくるなんて」
卒業式後、大勢の女子達に囲まれて制服のボタンをせがまれていたトキヤを連れ出すのには骨が折れた。日はもう暮れ始めており、夕焼けが空を幻想的な色に染め上げている。
「本当にあっという間の学園生活でしたね。最後にトキヤと話しておきたくて」
言いながら、僕の脳裏にはこの1年間の出来事が走馬灯のように駆け巡っていた。
トキヤのことが好きだと打ち上げ話をされたあの日のこと。
トキヤのためにお弁当を作ってきたと恥ずかしげに語る彼女。
トキヤに勉強を教えてもらう真剣な彼女の横顔。
三人で遊園地に出かけることになり、はしゃぐ彼女。
トキヤのために用意したチョコレートの可愛らしいラッピング。
トキヤの気持ちが分からないと泣き出す彼女。
告白をしようと決意する真剣な眼差し。
なぜか思い出すのは、彼女のことばかりだった。
「なんだか、告白でもされそうな雰囲気ですね」
「……告白をするのは、僕じゃないんですけどね」
「え?」
冗談めかして言ったトキヤに、思わず口をついて出てしまった言葉。慌てて取り繕おうとしたそのとき、屋上の扉から彼女が現れた。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
走ってきたのだろう。息が上がっている。突然の彼女の登場に驚くトキヤ。
「実は、用があるのは僕じゃなくて、彼女の方なんです」
「ごめんね、トキヤくん。忙しいのに呼び出したりしちゃって」
彼女がトキヤの方へと歩み寄る。僕は咄嗟にその腕を掴んでいた。
「那月?どうしたの?」
「……あ、ごめんなさい。最後に君に挨拶しておきたくて」
「そんな今生の別れみたいなこと言わないでよ。那月とは卒業後も会えるよ」
「あ、あぁ、そうですよね」
「変な那月。でも私、那月と友達になれて本当に良かった!これからもよろしくね」
満面の彼女の笑みに、僕は微笑み返すしかなかった。腕を離し、屋上から出る。彼女の腕を掴んでいた右手が震えていた。
この手を離したくなかった。屋上でトキヤと二人きりになってさせたくなかった。この扉を隔てた向こう側で、今頃二人はどんな会話をしているのだろう。彼女はどんな顔で、トキヤに想いを伝えるのだろう。想像しただけで胸が苦しくなった。
同時に、頭の中を先ほどの彼女の言葉がリフレインしていた。「那月と友達になれて本当に良かった!」
僕と彼女は、友達。それ以上の何者でもない。
その日の夜、彼女からメールが来た。
『トキヤくんと付き合うことになったよ!本当に夢みたい!協力してくれてありがとね。那月は私の一番の親友だよ』
自分の気持ちに気づいた数時間後に、僕は失恋したことを悟った。
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