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飛ぶ鳥の影

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 志の字
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12話

「実は、私ね。悠ちゃんが気にしてること……分かるんだ」
 布団から顔を出して綾海を見る。泣きはらした顔でも、彼女になら見せてもいいと思えた。
「わたしが気にしていること……?」
 綾海は罰の悪そうな表情で私から視線をそらした。この人がこんな顔をするとは思ってもいなかった。どんなときでも穏やかに佇んでいる印象だから。
 似合わない仕草だと思った。私は彼女の言葉に強く気を引かれた。
「悠ちゃんって日鞠のことが好きなんでしょ……?」
 すぐに言葉を返すことが出来なかった。
 私が彼女のことで頭を悩ませていることを、綾海は知っていた。いつどこで、知ることになったのか。綾海は友だちだと言っても、そこまで込み入った話をする仲ではない。唯一私が彼女に並々ならない気持ちを向けていることを知っているのは、千恵だ。けれど……千恵は綾海と関わりがない。
「雨宮さんのことは好きというか……第一、話したこともなくて」
「じゃあ、憧れ? 画家としての」
 ……それは違う。私は彼女が絵を描いてなかったとしても、同じように気持ちを寄せていただろう。ただ、彼女を知る切っ掛けが絵だった。それだけのこと。
 千恵に言わせれば、それは違うと言うだろう。結塚悠という人間は、雨宮日鞠が描いた『空』に強く惹かれている。それは確かだ。けれど、私が見ず知らずの雨宮日鞠に気持ちを寄せているのとは関係がない。
 それについては、自分でも奇妙だと思う。矛盾を抱えてるとすら感じる。
「じゃあ、好きなんだよ」
 綾海は千恵と似たようなことを言う。けれど、それもしっくりこなくて……
「……特別、っていうのかな」
「おなじ。どっちでもいいけれど」
「そう……」
 どちらでもいい。確かにそうだと思った。どう誤魔化しても動かしようのない気持ちだから。
「わたしと日鞠って幼馴染でしょ? だからいつも日鞠のことが気になって。日鞠のことを見ていたら……気づいちゃった」
「……気付いたって?」
 綾海はいたずらっぽく微笑んだ。まったく嫌味がない、彼女の心が透き通って見えるような笑みだった。
「悠ちゃんも、いつも日鞠を見ているなって」
 頬が熱くなる。自分でも気付いていなかった。
「……そんなに見てたかな、わたし」
「うん。わたしとおんなじだね。わたしも日鞠のこと、いつも気になって見ちゃうから。悠ちゃんとはちょっと違う目線だけど」
「それは親友だから?」
「うーん、どちらかというと……心配? あの子、危なっかしいというか」
 ……驚いた。あの雨宮さんを危なっかしいなんて表現する人がいるとは、まるで考えたことがなかった。
 実際に、雨宮さんは非の打ち所がない人物だ。才色兼備、なんて陳腐で彼女に失礼だと感じる。まさか心配する人がいるとは思いもしない。山白女学院の教員ですら一人残らずそうだろう。
 ただ、綾海が言うと違和感がない。不思議な人だから、不思議なことを言ったところで疑問には思わない。驚きはしたけれど……
「綾海は本当に変わってるね」
「えへへ、そうかな。初めて言われた」
「うそ」
「本当だよ。でも、悠が言うならそうなのかも。わたしって友だちが少ないから」
 ……それは、もっと驚いた。
 綾海は明るくて、大人びていて、優しくて、話も上手で……だから、人から好かれる。雨宮さんとは違うタイプだけれど、彼女も非の打ち所がない人だ。学院では雨宮さんに次ぐ有名人。なんでも上手にこなしてしまうイメージがある。人付き合いだって問題ないように見える。
 けれど、考えてみればそうだった。綾海の隣にはいつも雨宮さんが居る。いつもふたりで居る。だから……彼女の友人というのは、思えば見たことがない。
「あ、でも日鞠に一度だけ言われたことがあるかも。『あなたは変わった人ね』って」
 綾海は雨宮さんの真似をして、それが面白かったのかくすくすと笑った。私はといえばあまりしっくり来なくて愛想笑いのようになってしまった。
「ねえ、綾海」
「なあに?」
 言葉にするのをすこし躊躇う。けれど、綾海の側にいるといつも安心させられる。だから、すっと話すことが出来た。
「どうして、わたしと友だちになってくれたの?」
「ああ……それはね」
 綾海はまた笑った。つくづく、笑みの似合う人だと思った。
「ずっと、あなたのことが気になっていました。なんて」
 いたずらっぽく、まるで冗談のように言うけれど……私には冗談を言っているようには見えなくて。
「本当だよ。ねえ……悠ちゃんは日鞠の絵、好きなんでしょう? よく展示室であなたを見かけた」
「あ……」
「だからあなたのことはずっと前から知ってたの。わたしも日鞠の絵が好きだから……あ、仲間がいるって。思った」
「そうだったんだ……」
 あの有名な天野綾海という人が、私のことを認識しているとすら思っていなかった。
 綾海と私の共通点は、雨宮日鞠だ。失念はしていなかったけれど、まさかそこで繋がるとは思っていなかった。
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