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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第6話

 矢をかわし、ザッパーに警戒を怠らずに、ザッパー達に聞かれないように小声でスイに話しかけた。
《お前、俺だけに話しているだろう?》
《はい》
 こともなげに即答してきたスイの声に、ナハトは苦笑した。どれほど凄いことかスイはわかっていないのだ。
《……地獄耳で、特定の相手にだけ小言を聞かせられるなんて、いい姑になれるな》
《……む》
 スイが膨らんだ声が聞こえた。
《勝てるな》
 瞬時に戦況が変わったことを理解した。
 ふつうなら勝ち目の薄い戦い。常識的に考えれば、ナハトが死ぬ可能性が高い。しかし、相手が知らない能力があるとなれば話は別だ。
《俺が指示したら、叫べ》
《は?》
《叫ぶんだ。大声で。何でもいいから喚け》
《そ、そんな夜中に……》
《大丈夫だ。魔物の言葉なら人間にはほとんど聞こえない。村の連中は起きたりしないさ》
 スイに敵の情報や作戦を聞く。敵の情報はわからなかったが、作戦はわかった。信じられないことだが、ザッパーが囮で、濃霧の中に伏兵がいるらしい。一度、同じ手に引っかかっていたが、いまだにザッパーほどの魔物が囮役などとは信じられない。しかし、矢は飛んでくるが、ザッパーが森の奥から動く気配がないのは事実だ。
《スイ、俺様が叫べといったら叫べ。できたら、俺にだけは聞こえないようにしてこの森中に響きわたるような声でだ。できるか?》
《たぶん》
《よし》
 ナハトはしばらくザッパーに近づいたり離れたりする素振りをみせた。じれている自分を演出する。そして不意を衝いてザッパーに突進した。
 気を配っていたから気づけた。敵は左右背後から濃霧の衣を纏って近づいて来ていた。気づかない振りをして、その分ザッパーに踏み込む。
 ナハトより大きいザッパーの方が間合いが広い。ザッパーを間合いに捉えた瞬間、無論、ザッパーもナハトを捉えた。
 超巨大な獅子ザッパーが初めて大きく動く。黒い滝さながらに鬣を揺らし、瀑布の如き前脚の一撃を加えようとする。
 踏み込む側だったナハトは地に着いた前脚を浮かす分、出遅れた。左右背後の気配も一転して殺気を放つ。
《今だ!》
 いきなり左右背後の気配が乱れた。耳を押さえるような仕草をして身もだえた。
 それを目の隅でとらえて、ナハトは不審に思った。耳をおさえたところで、魔物の声が聞こえなくなるわけがないことくらい、魔物なら子供だって知っている。
 さすがにザッパーはこの不意打ちに対して耳をふさぐような醜態はみせなかった。しかし、それでもこの不意打ちには驚いたらしく、一瞬攻撃の手が止まった。
 一瞬。
 しかし、それが勝敗を分けた。
 わずかな差で、ザッパーの爪は空を切り、ナハトの出遅れていたはずの前脚の一撃はザッパーに完全に決まった。
 ナハトの前脚の爪は黒い炎のような光を放っていた。魔法の炎だ。
 ザッパーは呻きつつも体勢を立て直そうとしたが、ナハトはありったけの魔力を込めて、魔法を使った。
《魔竜黒炎・添火》
 ザッパーの傷がふいに黒い炎をあげて燃え上がる。ザッパーはその炎が黒いのを見ると目を瞠り、呻きは悲鳴に変わった。悲鳴を上げて逃げだした。
 超巨大な獅子ザッパーが地響きを立てて逃げだすと、左右や背後で体勢を立て直していた敵たちもザッパーの後を追ってばらばらと逃げだしていった。戦闘の能力に比べ統率力が低い。
 ナハトは叫んだ。
《いまだ、追撃をかけろ!》
 無論、この近くにいるナハトの味方といえばスイしかいないし、スイにあんな怪物を追撃できる力などない。
 しかし、この雄叫びを聞いて、ザッパーの逃げ足が加速したのがわかった。
 運がよかった、とナハトは思う。魔竜黒炎の効果がわからない馬鹿相手であったら、魔力を使い果たしたナハトが返り討ちにあう可能性もあった。魔竜黒炎は消えない炎。肉どころか骨さえも焼き尽くす。本来は魔竜が口から吐く炎だが、魔法として使用することもできた。
 そして魔竜黒炎には単純な弱点があった。あらゆる方法で消せないにも関わらず、使用者からある一定の距離を離れると勝手に幻であったかのように消えるという特性だ。とはいえ、ザッパーがそれだけの距離を稼ぐまでにかなりの深手を負うだろう。ザッパーが、前回ナハトがしたように戦略的撤退をしたのは正しい判断だった。
 ナハトはじっと地面に突き刺さった矢を見た。
 矢に使用者の名前は書かれてはいないが、矢の作りには必ず特徴があった。東の地方と西の地方では全然矢の作りが違うし、村によっても違ったりする。そしていまナハトが見ている矢は一応は手製で痕跡を消すようにしているが、出来の良さからみて、間違いなく聖王都フィラーンで作られた物で間違いない。もしくは聖王都フィラーンで矢をつくる技術を学んだ者の手によるものだ。
 自分のイヤな予感が的中し、しばらく黙っていた。
 濃霧はあっという間に晴れた。
《やはり魔道士のつくった霧か……これで次の目的地は決まりだな》
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