手遅れ
「朱ちゃんたちは、あの東金朔夜の知能が幼いことに気づいて、未熟なまま大人の体をしていると思ってるでしょ? あれ、違うから。あえて、未熟にしたの。未熟で愛に飢えていると、愛されたい一心で凶器になる。朔夜のいう母さんってのはさ、東金美沙子なんだけど、美沙子は今の朔夜に愛情など微塵ももってないよ。そういえばさ、ここにもいるよね、東金美沙子。今、接触するとヤバいんじゃない?」
場がざわつく。
この世界の東金美沙子は存在しない、それは誰もが知っている。
だが、朱は違う。
縢がいう東金美沙子をどう解釈するかで、彼がなにを言おうとしているのかがわかるはず。
「美沙子のクローン?」と疑う者。
「まさか、こっちの世界に来ているのか?」と疑う者。
だけど朱は、
「落ち着いて。冷静になって。言葉そのものを鵜呑みにしてはダメ」
と一喝した。
「私たちを動揺させてなにがしたかったの? それとも、反応を見て知りたいことでもあった?」
縢の顔の表情がわずかに動いたのを朱は見過ごさない。
「知りたかったのね。あなたの知っている真実と同じことを知っているのかどうかを。それで、知りたいことはわかった?」
「おかげさまで。そうか、そういうことなら、常守朱には注意しろってなるね。そして、もうひとりの監視官も。さすが、監視官になるだけのことはある」
美佳もまた、ひとりだけ違う反応をしてしまっていた。
知られないようにしようとするあまり、動揺が出てしまったのだ。
縢は美佳の様子を見て、東金に対し恐怖心を抱いているのだと受け止めた。
なぜ露骨なまでに恐怖心がにじみ出てしまうのか、その本当の理由はわからない。
また朱は見事なまでに反応を示さなかった。
彼女の表情から彼女の真意を読みとることはできない。
厄介ではあるが、味方になれば強みになる。
彼らの結束は世界をまたいで強まりを見せている。
「ねえ、朱ちゃん」
「なに?」
「俺、降参するわ」
「……え?」
「別に、こっちの世界に喧嘩ふっかけるつもりで来たわけじゃないし。いろいろ、仮説をたててくれてたでしょ。あれ、見当違いなものもあったけど、かなりいい線いってるなっていうのもあった。ああ、朱ちゃんたちが話している内容、知ってるから。ほら、子供って信じ切って、俺のいる前でいろいろ話してたし。向こうの世界での内容はわからないけど、こっちで話していることはバレバレなわけ。降参するための手みやげとして、あっちの世界でみたっていう縢家の系図、あれは偽物だから。というか、それを見て捜査方向が変われば儲けみたいな感じでね。ネット情報操作なんてよくあることでしょ。ね、チェ・グソン」
そうなの? という顔で朱がチェ・グソンを見たので、見られた彼は相づちをうった。
しかし、隠し子が弟と入れ替わり表に出て、結婚して秀星ができたという筋はおおむね外れてはいない。
もともと秀星はクローンだと踏んでいたわけなのだから。
「あと、なにが必要?」
「東金朔夜よ。兵器としての朔夜を造り、その中にあなたのお父様の脳を半分移植し、それでなにをしようとしているの? お父様は一時的に入り込んでいるだけだとしても、兵器としてのクローンは必要ないのでは?」
「こっちの東金はさ、シビュラの支配下にない世界に行きたがっていた。あっちの世界では東金の医学を必要とする縢家があり、警察も容認している。こっちはさ、シビュラの能力以上のことは基本、認めてもらえず潜在犯判定されてしまうこともある。発展を望む者にとつては住みにくい世界なんだってさ。だから、出て行くことを考えていた。東金美沙子は自分の忠実な僕を欲していて、こちらの世界での東金朔夜のデータを見て身震いするほどの高揚を感じたって話してたかな。裏で繋がっているとはいえ、縢と東金は敵対関係が根底にあるから、どちらもいざって時の弱みを握っていたし。縢家にとってはたぶん俺のイカレた感情や殺人もみ消しなんかを持っていこうとしていたと思う。こっちもいろいろね。いっとくけど、入れ替わらせようとか、必要のない人間は入れ替えたのち処分しようとか、率先してやっていたのは東金だからね。警察は黙認、だけどいざって時は警察はそれをネタにしたと思う。情報戦ではそれぞれが対峙した時、五分五分でこれといって秀でた情報は出ないってことは、みっつともわかっていたから、だから好き勝手やりやがってとか思っても決め手に欠けるから我慢していた。じゃあ、どうしたら相手を出し抜けると思う? 勝てると思う?」
朱は口を閉ざした。
あまりにも愚かで、あまりにも残酷なことだったからだ。
代わりに、征陸が答える。
「戦争でも起こす気か、おまえたちは!」
「父さんは俺たちを守ってくれる力として狡噛慎也を欲した。そして美沙子も欲していたでしょう? 縢と東金が同等の狡噛慎也を手にしたとして、結果は相打ちだからさ、美沙子は朔夜をもう一度造った。母親のためだけに手を汚してくれる息子という名の兵器を」
「だけど……」
と、朱がまた会話に加わる。
「だけど、それではあなたのお父様が加わる意味がない。歯止め、もしくは呼び出す的なものも用意しているのでしょう?」
「まあね……」
場がざわつく。
この世界の東金美沙子は存在しない、それは誰もが知っている。
だが、朱は違う。
縢がいう東金美沙子をどう解釈するかで、彼がなにを言おうとしているのかがわかるはず。
「美沙子のクローン?」と疑う者。
「まさか、こっちの世界に来ているのか?」と疑う者。
だけど朱は、
「落ち着いて。冷静になって。言葉そのものを鵜呑みにしてはダメ」
と一喝した。
「私たちを動揺させてなにがしたかったの? それとも、反応を見て知りたいことでもあった?」
縢の顔の表情がわずかに動いたのを朱は見過ごさない。
「知りたかったのね。あなたの知っている真実と同じことを知っているのかどうかを。それで、知りたいことはわかった?」
「おかげさまで。そうか、そういうことなら、常守朱には注意しろってなるね。そして、もうひとりの監視官も。さすが、監視官になるだけのことはある」
美佳もまた、ひとりだけ違う反応をしてしまっていた。
知られないようにしようとするあまり、動揺が出てしまったのだ。
縢は美佳の様子を見て、東金に対し恐怖心を抱いているのだと受け止めた。
なぜ露骨なまでに恐怖心がにじみ出てしまうのか、その本当の理由はわからない。
また朱は見事なまでに反応を示さなかった。
彼女の表情から彼女の真意を読みとることはできない。
厄介ではあるが、味方になれば強みになる。
彼らの結束は世界をまたいで強まりを見せている。
「ねえ、朱ちゃん」
「なに?」
「俺、降参するわ」
「……え?」
「別に、こっちの世界に喧嘩ふっかけるつもりで来たわけじゃないし。いろいろ、仮説をたててくれてたでしょ。あれ、見当違いなものもあったけど、かなりいい線いってるなっていうのもあった。ああ、朱ちゃんたちが話している内容、知ってるから。ほら、子供って信じ切って、俺のいる前でいろいろ話してたし。向こうの世界での内容はわからないけど、こっちで話していることはバレバレなわけ。降参するための手みやげとして、あっちの世界でみたっていう縢家の系図、あれは偽物だから。というか、それを見て捜査方向が変われば儲けみたいな感じでね。ネット情報操作なんてよくあることでしょ。ね、チェ・グソン」
そうなの? という顔で朱がチェ・グソンを見たので、見られた彼は相づちをうった。
しかし、隠し子が弟と入れ替わり表に出て、結婚して秀星ができたという筋はおおむね外れてはいない。
もともと秀星はクローンだと踏んでいたわけなのだから。
「あと、なにが必要?」
「東金朔夜よ。兵器としての朔夜を造り、その中にあなたのお父様の脳を半分移植し、それでなにをしようとしているの? お父様は一時的に入り込んでいるだけだとしても、兵器としてのクローンは必要ないのでは?」
「こっちの東金はさ、シビュラの支配下にない世界に行きたがっていた。あっちの世界では東金の医学を必要とする縢家があり、警察も容認している。こっちはさ、シビュラの能力以上のことは基本、認めてもらえず潜在犯判定されてしまうこともある。発展を望む者にとつては住みにくい世界なんだってさ。だから、出て行くことを考えていた。東金美沙子は自分の忠実な僕を欲していて、こちらの世界での東金朔夜のデータを見て身震いするほどの高揚を感じたって話してたかな。裏で繋がっているとはいえ、縢と東金は敵対関係が根底にあるから、どちらもいざって時の弱みを握っていたし。縢家にとってはたぶん俺のイカレた感情や殺人もみ消しなんかを持っていこうとしていたと思う。こっちもいろいろね。いっとくけど、入れ替わらせようとか、必要のない人間は入れ替えたのち処分しようとか、率先してやっていたのは東金だからね。警察は黙認、だけどいざって時は警察はそれをネタにしたと思う。情報戦ではそれぞれが対峙した時、五分五分でこれといって秀でた情報は出ないってことは、みっつともわかっていたから、だから好き勝手やりやがってとか思っても決め手に欠けるから我慢していた。じゃあ、どうしたら相手を出し抜けると思う? 勝てると思う?」
朱は口を閉ざした。
あまりにも愚かで、あまりにも残酷なことだったからだ。
代わりに、征陸が答える。
「戦争でも起こす気か、おまえたちは!」
「父さんは俺たちを守ってくれる力として狡噛慎也を欲した。そして美沙子も欲していたでしょう? 縢と東金が同等の狡噛慎也を手にしたとして、結果は相打ちだからさ、美沙子は朔夜をもう一度造った。母親のためだけに手を汚してくれる息子という名の兵器を」
「だけど……」
と、朱がまた会話に加わる。
「だけど、それではあなたのお父様が加わる意味がない。歯止め、もしくは呼び出す的なものも用意しているのでしょう?」
「まあね……」
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