狂った愛情
「再び、東金の者とあったのは、二十歳の時だ」
※※※
「もう、これ以上は隠し通せないだろう」
当時の縢家当主は、十数年前に殺された赤子があたかも生き続けているようにして生活をするのは困難であると決断した。
あの事件以降、当主の妻と赤子が世間の目に晒されることはなかった。
妻は子を連れ海外移住をしたということにしていたからだ。
行き先は誰もわからない。
またマスコミも必要以上に追いかけ回さなかったので、隠すことができた。
本当は海外に移住したのは妻だけで、子はいない。
あたかも生きているよう精巧に造られたロボットで代用できたのは、生後一年くらいまでだった。
「あの子を正式な後継者として、紹介する」
今まで隠していた子を表に出すことを決めたと、妻に連絡をしているのだった。
「あの子には亡くなった弟としてこれから生きてもらう。ああ、そうだ。いや、その辺は東金がうまくやってくれるらしい。なんでも画期的な医療技術を手に入れたのだとか。とにかく、あの子がわずかでもまともに演じてさえくれればいい。そして新たな子を……縢家をわたしの代で終わらせるわけにはいかないんだよ。わかってくれ」
信憑性を持たせるため、顔見知りの記者にだけ、妻が極秘帰国することを伝える。
ひっそりとその情報が世に出回り、さらに数週間後、次期縢家当主披露パーティーを開くと、大々的に告知をしたのだった。
その間に、隠し子は東金の協力のもと、手術を受ける。
平均的な二十歳くらいの青年に成長していた隠し子の外見を十代半ばの平均的な体型へと全身整形手術を受けたのだった。
発表の日、当時の現当主はこう説明した。
「海外に移住していた息子は流行病にかかり、顔が変形してしまった。なるべくもとの顔に戻すよう、整形手術を帰国後行っていたと。
顔の包帯は顔全体を隠し、体にも包帯が見え隠れ、さらに車椅子での壇上だった。
今まで縢家の息子が顔出ししたことはなく、場にいた者たちは当主の説明を疑うことなく鵜呑みし、信じたのだった。
※※※
「まあさ、これくらいはよくあることじゃん?」
「全身整形がよくあることだと?」
と、受け入れがたいと意見したのは宜野座だった。
だけど、唐之杜がやや理解を示し始める。
「まあね、コンプレックス克服のために整形を繰り返す人は、たしかにいるわね」
さらに征陸も別の視点から理解を示した。
「逃亡犯が顔を変えるために整形するっていうのも、よくある話だ。入れ替わるための全身整形も、俺自身に置き換えたら考えたくもないが、受け入れられる者なら抵抗感は少ないかもしれないな」
「あれ、意外な人に理解されちゃったって感じ? 朱ちゃんはちょっと引いているって感じかな」
「そうでもないわ。話を続けて」
「……了解。俺としてはさ、やっと息子と受けいれてくれたんだって、嬉しかったんだよね。縢の後継者としていろいろ勉強もしたよ。父も次第に能力を認めてくれてさ、やりがいっていうのを感じつつあったんだよね。でもさ、あのババアがさ……」
※※※
歳を重ねるごとに変わってしまった顔にも馴染み、新しい人生を手に入れたことへの喜びに満ちていく隠し子に対し、成長していく仮定を目の当たりにしていく母親の精神は崩壊していった。
こうなるはずであった息子はいない、目の前にいるのは最愛の子を殺した殺人鬼。
なぜ殺人鬼が後継者なのだろう。
そんな思いが募った矢先の事件だった。
「おまえ……また、やったのか?」
自分の寝室に転がっている肉の塊を見た当主は、変わり果てた妻の姿に絶句した。
「しょうがないだろう。これは正当防衛ってやつだよ」
息子の言葉通り、妻の手にはナイフが握られ、そして息子の腕にもいくつかの切り傷があった。
息子は装飾品の剣を手に、その剣の先端からは妻の血が滴っている。
「なあ、父さんの知り合いの刑事にまたお願いしてさ……」
「それはダメだ」
「じゃあ、俺を見捨てるのか?」
「そんなことはしない。だが、今、縢家から死者をだすわけにはいかない」
そう言って、東金財団に連絡、亡くなった妻の遺体を回収してもらい、数ヶ月後、死んだはずの妻が家に戻る。
「……どういうことだよ!」
「あれは妻であって妻ではない。時期がくるまで生きていると思わせられればいい。クローンの試作品だ」
※※※
「あれはな……生きた人形みたいなものだったな。試作品だからさ、朽ちるんだよ。で、定期的に試作品が届けられてさ。あのババアは病んじゃったってことになって、主治医という名の東金の研究者が出入りしていたんだよな。でさ、ひさびさに肉に刺した時の感触と、血のなま暖かさが心地よくて、押さえられていた願望が止まらなくなって、ババアと同じ年頃の女を見ると刺してみたくなってさ……」
縢の告白に征陸が反応する。
「二十ニ世紀の切り裂きジッャク事件か! あれは未解決のまま迷宮入り確実と言われ、捜査班が年々縮小されている」
「あ、そうなの? ラッキー。でもさ、その時の俺はもういないわけで、亡霊は捕まえられないでしょ。ね?」
「その時のおまえを隠すために、若返りを繰り返すことにしたのか?」
「ん~、惜しい」
※※※
「もう、これ以上は隠し通せないだろう」
当時の縢家当主は、十数年前に殺された赤子があたかも生き続けているようにして生活をするのは困難であると決断した。
あの事件以降、当主の妻と赤子が世間の目に晒されることはなかった。
妻は子を連れ海外移住をしたということにしていたからだ。
行き先は誰もわからない。
またマスコミも必要以上に追いかけ回さなかったので、隠すことができた。
本当は海外に移住したのは妻だけで、子はいない。
あたかも生きているよう精巧に造られたロボットで代用できたのは、生後一年くらいまでだった。
「あの子を正式な後継者として、紹介する」
今まで隠していた子を表に出すことを決めたと、妻に連絡をしているのだった。
「あの子には亡くなった弟としてこれから生きてもらう。ああ、そうだ。いや、その辺は東金がうまくやってくれるらしい。なんでも画期的な医療技術を手に入れたのだとか。とにかく、あの子がわずかでもまともに演じてさえくれればいい。そして新たな子を……縢家をわたしの代で終わらせるわけにはいかないんだよ。わかってくれ」
信憑性を持たせるため、顔見知りの記者にだけ、妻が極秘帰国することを伝える。
ひっそりとその情報が世に出回り、さらに数週間後、次期縢家当主披露パーティーを開くと、大々的に告知をしたのだった。
その間に、隠し子は東金の協力のもと、手術を受ける。
平均的な二十歳くらいの青年に成長していた隠し子の外見を十代半ばの平均的な体型へと全身整形手術を受けたのだった。
発表の日、当時の現当主はこう説明した。
「海外に移住していた息子は流行病にかかり、顔が変形してしまった。なるべくもとの顔に戻すよう、整形手術を帰国後行っていたと。
顔の包帯は顔全体を隠し、体にも包帯が見え隠れ、さらに車椅子での壇上だった。
今まで縢家の息子が顔出ししたことはなく、場にいた者たちは当主の説明を疑うことなく鵜呑みし、信じたのだった。
※※※
「まあさ、これくらいはよくあることじゃん?」
「全身整形がよくあることだと?」
と、受け入れがたいと意見したのは宜野座だった。
だけど、唐之杜がやや理解を示し始める。
「まあね、コンプレックス克服のために整形を繰り返す人は、たしかにいるわね」
さらに征陸も別の視点から理解を示した。
「逃亡犯が顔を変えるために整形するっていうのも、よくある話だ。入れ替わるための全身整形も、俺自身に置き換えたら考えたくもないが、受け入れられる者なら抵抗感は少ないかもしれないな」
「あれ、意外な人に理解されちゃったって感じ? 朱ちゃんはちょっと引いているって感じかな」
「そうでもないわ。話を続けて」
「……了解。俺としてはさ、やっと息子と受けいれてくれたんだって、嬉しかったんだよね。縢の後継者としていろいろ勉強もしたよ。父も次第に能力を認めてくれてさ、やりがいっていうのを感じつつあったんだよね。でもさ、あのババアがさ……」
※※※
歳を重ねるごとに変わってしまった顔にも馴染み、新しい人生を手に入れたことへの喜びに満ちていく隠し子に対し、成長していく仮定を目の当たりにしていく母親の精神は崩壊していった。
こうなるはずであった息子はいない、目の前にいるのは最愛の子を殺した殺人鬼。
なぜ殺人鬼が後継者なのだろう。
そんな思いが募った矢先の事件だった。
「おまえ……また、やったのか?」
自分の寝室に転がっている肉の塊を見た当主は、変わり果てた妻の姿に絶句した。
「しょうがないだろう。これは正当防衛ってやつだよ」
息子の言葉通り、妻の手にはナイフが握られ、そして息子の腕にもいくつかの切り傷があった。
息子は装飾品の剣を手に、その剣の先端からは妻の血が滴っている。
「なあ、父さんの知り合いの刑事にまたお願いしてさ……」
「それはダメだ」
「じゃあ、俺を見捨てるのか?」
「そんなことはしない。だが、今、縢家から死者をだすわけにはいかない」
そう言って、東金財団に連絡、亡くなった妻の遺体を回収してもらい、数ヶ月後、死んだはずの妻が家に戻る。
「……どういうことだよ!」
「あれは妻であって妻ではない。時期がくるまで生きていると思わせられればいい。クローンの試作品だ」
※※※
「あれはな……生きた人形みたいなものだったな。試作品だからさ、朽ちるんだよ。で、定期的に試作品が届けられてさ。あのババアは病んじゃったってことになって、主治医という名の東金の研究者が出入りしていたんだよな。でさ、ひさびさに肉に刺した時の感触と、血のなま暖かさが心地よくて、押さえられていた願望が止まらなくなって、ババアと同じ年頃の女を見ると刺してみたくなってさ……」
縢の告白に征陸が反応する。
「二十ニ世紀の切り裂きジッャク事件か! あれは未解決のまま迷宮入り確実と言われ、捜査班が年々縮小されている」
「あ、そうなの? ラッキー。でもさ、その時の俺はもういないわけで、亡霊は捕まえられないでしょ。ね?」
「その時のおまえを隠すために、若返りを繰り返すことにしたのか?」
「ん~、惜しい」
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