横やり
「俺に聞くな。俺はなにも知らん」
「だが、なにかあっただろう? 常守がいない。あいつが俺の件を誰かに託すわけがない……」
「おまえほど、常守は執着しているわけじゃない。刑事課の人員不足はおまえも知っているだろう」
「はっ、相変わらずなのか。で、俺はこれに応じた方がいいのか? できれば拒否したいんだがな」
「私としては……」
と美佳が口を挟む。
「私としては、潜在犯なんてさっさと隔離してしまえばいいと思っているし、罪人なんてドミネーターで処理してしまえばいいのよ。なのに先輩は……」
「へえ、あんた、常守とは真逆の監視官なんだな。で、その監視官は俺が連行されるのは不本意であると? だったら、追いかけて来いよ。俺は逃げる」
すると宜野座が必死な声をあげた。
「頼む! ここはおとなしく、俺たちに従って禾生局長に会ってくれ」
「ギノ? おまえらしくないな。常守になにかあったのか?」
「そう思うなら、無抵抗で従え」
「そりゃあ、あいつには散々迷惑をかけたからな。それであいつの役に立つなら……」
が、その思いは繋がらない。
どこに潜伏していたのか、風のように現れ、つむじ風が起きたかと思うと、すでに狡噛の姿はなくなっていた。
「ちょっ……、どうなっているの? 捜して、すぐに捜しなさい! もう、なんなのよ。局長命令なのに、これで手ぶらで戻ったりしたら、私……」
こんな時でさえ保身が第一の霜月美佳を目の当たりにした宜野座は失笑した。
「どんな時もブレないな、おまえは」
「なに暢気なことを言って……捕まえられなかったら、あなたのせいだから。あなたがもっとうまく交渉していたら……」
※※※
狡噛慎也の行方がわからなくなった、その事実がある人物に伝えられる。
「そう。それは無事に向こうに送られたと思っても構わないのだね」
「……うん。あとは向こうでうまく」
「……だといいんだが、あちらには常守朱がいるからね。こういう時は、霜月美佳くらい保身を優先してくれるとかわいげがあるんだが」
※※※
手ぶらでは帰りたくないという美佳の願望は叶えられることはなかった。
滞在日数が決められており、一応、その滞在日数中は消えた狡噛の捜索にあけくれた。
実際、捜索の指揮をとっていたのは宜野座なのだが、宜野座はもうここにはいないだろうと漠然と思いつつあった。
あれはたぶん、めくらまし。
一瞬にして結界を張られたのかもしれない。
ということは、別世界の人物が近くにいることになる。
となれば、最初に疑うのは、須郷のホロで隠している別世界の狡噛だった。
「なにをいいたいのか、手に取るようにわかるが、俺じゃない。近くに同じ世界の人物がいたのに気づかなかったのか、という質問なら、当たり前だろうって返す。超能力者じゃないんだ、そんなことできるわけないだろう」
「なら、どういうトリックなのかくらいは解け」
「むちゃ言うな」
「無茶ぶりは当然だろう。目の前で消えたんだぞ? あれもダメ、これもダメじゃ、局長をごまかし続けるのは無理だ」
「なあ、ギノ」
「……なんだ?」
「これら全部がお膳立てされていたことだと仮定したら、どうだ?」
「すでに狡噛の居場所もわかり、近くに内通者もいた。俺たちの目の前で狡噛を消すのが目的だったと?」
「ああ、そうだ」
「なんのために?」
「そこが問題だ。その答えは、なんで俺が無理矢理飛ばされたのか、それが答えなんじゃないか? ありきたりでいうなら、こっちとあっちの狡噛慎也を入れ替わりさせたかった……」
「それこそバカバカしい。入れ替わらせるメリットがあるとでも?」
「そこなんだよな。それがない。ただ、こっちの狡噛は逃亡者だ。あっちに行けば追われることから解放される」
「ばかな! それでは狡噛がパラレルワールドの存在を知っているということが前提の話だぞ」
「……だよな」
そして行き詰まる。
めぼしいなにかがあるわけでもなく、彼らは戻ることになる。
※※※
「霜月監視官……」
戻るとすぐに禾生局長の呼び出しを受けた美佳は、局長室にいた。
彼女を見る禾生局長の視線はとても冷たいものだった。
もともと感情が表に出ない人ではあるが、さすがに失敗続きであると、その視線が鋭く突き刺さる。
「狡噛慎也を取り逃がしたそうだね」
「……はい」
「追跡はしたのかね?」
「しました。といっても、忽然と消えたようにいなくなったので、宛がありませんでした」
「……ふむ。常守監視官の件もこれといって成果がないようだが」
「……はい」
「キミはどう考えているのかな?」
「どう、とは?」
「先輩監視官不在、それはとても幸運なことだと思わないのかね? ここでひとつでも功績を挙げれば、キミの立場も変わるかもしれない、とは考えないのかね?」
以前の美佳なら、ここぞとばかりに相手の欠点を突っついて降格させることを企んだかもしれない。
今でも常守監視官のやり方には賛同できないが、はじめの頃よりはうまくやれていると思うし、なにより、上層部に入ることで知りたくもないことを知らなくてはいけないことになるくらいなら、現状維持でもいいとすら思うこともある。
「考えないわけではありません」
「そう……キミに期待をした私に見る目がなかった、ということになるね」
「いえ! 決して局長の期待を裏切っているつもりはありません」
「まあいい。今は常守監視官の奪還だけに集中したまえ。下がっていい」
「だが、なにかあっただろう? 常守がいない。あいつが俺の件を誰かに託すわけがない……」
「おまえほど、常守は執着しているわけじゃない。刑事課の人員不足はおまえも知っているだろう」
「はっ、相変わらずなのか。で、俺はこれに応じた方がいいのか? できれば拒否したいんだがな」
「私としては……」
と美佳が口を挟む。
「私としては、潜在犯なんてさっさと隔離してしまえばいいと思っているし、罪人なんてドミネーターで処理してしまえばいいのよ。なのに先輩は……」
「へえ、あんた、常守とは真逆の監視官なんだな。で、その監視官は俺が連行されるのは不本意であると? だったら、追いかけて来いよ。俺は逃げる」
すると宜野座が必死な声をあげた。
「頼む! ここはおとなしく、俺たちに従って禾生局長に会ってくれ」
「ギノ? おまえらしくないな。常守になにかあったのか?」
「そう思うなら、無抵抗で従え」
「そりゃあ、あいつには散々迷惑をかけたからな。それであいつの役に立つなら……」
が、その思いは繋がらない。
どこに潜伏していたのか、風のように現れ、つむじ風が起きたかと思うと、すでに狡噛の姿はなくなっていた。
「ちょっ……、どうなっているの? 捜して、すぐに捜しなさい! もう、なんなのよ。局長命令なのに、これで手ぶらで戻ったりしたら、私……」
こんな時でさえ保身が第一の霜月美佳を目の当たりにした宜野座は失笑した。
「どんな時もブレないな、おまえは」
「なに暢気なことを言って……捕まえられなかったら、あなたのせいだから。あなたがもっとうまく交渉していたら……」
※※※
狡噛慎也の行方がわからなくなった、その事実がある人物に伝えられる。
「そう。それは無事に向こうに送られたと思っても構わないのだね」
「……うん。あとは向こうでうまく」
「……だといいんだが、あちらには常守朱がいるからね。こういう時は、霜月美佳くらい保身を優先してくれるとかわいげがあるんだが」
※※※
手ぶらでは帰りたくないという美佳の願望は叶えられることはなかった。
滞在日数が決められており、一応、その滞在日数中は消えた狡噛の捜索にあけくれた。
実際、捜索の指揮をとっていたのは宜野座なのだが、宜野座はもうここにはいないだろうと漠然と思いつつあった。
あれはたぶん、めくらまし。
一瞬にして結界を張られたのかもしれない。
ということは、別世界の人物が近くにいることになる。
となれば、最初に疑うのは、須郷のホロで隠している別世界の狡噛だった。
「なにをいいたいのか、手に取るようにわかるが、俺じゃない。近くに同じ世界の人物がいたのに気づかなかったのか、という質問なら、当たり前だろうって返す。超能力者じゃないんだ、そんなことできるわけないだろう」
「なら、どういうトリックなのかくらいは解け」
「むちゃ言うな」
「無茶ぶりは当然だろう。目の前で消えたんだぞ? あれもダメ、これもダメじゃ、局長をごまかし続けるのは無理だ」
「なあ、ギノ」
「……なんだ?」
「これら全部がお膳立てされていたことだと仮定したら、どうだ?」
「すでに狡噛の居場所もわかり、近くに内通者もいた。俺たちの目の前で狡噛を消すのが目的だったと?」
「ああ、そうだ」
「なんのために?」
「そこが問題だ。その答えは、なんで俺が無理矢理飛ばされたのか、それが答えなんじゃないか? ありきたりでいうなら、こっちとあっちの狡噛慎也を入れ替わりさせたかった……」
「それこそバカバカしい。入れ替わらせるメリットがあるとでも?」
「そこなんだよな。それがない。ただ、こっちの狡噛は逃亡者だ。あっちに行けば追われることから解放される」
「ばかな! それでは狡噛がパラレルワールドの存在を知っているということが前提の話だぞ」
「……だよな」
そして行き詰まる。
めぼしいなにかがあるわけでもなく、彼らは戻ることになる。
※※※
「霜月監視官……」
戻るとすぐに禾生局長の呼び出しを受けた美佳は、局長室にいた。
彼女を見る禾生局長の視線はとても冷たいものだった。
もともと感情が表に出ない人ではあるが、さすがに失敗続きであると、その視線が鋭く突き刺さる。
「狡噛慎也を取り逃がしたそうだね」
「……はい」
「追跡はしたのかね?」
「しました。といっても、忽然と消えたようにいなくなったので、宛がありませんでした」
「……ふむ。常守監視官の件もこれといって成果がないようだが」
「……はい」
「キミはどう考えているのかな?」
「どう、とは?」
「先輩監視官不在、それはとても幸運なことだと思わないのかね? ここでひとつでも功績を挙げれば、キミの立場も変わるかもしれない、とは考えないのかね?」
以前の美佳なら、ここぞとばかりに相手の欠点を突っついて降格させることを企んだかもしれない。
今でも常守監視官のやり方には賛同できないが、はじめの頃よりはうまくやれていると思うし、なにより、上層部に入ることで知りたくもないことを知らなくてはいけないことになるくらいなら、現状維持でもいいとすら思うこともある。
「考えないわけではありません」
「そう……キミに期待をした私に見る目がなかった、ということになるね」
「いえ! 決して局長の期待を裏切っているつもりはありません」
「まあいい。今は常守監視官の奪還だけに集中したまえ。下がっていい」
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