ファミリー
「おい、狡噛。いつまで女性の腕を掴んでいるつもりだ?」
宜野座が狡噛の腕を掴み、朱の腕を掴んでいる手を離そうとする。
「あ、悪い」
「いいえ。では征陸さんと縢くんにも聞いてほしいのだけど、いい?」
縢くんは頷き、征陸は軽く頭をかきながら頷いた。
執行官用の私室として使われる空き部屋をひとつ使い、そこで待機してもらっていた。
大人ふたりと子供ひとりで使うにはやや狭さを感じずにはいられない。
子供の方はともかく、大人の方はそろそろ限界に近づいていた頃でもあった。
宜野座があと一日くらい待てないのかと言っていたが、その一日がデッドラインだったかもしれない。
閑散とした部屋に主張するように置かれたテーブルとソファー、そこに面々が集まり、適当に腰を下ろした。
小さい縢くんはとても征陸になついているようで、当たり前のように彼の横に座った。
狡噛は時折苛立ちを表に出していたようで、小さい縢くんにとっては、少し近寄りがたいものがあるのだろう。
彼ら三人のほかに、宜野座、須郷、六合塚、そして雛河がいて、彼らは朱を守るように両サイドに腰を下ろした。
「まず、ホロの使い方だけど、それは雛河くんに説明してもらうわ。お願い」
「あ、はい。えっと、ブレスレットの方に通話を示すマークがあると思います。それ以外のマークを押せばホロ使用になります。えっと、パターンは三種、三種目が表示され、もう一度押すと解除になります。だから、あの……三種目装着の時は気をつけてください。人目のあるところでホロ仕様を変えようとすると、本来の姿を見せてしまうことになります」
「雛河くん、パターン化は独自の判断?」
「あ、はい」
「それをこの短期間で?」
「う、うん」
「すごい! 追加でなんパターンか頼むつもりでいたのよ。ありがとう」
「いえ……」
誉められた雛河は顔を紅潮させ照れる。
ほんわかと和むふたりとは対照的に、狡噛は鋭い視線で朱をみる。
「なあ、監視官。ホロ作成をその執行官に依頼したのはまあいい。だが、俺のホロを女にするように指示をしたのも、あんたか?」
「ええ、そうよ」
朱は動揺することなく、淡々と答える。
「どういうことか説明を求める権利があると思うが」
「ええ、そうね。それはこれから話します」
「……頼む」
朱は一度全員を見回してから、焦点を三人に見据え、口を開いた。
「まず、上にあなたたちのことを報告しました。その上で、すべてを一係で対応すること、街頭スキャンにひっかかっても関知しないこと、我々以外に知られないようにすることなど取り決めました。上からの要求は一ヶ月以内にあなたがたを元の世界に帰す事案を最優先にすること。代わりに、他国への調査にも全面的に協力、許可をするということです。ただ、他国への調査に関し、異世界の人を帰すためにとは言えないので、表向きは元執行官狡噛慎也の確保ということになっています。そのため、私たちは狡噛追跡調査をしているようなふりをしながらあなたがたが戻るために必要な調査をしなくてはなりません」
「あんたがたの事情はわかった。だが、それと俺の女装とどう関係がある?」
「あなたがたには家族を演じてもらいます。縢くんを女の子にしたのはその方が欺けると思ったからです。どうですか、征陸さん」
元の世界では縢家はちょっとした事件に巻き込まれつつあるようだった。
子供を別世界に飛ばしたのはなにかの意図、たとえば守るためなのか、それとも省くためなのかはまだわからない。
ただわかっていることは、縢くんの身の上には危険が迫っているということだ。
「嬢ちゃんはなにを心配しているのかね。まさかと思うが、俺たち以外にもこっちの世界に来ている、追っ手もしくは暗躍している誰かが潜り込んでいるとでも?」
「可能性はゼロではないと思っています。たとえば、ここにいる執行官の誰かを拉致し、そっくりのホロを被り近づく。もしくは、そちらの世界にいる、そうですね、たとえば宜野座さんを送り込み、入れ替わる。ゼロではないでしょう?」
「たしかに、ゼロではないな。で?」
「人の心理として、縢くんを追っているとしたら、同世代の男の子をくまなく探すでしょう。またそれらがホロで偽装していないかを」
「だから縢のぼっちゃんを女の子に偽装か。たしかに、女装しているなどと思う者は少ないだろうな。コウの女装もそういう観点からか?」
「狡噛さんに至っては、消去法です。それと、弱い女性に的を絞っての攻撃があった場合、彼ならその確率を限りなく下げてくれそうだと思ったからです」
「なるほど……」
征陸は説明と意図を聞き納得してくれたが、狡噛はまだ釈然としないようだ。
「家族のふりの意味がないんじゃないか? そっちは、こっちの狡噛を追跡するという建前で動くんだろう? 一般市民の俺たちがついていく方が不自然だ」
「それは国外にでた時だけで、最初から国外で調査するということはしません。縢くんはある場所をとても気にしていましたから、その辺りを重点に、大人の視点、またある程度自由に行き来できそうなあなたがたの視点で見てほしいのです。周辺探索には家族を装い、そしてその家族の護衛として私たちが付きそう方が自然と考えました」
「つまり、国外に行くときは女装でないホロを希望することも可能なんだな?」
「考えておきます」
宜野座が狡噛の腕を掴み、朱の腕を掴んでいる手を離そうとする。
「あ、悪い」
「いいえ。では征陸さんと縢くんにも聞いてほしいのだけど、いい?」
縢くんは頷き、征陸は軽く頭をかきながら頷いた。
執行官用の私室として使われる空き部屋をひとつ使い、そこで待機してもらっていた。
大人ふたりと子供ひとりで使うにはやや狭さを感じずにはいられない。
子供の方はともかく、大人の方はそろそろ限界に近づいていた頃でもあった。
宜野座があと一日くらい待てないのかと言っていたが、その一日がデッドラインだったかもしれない。
閑散とした部屋に主張するように置かれたテーブルとソファー、そこに面々が集まり、適当に腰を下ろした。
小さい縢くんはとても征陸になついているようで、当たり前のように彼の横に座った。
狡噛は時折苛立ちを表に出していたようで、小さい縢くんにとっては、少し近寄りがたいものがあるのだろう。
彼ら三人のほかに、宜野座、須郷、六合塚、そして雛河がいて、彼らは朱を守るように両サイドに腰を下ろした。
「まず、ホロの使い方だけど、それは雛河くんに説明してもらうわ。お願い」
「あ、はい。えっと、ブレスレットの方に通話を示すマークがあると思います。それ以外のマークを押せばホロ使用になります。えっと、パターンは三種、三種目が表示され、もう一度押すと解除になります。だから、あの……三種目装着の時は気をつけてください。人目のあるところでホロ仕様を変えようとすると、本来の姿を見せてしまうことになります」
「雛河くん、パターン化は独自の判断?」
「あ、はい」
「それをこの短期間で?」
「う、うん」
「すごい! 追加でなんパターンか頼むつもりでいたのよ。ありがとう」
「いえ……」
誉められた雛河は顔を紅潮させ照れる。
ほんわかと和むふたりとは対照的に、狡噛は鋭い視線で朱をみる。
「なあ、監視官。ホロ作成をその執行官に依頼したのはまあいい。だが、俺のホロを女にするように指示をしたのも、あんたか?」
「ええ、そうよ」
朱は動揺することなく、淡々と答える。
「どういうことか説明を求める権利があると思うが」
「ええ、そうね。それはこれから話します」
「……頼む」
朱は一度全員を見回してから、焦点を三人に見据え、口を開いた。
「まず、上にあなたたちのことを報告しました。その上で、すべてを一係で対応すること、街頭スキャンにひっかかっても関知しないこと、我々以外に知られないようにすることなど取り決めました。上からの要求は一ヶ月以内にあなたがたを元の世界に帰す事案を最優先にすること。代わりに、他国への調査にも全面的に協力、許可をするということです。ただ、他国への調査に関し、異世界の人を帰すためにとは言えないので、表向きは元執行官狡噛慎也の確保ということになっています。そのため、私たちは狡噛追跡調査をしているようなふりをしながらあなたがたが戻るために必要な調査をしなくてはなりません」
「あんたがたの事情はわかった。だが、それと俺の女装とどう関係がある?」
「あなたがたには家族を演じてもらいます。縢くんを女の子にしたのはその方が欺けると思ったからです。どうですか、征陸さん」
元の世界では縢家はちょっとした事件に巻き込まれつつあるようだった。
子供を別世界に飛ばしたのはなにかの意図、たとえば守るためなのか、それとも省くためなのかはまだわからない。
ただわかっていることは、縢くんの身の上には危険が迫っているということだ。
「嬢ちゃんはなにを心配しているのかね。まさかと思うが、俺たち以外にもこっちの世界に来ている、追っ手もしくは暗躍している誰かが潜り込んでいるとでも?」
「可能性はゼロではないと思っています。たとえば、ここにいる執行官の誰かを拉致し、そっくりのホロを被り近づく。もしくは、そちらの世界にいる、そうですね、たとえば宜野座さんを送り込み、入れ替わる。ゼロではないでしょう?」
「たしかに、ゼロではないな。で?」
「人の心理として、縢くんを追っているとしたら、同世代の男の子をくまなく探すでしょう。またそれらがホロで偽装していないかを」
「だから縢のぼっちゃんを女の子に偽装か。たしかに、女装しているなどと思う者は少ないだろうな。コウの女装もそういう観点からか?」
「狡噛さんに至っては、消去法です。それと、弱い女性に的を絞っての攻撃があった場合、彼ならその確率を限りなく下げてくれそうだと思ったからです」
「なるほど……」
征陸は説明と意図を聞き納得してくれたが、狡噛はまだ釈然としないようだ。
「家族のふりの意味がないんじゃないか? そっちは、こっちの狡噛を追跡するという建前で動くんだろう? 一般市民の俺たちがついていく方が不自然だ」
「それは国外にでた時だけで、最初から国外で調査するということはしません。縢くんはある場所をとても気にしていましたから、その辺りを重点に、大人の視点、またある程度自由に行き来できそうなあなたがたの視点で見てほしいのです。周辺探索には家族を装い、そしてその家族の護衛として私たちが付きそう方が自然と考えました」
「つまり、国外に行くときは女装でないホロを希望することも可能なんだな?」
「考えておきます」
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