第20話
「つまり降りられるんですか?」
「はい。もちろん天国行きのこの電車から途中下車することもできます」
「次はどこに止まるんですか?」
「途中下車可能なのは『現世』だけですね」
「『現世』……」
「……ですが、降りられればですが」
「……え?」
なにか不穏な単語を聞いた気がする。
「どういう意味ですか?」
「こういう意味です」
死神は、その鎌を振るった。
ぼくの右腕は腕のつけ根から音もなく切れ、いやに響く音を立てて車内の床に落ちた。
ぼくは右腕のつけ根を見た。
「痛みはございませんね?」
「はい」
「その腕はもうすでに〝黒い怪物〟によって食われたあとだからです。その腕は完全に死んでいました」
「…………」
ぼくは突然のことでどう反応していいのかわからない。
「いうまでもございませんが、現世に仮に戻れたとしても、もうあなたの右腕は当然戻りません」
「え?」
「あと、他の乗客の皆様にも似たように〝黒い怪物〟に攻撃を受けた方がいらっしゃるようなのでお伝えしておきますが、この車両内で受けた傷は『現世』に戻ったとしても引き続きます。この男性が右腕をなくしたように、そちらの女性は『現世』に戻ってももう全力疾走することはできませんし、そちらの刺青の男性はもう片頬が動きません」
「ちょ、ちょっとどういう意味よ! わけわかんない! もっとちゃんと説明しなさいよ!」
足をひきずるように駆け寄ってくるピュアに向かって、車掌兼死神はいった。
「あなたも切断をお望みですか?」
「ひっ」
赤い眼光で見つめられただけで、ピュアは尻もちをついた。
「どうなのですか?」
「……い、いい! あたしは切られたくない! っていうか、まだあたしの足は動くし!」
「まあその程度の傷でしたらそうですね」
「なんでぼくの腕は切ったんですか?」
「サービスです。動きもしないのにぶらぶらとしたものがぶら下がっていては逃げられるものも逃げられないかと思いまして」
「…………ありがとうございます」
ここまで感謝の言葉をいうのに戸惑ったのは初めてだ。
「いえいえ、どういたしまして。……ところでそちらの腕。もう必要ございませんね?」
ぼくは自分の落ちた右腕を見た。
制服の袖から骨まですっぱりと切られている。
自分の右肩から先がなにもないのを確認しつつも、まったく実感がわかない。
「はい、まあ、必要ないと思います」
「では、手数料ということで頂戴してもよろしいですか?」
「はい」
死神は、ちょこんと車掌の帽子を上げてお礼の挨拶らしき真似をすると、次に腕を拾い、フードの奥に押し込むようにした。
がばり、と。
赤い目と同様の、赤い光を放つ巨大な口――顔面の三分の二くらいはありそうな口が、ぱっくりと開き、その中に、するするとぼくの腕は吸い込まれるように消えた。
大きさというか長さから考えたら、丸呑みなんて難しそうなものだが、あっけなく消える。
ゲップひとつ。
そのあと、
「なかなかおいしゅうございました」
「そうですか。そういって頂けて嬉しいです」
我ながら、自分の右腕を食われておいてそんな感想を述べるのも変な気がしたが、他にいいようがなかった。
「特別にもっと突っ込んだ質問にもお答えしますよ」
「どういう意味よ!」
ピュアが尋ねる。
「つまり〝車掌〟としてではなく、〝死神〟として、です」
「……あの〝黒い怪物〟はなにものですか?」
ぼくは聞いた。
「おおよそ見当がついていらっしゃるのでは?」
死神は、ぼくらを見回す。
「この車内にはわたくしをのぞき、〝乗客〟は六人しかおりません。つまりはそういうことです」
「てことは、あの〝黒い怪物〟はこの中の誰かが作りだしたもんや、ちゅうことか?」
「そうです。あの〝黒い怪物〟はこの乗客の中の心が生みだしたものです。ついでにいうならば、この〝夕暮れの車内〟という情景も同様です。三途の川自体は、他の方でも変わりませんが、船で渡る方もいらっしゃいますし、中には飛行機で三途の川の上を飛ぶ方もいらっしゃいます」
そこで死神は一呼吸開け、
「せっかくですので、この鎌をお貸ししましょう。この鎌ならば、今のあなた方を殺すことがあなた方でも可能となります。――この中にいる〝黒い怪物〟を産みだしている張本人を殺せば、他の乗客は無事『現世』に帰ることができるかもしれません」
死神は、鎌を置いてふわふたと宙に浮いたまま、次の車両に消えた。
鎌をなくしたそいつは、もう死神なんだか車掌なんだかよくわからない姿。
ただぼくらはそいつを見送り、次に足下に転がる、鈍く光る死神の鎌を見つめた。
「ど、どうする?」
ピュアが尋ねた。
「どうするって……」
シンヤは顔をそむけ、ぼくの肩から先がないのを見て、おびえた顔をした。
「『現世』に帰れるってわかったんだ。当然、この中にいる〝黒い怪物〟を産み出している張本人とやらを見つけるべきだよ……。けど」
「けど、どうやって見つける? そもそも見つけたとして本当にその鎌でそいつの首を切り落としでもするのか?」
ギャングの言葉はもっともだ。
「はい。もちろん天国行きのこの電車から途中下車することもできます」
「次はどこに止まるんですか?」
「途中下車可能なのは『現世』だけですね」
「『現世』……」
「……ですが、降りられればですが」
「……え?」
なにか不穏な単語を聞いた気がする。
「どういう意味ですか?」
「こういう意味です」
死神は、その鎌を振るった。
ぼくの右腕は腕のつけ根から音もなく切れ、いやに響く音を立てて車内の床に落ちた。
ぼくは右腕のつけ根を見た。
「痛みはございませんね?」
「はい」
「その腕はもうすでに〝黒い怪物〟によって食われたあとだからです。その腕は完全に死んでいました」
「…………」
ぼくは突然のことでどう反応していいのかわからない。
「いうまでもございませんが、現世に仮に戻れたとしても、もうあなたの右腕は当然戻りません」
「え?」
「あと、他の乗客の皆様にも似たように〝黒い怪物〟に攻撃を受けた方がいらっしゃるようなのでお伝えしておきますが、この車両内で受けた傷は『現世』に戻ったとしても引き続きます。この男性が右腕をなくしたように、そちらの女性は『現世』に戻ってももう全力疾走することはできませんし、そちらの刺青の男性はもう片頬が動きません」
「ちょ、ちょっとどういう意味よ! わけわかんない! もっとちゃんと説明しなさいよ!」
足をひきずるように駆け寄ってくるピュアに向かって、車掌兼死神はいった。
「あなたも切断をお望みですか?」
「ひっ」
赤い眼光で見つめられただけで、ピュアは尻もちをついた。
「どうなのですか?」
「……い、いい! あたしは切られたくない! っていうか、まだあたしの足は動くし!」
「まあその程度の傷でしたらそうですね」
「なんでぼくの腕は切ったんですか?」
「サービスです。動きもしないのにぶらぶらとしたものがぶら下がっていては逃げられるものも逃げられないかと思いまして」
「…………ありがとうございます」
ここまで感謝の言葉をいうのに戸惑ったのは初めてだ。
「いえいえ、どういたしまして。……ところでそちらの腕。もう必要ございませんね?」
ぼくは自分の落ちた右腕を見た。
制服の袖から骨まですっぱりと切られている。
自分の右肩から先がなにもないのを確認しつつも、まったく実感がわかない。
「はい、まあ、必要ないと思います」
「では、手数料ということで頂戴してもよろしいですか?」
「はい」
死神は、ちょこんと車掌の帽子を上げてお礼の挨拶らしき真似をすると、次に腕を拾い、フードの奥に押し込むようにした。
がばり、と。
赤い目と同様の、赤い光を放つ巨大な口――顔面の三分の二くらいはありそうな口が、ぱっくりと開き、その中に、するするとぼくの腕は吸い込まれるように消えた。
大きさというか長さから考えたら、丸呑みなんて難しそうなものだが、あっけなく消える。
ゲップひとつ。
そのあと、
「なかなかおいしゅうございました」
「そうですか。そういって頂けて嬉しいです」
我ながら、自分の右腕を食われておいてそんな感想を述べるのも変な気がしたが、他にいいようがなかった。
「特別にもっと突っ込んだ質問にもお答えしますよ」
「どういう意味よ!」
ピュアが尋ねる。
「つまり〝車掌〟としてではなく、〝死神〟として、です」
「……あの〝黒い怪物〟はなにものですか?」
ぼくは聞いた。
「おおよそ見当がついていらっしゃるのでは?」
死神は、ぼくらを見回す。
「この車内にはわたくしをのぞき、〝乗客〟は六人しかおりません。つまりはそういうことです」
「てことは、あの〝黒い怪物〟はこの中の誰かが作りだしたもんや、ちゅうことか?」
「そうです。あの〝黒い怪物〟はこの乗客の中の心が生みだしたものです。ついでにいうならば、この〝夕暮れの車内〟という情景も同様です。三途の川自体は、他の方でも変わりませんが、船で渡る方もいらっしゃいますし、中には飛行機で三途の川の上を飛ぶ方もいらっしゃいます」
そこで死神は一呼吸開け、
「せっかくですので、この鎌をお貸ししましょう。この鎌ならば、今のあなた方を殺すことがあなた方でも可能となります。――この中にいる〝黒い怪物〟を産みだしている張本人を殺せば、他の乗客は無事『現世』に帰ることができるかもしれません」
死神は、鎌を置いてふわふたと宙に浮いたまま、次の車両に消えた。
鎌をなくしたそいつは、もう死神なんだか車掌なんだかよくわからない姿。
ただぼくらはそいつを見送り、次に足下に転がる、鈍く光る死神の鎌を見つめた。
「ど、どうする?」
ピュアが尋ねた。
「どうするって……」
シンヤは顔をそむけ、ぼくの肩から先がないのを見て、おびえた顔をした。
「『現世』に帰れるってわかったんだ。当然、この中にいる〝黒い怪物〟を産み出している張本人とやらを見つけるべきだよ……。けど」
「けど、どうやって見つける? そもそも見つけたとして本当にその鎌でそいつの首を切り落としでもするのか?」
ギャングの言葉はもっともだ。
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