第14話
「いいよ。そんな冗談は。……それより、そっちの人たち紹介してよ。見つけたんでしょ、同じくこの列車に閉じこめられた人」
まったく取り合わずに、少年――確かシンヤという名の彼はいった。
「どうしておれたちがこんなに大勢で現れたのに驚かない?」
ギャングが尋ねた。それはぼくも内心思っていた。
「おじさん、ばかなの?」
シンヤは一度メガネを上下させると、
「この電車でぼくは、そっちのクロスってバンドの追っかけの女に出会った。ひとりに出会ったってことは、この電車の大きさの予測と、ぼくの移動した距離から考えて、まだまだ人がいておかしくないと考えてたんだ。はい、説明終了。わかった、おじさん?」
ハーフの筋肉質の男相手にこうも堂々といえることに、ぼくは驚いた。
浅黒い頬に、凄い笑みが浮かぶ。
「ずいぶんと頭がいいんだな、ボウヤ」
多少訛りのある日本語。
「な、なんだよ」
強がっていい返すものの、クロスの背後に隠れている。
「ぼくみたいな子供を脅そうってのか! 最低だな、あんた!」
顔を半分、ゴスロリの衣装に隠したままそう叫ぶ。
「きゃんきゃん吠えるな……。ただちょっとからかっただけだ」
ギャングは肩をすくめる。
どうしてもっと注意しないんだろう? こんな不躾な子供。……ギャングは見た目ほど怖い性格じゃないってことだろうか?
なんともいえない嫌な感じがした。
ぼくは子供の頃から、あんな口を他人に――いや、家族にも聞いたことなどない。もしそんなことをしようものなら、家族からどんな嫌がらせを――いや、教育をされるかわかったもんじゃないから。
そこからはいつもどおりの自己紹介。
ぼくらはまず互いが記憶喪失になって名前も思い出せないことを確認し合った。
記憶喪失のぼくらの自己紹介は非常に短い。互いにあだ名を名乗って終わり。
最後にストリートがシンヤに尋ねた。
「で、ぼく、きみのお名前はどうしてシンヤなのかな? もしかして本名を覚えているのかな?」
「最初にぼくら全員が記憶喪失らしいって話し合っただろ? ばかなの? それともぼけてるの?」
非常に口の悪いガキだったが、ストリートは老人としての余裕を見せた。笑みを浮かべていう。
「いいや。ただ名前の由来がわからなくてね」
「シンヤってのは〝深夜〟からだよ。夜中って意味。ぼくはね、将来偉い立派な大人になるんだ。あんたみたいなホームレスがおいそれと話しかけられないような立派な人にね」
「そうかい」
「うん! だからぼくはまだ小四だけど、夜遅く深夜まで勉強してる。だからぼくはそのことを誇りに思っているから〝シンヤ〟ってあだ名にしたんだ」
「いやいやじゃないのか?」
ぼくは思わず尋ねていた。ぼくも小学校の頃から深夜まで勉強をさせられていた。結果できあがったぼくは、彼と同じく子供の頃からメガネをかけていた。今はコンタクトだけど。シンヤはどうか知らないが、その頃から睡眠を削り続けたためか、友達と元気に遊ぶとめまいや吐き気に襲われ、体育の時間は憂鬱だったのを覚えている。
それにそんなにも勉強し続けたにも関わらずぼくは私立の受験に失敗し、その他大勢と一緒に公立の中学に入った。
「いやいやだって? そんなわけないよ。ぼくには才能がある」
自信満々にシンヤはうなずく。たしかに彼の目には、小学四年生とは思えない知性の輝きのようなものがあった。彼自身の思い込みがその瞳を輝かせているのかもしれないが、少なくともただ者じゃない気配。
「それより、ギャングとピュア。あんたたち、どこでそのケガしたの?」
目敏い。気づいていたらしい。まあギャングの頬の傷はいやでも目立つが。
「だから〝黒い怪物〟に襲われたんやって。うち最初にいったやん」
「そんな冗談いいから――――」
そこまでいったシンヤは、ぼくらの表情に気づいたのだろう。強面のギャングも、顔が強張っている。
「まじ?」
「まじもまじ。ほんまのほんまや。……まあ、うちは見てへんけどな」
シンヤはぼくらから詳しい話を聞きたがった。意外なことに、
「なるほど、二回現れたのか」
とうなずき、ぼくの証言を受け入れたことだ。
「はぁ? どうしてこんなきもいやつの意見を取り入れてるの?」
ピュアが食ってかかる。
「このお兄さんがどっか気持ち悪い雰囲気なのは認めるよ。けどさ、例え目撃者がきもかろうが、ホームレスだろうが、事実は事実として受け入れるべきだ」
引きあいに出されたストリートは、ちょっと顔をしかめて睨んだ。さすがに腹に据えかねたのだろう。
ぼくは曖昧に笑みを浮かべたままだ。この程度のこと、家でも日常茶飯事だ。
「じゃあ、どうしてあたしら三人には見えなかったわけ?」
「たしか車窓の外にいたんだろ?」
シンヤはこっちを向いた。
「はい、そうです」
ぼくは年下の十歳くらいの男の子にも敬語だ。
「だったら、車内ばっか警戒してたあんたらが見逃す可能性だって充分ありえる」
まったく取り合わずに、少年――確かシンヤという名の彼はいった。
「どうしておれたちがこんなに大勢で現れたのに驚かない?」
ギャングが尋ねた。それはぼくも内心思っていた。
「おじさん、ばかなの?」
シンヤは一度メガネを上下させると、
「この電車でぼくは、そっちのクロスってバンドの追っかけの女に出会った。ひとりに出会ったってことは、この電車の大きさの予測と、ぼくの移動した距離から考えて、まだまだ人がいておかしくないと考えてたんだ。はい、説明終了。わかった、おじさん?」
ハーフの筋肉質の男相手にこうも堂々といえることに、ぼくは驚いた。
浅黒い頬に、凄い笑みが浮かぶ。
「ずいぶんと頭がいいんだな、ボウヤ」
多少訛りのある日本語。
「な、なんだよ」
強がっていい返すものの、クロスの背後に隠れている。
「ぼくみたいな子供を脅そうってのか! 最低だな、あんた!」
顔を半分、ゴスロリの衣装に隠したままそう叫ぶ。
「きゃんきゃん吠えるな……。ただちょっとからかっただけだ」
ギャングは肩をすくめる。
どうしてもっと注意しないんだろう? こんな不躾な子供。……ギャングは見た目ほど怖い性格じゃないってことだろうか?
なんともいえない嫌な感じがした。
ぼくは子供の頃から、あんな口を他人に――いや、家族にも聞いたことなどない。もしそんなことをしようものなら、家族からどんな嫌がらせを――いや、教育をされるかわかったもんじゃないから。
そこからはいつもどおりの自己紹介。
ぼくらはまず互いが記憶喪失になって名前も思い出せないことを確認し合った。
記憶喪失のぼくらの自己紹介は非常に短い。互いにあだ名を名乗って終わり。
最後にストリートがシンヤに尋ねた。
「で、ぼく、きみのお名前はどうしてシンヤなのかな? もしかして本名を覚えているのかな?」
「最初にぼくら全員が記憶喪失らしいって話し合っただろ? ばかなの? それともぼけてるの?」
非常に口の悪いガキだったが、ストリートは老人としての余裕を見せた。笑みを浮かべていう。
「いいや。ただ名前の由来がわからなくてね」
「シンヤってのは〝深夜〟からだよ。夜中って意味。ぼくはね、将来偉い立派な大人になるんだ。あんたみたいなホームレスがおいそれと話しかけられないような立派な人にね」
「そうかい」
「うん! だからぼくはまだ小四だけど、夜遅く深夜まで勉強してる。だからぼくはそのことを誇りに思っているから〝シンヤ〟ってあだ名にしたんだ」
「いやいやじゃないのか?」
ぼくは思わず尋ねていた。ぼくも小学校の頃から深夜まで勉強をさせられていた。結果できあがったぼくは、彼と同じく子供の頃からメガネをかけていた。今はコンタクトだけど。シンヤはどうか知らないが、その頃から睡眠を削り続けたためか、友達と元気に遊ぶとめまいや吐き気に襲われ、体育の時間は憂鬱だったのを覚えている。
それにそんなにも勉強し続けたにも関わらずぼくは私立の受験に失敗し、その他大勢と一緒に公立の中学に入った。
「いやいやだって? そんなわけないよ。ぼくには才能がある」
自信満々にシンヤはうなずく。たしかに彼の目には、小学四年生とは思えない知性の輝きのようなものがあった。彼自身の思い込みがその瞳を輝かせているのかもしれないが、少なくともただ者じゃない気配。
「それより、ギャングとピュア。あんたたち、どこでそのケガしたの?」
目敏い。気づいていたらしい。まあギャングの頬の傷はいやでも目立つが。
「だから〝黒い怪物〟に襲われたんやって。うち最初にいったやん」
「そんな冗談いいから――――」
そこまでいったシンヤは、ぼくらの表情に気づいたのだろう。強面のギャングも、顔が強張っている。
「まじ?」
「まじもまじ。ほんまのほんまや。……まあ、うちは見てへんけどな」
シンヤはぼくらから詳しい話を聞きたがった。意外なことに、
「なるほど、二回現れたのか」
とうなずき、ぼくの証言を受け入れたことだ。
「はぁ? どうしてこんなきもいやつの意見を取り入れてるの?」
ピュアが食ってかかる。
「このお兄さんがどっか気持ち悪い雰囲気なのは認めるよ。けどさ、例え目撃者がきもかろうが、ホームレスだろうが、事実は事実として受け入れるべきだ」
引きあいに出されたストリートは、ちょっと顔をしかめて睨んだ。さすがに腹に据えかねたのだろう。
ぼくは曖昧に笑みを浮かべたままだ。この程度のこと、家でも日常茶飯事だ。
「じゃあ、どうしてあたしら三人には見えなかったわけ?」
「たしか車窓の外にいたんだろ?」
シンヤはこっちを向いた。
「はい、そうです」
ぼくは年下の十歳くらいの男の子にも敬語だ。
「だったら、車内ばっか警戒してたあんたらが見逃す可能性だって充分ありえる」
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