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バックステージで踊れ

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: シュワシュワ炭酸
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人斬り刀の調査員

「君が今回、同行する調査員かな」
 後日、指定された時間に政府が発明した時空転送装置前に行くと長義は微笑みながら、同行刀を見た。
 その刀は見た目からしてまさしく人斬りの刀だった。きっちりと髪型を整えている長義とは正反対に、ぼさぼさの朱が混じった黒髪。服装の至るところに穴が開いており、返り血のような染みもついている。身なりからして、どこかの山賊だと思われていても仕方がない。口元は赤いマフラーで覆われているものの鋭い眼光はどこか飢えた獣の如くこちらをじっと睨んでいた。
「ああ、そうだ。そういうあんたは監査官殿だな」
 見た目通りにぶっきらぼうかつ、慇懃無礼にその刀は答える。
「君の名を聞いても?」
「まず自分から名乗るべきじゃねえのか、監査官殿」
 ふんと刀は鼻を鳴らした。これは一筋縄ではいかない刀だと、長義は自分のことを棚に上げ思う。
「ああ、失礼したね。俺の名前は山姥切長義。備前長船の刀工長義の代表作だ」
「おれは肥前忠広。人斬りの刀だよ」
「ああ、君はもしかしてあの岡田以蔵の刀かな」
 どうりでいかにも人斬りの刀のような風体をしている。長義の考えはすでにお見通しなのか、肥前はため息をつく。
「そうだ。俺は大物業と名高いが、元の主、岡田以蔵のせいですっかり人斬りの刀だよ。折れても使い続けたってのは、物持ち良かったんだが貧乏症だったんだが……」
 そう言うと複雑そうに肥前は肩をすくめた。
 岡田以蔵といえば幕末で活躍した土佐藩郷士の一人であり、『人斬り以蔵』と呼ばれるほど有名な剣客である。同じ土佐藩の志士である武市半平太が結成した土佐勤王党‹1›に所属し、尊王攘夷運動を弾圧した人物への粛清を行った。しかし土佐勤王党が失速し、弾圧が始まった最期は仲間と共に拷問され、さらし首となったという。
 そんな人斬り以蔵の愛刀である彼は確かに身なりからしていかにも人斬りらしい風貌といえよう。
「今回の任務の概要はもう聞いたかな」
「ああ、一応聞いた。俺はとありえず監査官であるあんたの指揮で敵を斬ればいいんだろう」
「まあ間違ってはいないな。ただ別に監査対象である彼らが敵であるということはわからないから、場合によっては斬る必要はないかな」
「ふん……まあ、いいさ。俺はあんたの命令に従うだけさ。精々、人斬りの刀である俺をうまく使ってくれよ、監査官殿」
「言われなくてもそうするさ」
 扱いにくそうな刀だが、上の命令には従事するタイプだろう。
「で、今回行く時代はどこだ?」
「件の本丸の部隊は西暦1575年の長篠に出陣するという情報がきた」
「長篠っていったら、長篠の戦いか?あの織田信長と武田が戦ったっていう……」
 あまり興味がないためか、肥前は少々気だるげに言う。
「ああ、そうだ。よく学校の教科書でも載る『長篠の戦い』は『鉄砲三段撃ち』などで後世でも有名だ。まあ近年の研究ではそれは誤りだったという指摘もあるけどね。とにかく長篠の戦いは戦国歴史におけるターニングポイントの一つだ。この戦いで猛威を振るっていた武田家は衰退の一途をたどり、逆に織田信長に更なる飛躍をもたらした」
 『長篠の戦い』でもしも織田信長ではなく、武田勝頼が勝利をしていたら?
 そのもしもが現実になった時、恐らく後の戦国史も変わってくるだろう。しかも歴史に痛烈な足跡を残した織田信長の歴史が変われば、のちの歴史にも影響を及ぼすことは想像に難くない。
「つまり遡行軍は長篠の戦いに介入する恐れがあるということか?」
「その認識で間違いはない。ただ、今回の俺たちはあくまでも対象本丸の監査。戦闘はその本丸の部隊とやらに任せよう」
「じゃあさっさと行って終わらせようぜ。腹減ったし」
 肥前はすたすたと転送ゲートに歩いていく。その様子に長義はため息をつくが、すぐに彼の後を追うように歩き出した。
 政府専用の時空転送装置は木製の大きな神棚にある。神棚の中には、美しい鏡がありそれが時空転送装置となっている。各本丸の時空装置は、特殊な小型の玉を刀剣に持たせそれを簡易的な装置として歴史を遡っているが、政府の装置はそれとは別にこのような仰々しい造りになっている。話に聞くとより精密かつ早い転送ができるそうだ。
「コード09193、時空転送装置起動。行き先は西暦1575年6月29日。長篠の戦い。座標34、55、137、30」
 長義の声で音声認識システムが起動し、かちりと機械的な音が聞こえた。すると鏡から白い光が溢れはじめる。それはやがて辺りを覆う大きな光となり二人を包んだ。

注釈
‹1›土佐勤王党……幕末において土佐藩内で結成された尊王攘夷を目的とした結社。一時は藩政に影響を及ぼしたが、後に弾圧を受け壊滅する。
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