ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

スターチス

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: ななせ
目次

はじまり

政府の中庭に設置された転送ゲートを通ると、開けたのは一面に満開の桜が並ぶ景色だった。暖かな日差しを浴びながら、女はそういえばここの季節は春だったか、などと考えていた。花びらで薄桃色に彩られた道を進み、門戸を叩く。はあい、と元気よく響く声に懐かしさを覚えた。ぱたぱたと軽快に続くリズムが段々と大きくなったと思ったその途端、戸が勢いよく開かれる。

「主!おかえりなさーい!」

満面の笑みを湛えて飛び出してきたのは、この本丸の初期刀である加州清光だった。

「えっあるじさま??」
「帰ってきたのー!?」
「ほんとに?!やったー!」

奥から近づくかわいらしい声は粟田口の短刀たちだろう。語気から喜んで迎えられていることを感じ取れるのは、非常に有難いことである。門戸を支える加州の脇からぴょこりと三つの顔が覗くタイミングを見計らい、口を開く。

「ただいま、みんな―――長い間待たせてごめんなさいね」

本丸内はどこもよく手入れされており、主が不在でも刀剣たちがしっかりと任務をこなしていたことを表していた。それは女が現在座る執務室も同様で床に塵一つ見えず、とても長い間使用者がいなかったとは思えない程掃除が行き届いていた。

「主、お待たせ」

がらりと障子戸が開けられ、現れたのは歌仙兼定だった。

「お茶とお菓子を用意してきたよ」

「ありがとう、歌仙。―さてと、これで全員かな?」

「そうだね、他はみんな出陣と遠征で出払っててさ。主が帰ってくるって分かってたら予定も変更したんだけど…」

加州が答える。その言葉通り、広間には先程出迎えてくれた加州と五虎退、乱、包丁の四人に歌仙、そして内番途中であった薬研と青江、鯰尾のみ集まっていた。

「ごめんなさい、予定より早く戻れそうだったから連絡しないまま帰ってきちゃった。みんなの顔、早く見たくて」

女がにこりと笑うと、加州も口角が上がるのを抑えきれない様子で、

「~~~もう!そんな風に言うのずるい!俺たちだって早く会いたかったよ~!」

と喚く。僕も会いたかったです、俺も、とみんなが口々に再会を喜ぶ声を出す中で、

「――かれこれ二ヶ月か、君がいなくなって」

ぽつりと青江が呟く。

そうである。女は二ヶ月間、この本丸を不在にしていた。

***

時は遡り、二ヶ月前。いつものように執務室で政府へ送る報告書を作成していた昼下がり、慌てた様子でこんのすけが部屋に入ってきた。

「主さま、失礼します。政府の方から電報が、急ぎとのことです」

電報、急ぎ、という言葉になんとなく嫌な予感がしたものの、紙を受け取り、開く。

「――なるほどね」

近侍として傍に待機していた加州は険しい顔で文を開く主の様子を暫く伺っていたが、そう取り乱す訳ではないことにひとまずは安堵した。

「葬式ができたわ。こんのすけ、私は三日ほどここを空けるから、申し訳ないけれどみんなに伝えてもらえるかしら?」

「――!はい、畏まりました!」

たたっとこんのすけの廊下へ走り出る音が遠ざかると、加州が少し困ったような表情で話しかけてきた。

「主、大丈夫?葬式って、誰か亡くなったってことだよね?」

現世の文化に関しては疎いものの、基本的に任務第一である審神者が現世へ戻ることができる特例の事態についてはマニュアルで見覚えがあったため、加州はその言葉の意味、そして審神者の心情をなんとなく理解していた。

「気を遣ってくれてありがとう、加州。心配ないわ。それよりも準備、手伝ってくれる?」

もはやいつもの穏やかな表情に戻った審神者は加州に微笑みかけた。

亡くなったのは、父方の伯父だった。長い間肺を患っていたらしい。女が審神者となってからはめっきり会うこともなくなったため、そのような状況もつい先程耳にしたものだった。それ故参列中も悲しみにふけるというよりかはもう彼はこの世にいないという実感が湧かないというのが本音であった。それでも幼い頃は盆や正月など、親戚が集まる折にはよく相手をしてもらっていたのを思い出すとやはり胸は痛んだ。
両親や親戚一同と積もる話を十分にし終えた後、女は帰路についた。

――死、か。
このような職業に就いているとどうしてもそういったことに対し敏感になる。毎日の出陣は生きるか死ぬかの戦いであるし、古戦場へ向かう刀剣たちの命――本来刀の付喪神である彼らには相応しくない表現であるが――を預かり指令を出す身としては、常に死の恐怖は付き纏う。人の死というものは存外呆気ないもので、人間である審神者は勿論のこと、神力により通常の人間とは差異があるものの、人の身を受ける刀剣男士たちも例外ではない。
常に後悔することのないよう、歴史修正主義者に立ち向かわなければ。改めて身の引き締まる思いをしながら、審神者は現世において人目には分からぬよう設置されている転送ゲートを目指す。

その時だった。

一瞬の視界の明滅の後、審神者の体がひらり、宙に舞う。途端、ゆっくりと、スローモーションのように重力に飲み込まれていく。

―――え?

何が起こったか、審神者自身にも理解が追い付かなかった。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。