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　茨木童子の短刀が雉の胸部に突き刺さったと思われた瞬間、あたりが急に煙幕に覆われ、敵も味方も視界を遮られる。
「うわっ！何事か！？」
　突如目の前に広がった白い景色に目がなれない茨木童子にすかさず桃太郎が横から太刀を入れる。未だ目を抑えている茨木童子に強力な突きを入れる、がそこはさすが茨木童子は横っ飛びにそれを避け、それと同時に桃太郎の背後を取ることに成功する。
　この時間はもちろん一瞬の出来事である。
　背後を取った茨木童子が金棒を振り下ろすのと、背後を取られるのを嫌う桃太郎が逃げるかのように飛び退くのはほぼ同時のように見えたが、桃太郎が避ける方が一瞬早く、すんでのところで金棒が桃太郎の頭を強襲するのは避けられた。
「あ、危なかった！」
「安心するのはまだ早いよ、桃太郎？」
　確かに、茨木童子の言うとおり勝負はまだ始まったばかりとばかりに茨木童子は金棒を振り下ろしてきた。
　態勢の整っていない桃太郎は一瞬でこれを受ける方の判断を選んだがそれは間違いであった。
　桃太郎の太刀が茨木童子の金棒を受け止めたその瞬間、耳をつんざくような金属音があたりに響き渡り、軽い衝撃波と火花が飛び散った。
　激しいつばぜり合いとなるが、茨木童子の金棒がやけに重い。
　その威力は先ほどの巨人鬼より協力で、気を抜けば足が地面にめり込みそうである。
「ふふふ、桃太郎？お前の力はそんなもの？」
「……いや、違う」
　桃太郎は静かに答え、にやりと笑う。
「確かにあんたは強い。俺一人で戦っていればそのうち負けるだろうね」
「じゃあ一体何を笑っているのかい？死にゆく恐怖におかしくなったかい？」
「それも違う」
　桃太郎がまた少し口の端を釣り上げるように笑った時だ。桃太郎を追い詰めたことに夢中で完全に背後の心配をしていなかった茨木童子の背後から鎖鎌の鎖が飛んできて茨木童子の右足に絡まった。
「……ぬ？」
　完全に意表をつかれた茨木童子。そして鎖鎌の先にいるのは無論抜け忍の雉である。
「どんなに力の強い人でも足元を取られると弱いんですよねー」
　そう言って雉は鎖鎌を思いっきり引っ張る。
　当然、これに茨木童子も体の平衡を失い、地面に手を付いた。
　桃太郎はすかさず、茨木童子に斬りかかり、茨木童子の右腕を切り落とした。
「ぐ、がぁ！」
　茨木童子は金棒を右腕に持っていたため、金棒も地面に落ちて乾いた音が当たりに響いた。
　すかさず逆の手で金棒を拾い上げようとする茨木童子の喉元に桃太郎は太刀の切っ先を向ける、と同時に茨木童子も流石に動きが止まった。
「勝負あり、だ。母上」
「……」
　勝負がついて未だ呆然とする茨木童子。だが、彼女にとって悪い知らせはまだあった。
「そちらも勝負あり、のようでございますな」
「こっちも終わったぜぇー」
　桃太郎の後ろから犬と猿が、散々に打ち叩かれたじいさまを引きずってやってきたのだ。
「あんた……」
「すまん、茨木……。勝てなかった」
「さて、では方々おとなしくお縄について奉行所まで来ていただこうか？」
　犬はさすが幕府の役人らしく慣れた口調で縄を持ち、茨木童子に近づいていく。意外と猿はそれを何も言わず、
「ったく仕方ねぇ。今回は手柄譲ってやるか」
　と言っている。犬が茨木童子の残っているの方の左腕に触れようとしたときだ。茨木童子が少し口の端を強く噛み締め、犬の方を睨みつける。
「誰が、誰が人間などに捕まるくらいなら……」
「い、犬吉さん危ないです！」
　すかさず雉が犬を引き戻そうとするが、その必要はなかった。茨木童子は素早く腰元の短刀を引き抜き、すかさず自分の首に当てがう。
「申し訳ありませぬ、酒呑童子様……。茨木、役目も果たせずあなたのもとに落ちてゆきます」
「や、やめ……！」
　桃太郎が止める暇もなかった。

　やがてあたりに鮮血が飛び散り、全員の視界が真っ赤に染まった。