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怪盗姫と黒ダイヤ~姫は復讐に濡れる~

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 十五穀米
目次

二章 幻の宝石

「冗談じゃないわ!」

 クラウディアは誰かに投げかけるわけでもないのに、ひとり声を荒げた。

「やっときたチャンスなのに……」

 唯一の味方である養父の賛同を得られなかったことにショックを受けているクラウディアは悔しそうに呟いた。

 声を荒げても、悔しそうに呟いても、それに反応してくれる同意者はいない。

「いいわ。わたしがひとりでやる。黒ダイヤを手に入れたら、さっさとここを出て故郷に戻ればいい」

 クラウディアには諦めるという考えはなかった。

 養父に反対されても、クラウディアはひとりでやる覚悟を決めた。

 持って帰れば養父の考えも変わるだろう。

 よくやったと誉めてくれるに違いない。



※※※



 黒ダイヤが公開された初日は、物珍しさを見に多くの集客があった。

 クラウディアはその人混みに紛れて下見を慣行、思いの外警備が手薄なことにややひっかかりは感じたものの、レイバラル大国にとっては厄介な物なのだからだろうとクラウディアは考えた。

 先々代の王のことが記憶にある高齢者はレイバラル大国に暗雲が立ちこめるのではないかと恐怖し、先々代を知らない若い人たちは言い伝え程度にしか知らない黒ダイヤを興味本位で見たいと日々賑わっていた。

 クラウディアが決行日と決めたのは、公開最終日前日の夜。

 残り一日ともなると、今まで問題がなかったことに安堵しさらに警備が手薄になる。

 そこを狙うことにした。

 日付が変わろうという深夜、国営美術館の周りは夜だというのに街灯があたりを照らし明るい。

 さらに美術館の周りはライトアップされ、館内もこうこうと明かりが灯っていた。

 ライトアップされた美術館は幻想的で、若者の間で瞬く間に注目され、今もなお幻想的な雰囲気を体験しようと人が集まっている。

 真夜中であっても美術館に近づこうという人がいるため、クラウディアが近寄って眺めていても不審者には見えない。

 数年前まではライトというものがなく、夜の外出は危険とされていた頃があった。

 ここ数十年でかなり発展をしている。

 しかし、王宮がある都市を少し離れれば、まだライトが普及しきれず、ランプの明かりに頼る生活を強いられている人々も少なくない。



「思っていた以上に簡単だったわ」

 クラウディアは警備兵が交代する隙間をぬって館内に侵入。

 足音を忍ばせ、目的の場所まで脳内シミュレーション通りに事が進む。

 目的の場所の扉の前でひと呼吸、そっと扉を開け、その先に置かれている黒ダイヤを見据えた。

「あった……」

 頭から被った黒い布で目元以外を隠す。

 手には何かあった時のために使う、先にしびれ薬を塗った針を忍ばせ、そっと目的の元へと足を進めた。

 そっと手が伸び、あと少しで黒ダイヤを手中におさめることができる、その時だった。



「やっと会えたな、怪盗」

 背後から聞き覚えのない声がし、クラウディアが振り向くよりも早く背後からのひと突きに顔を隠していた布が取り払われてしまう。

 踊るように露わになった金色の髪、そして振り返ったクラウディアの顔を見た相手は、

「……女、だと?」

 怪盗が女とは微塵も思っていなかったのだろう、驚きで判断が鈍る。

 クラウディアは気配を感じ取れなかった失態をここで挽回する。

 集中力が欠けた相手の懐に飛び込み、手の忍ばせていた針を喉に突き立てようと殺気という感情を表に出した。

 すると殺気を向けられた相手は瞬時にクラウディアの腕を掴みねじ伏せる。

 その動きは訓練された先鋭の軍人とほぼ代わりはない。

 クラウディアはその時、殺されると悟った。

 だが……

「女であったのは計算外だが、いい動きをしているな。安心しろ。おまえを殺すつもりはない」

 と、自分には殺意や敵意はないことをいう。

 しかし、そういいながらもねじ伏せた力を緩めようとはしなかった。

「だが、おまえには俺の協力者になってもらう。それが捕らえないための交換条件だ。ちなみに、おまえに拒否権はない。断れば、明朝、民衆の前で公開処刑だ。おまえの家族、血縁者、すべて一斉にな」

 拒否権を与えず相手を一方的に屈服させるには、対象の者をいたぶるよりも大切な人を犠牲にすると言った方が早い。

 ほとんどの者は、誰かを犠牲にしてまで逃れたいとは思わない。

 それが肉親であればなおさらだ。

 それはクラウディアにとっても同じ事だった。

 行方しれずになっている両親の代わりに、縁もゆかりもない自分を育ててくれた養父を犠牲にしてまで生き延びようとは思わない。

 志半ばで終わってしまうのは残念だが、そもそもは諦めるように進言した養父の言葉に背いて決行したクラウディア本人の落ち度である。

 おめおめと命乞いなどできるはずがなかった。

「マニュアル通りの脅し文句ね。あなた、新人の軍人? これで手柄をたてたいってところなんでしょう? いいわ、協力してあげる。でも、わたしだってここで引き下がるわけにはいかない。あなたが手柄をたてた功績で得られる特権のひとつをわたしにちょうだい」

「こんな状況の中で交渉してくるとは、随分と肝の据わった女だな。よけいに気に入った。いいだろう、ひとつだけおまえの願いを聞き入れてやる。てことで、交渉成立だな。その物騒な針を手放してくれたら、俺もおまえの腕を解放してやる。少しでも変な素振りを見せたら、女であろうと容赦はしない。この腕をへし折って、二度と愚かな抵抗ができないようにしてやる」

 男が女の抵抗を削ぐことは簡単にできる。

 さらに抵抗心を持たないようにするには、二度とされたくはないことをしてしまえばいい。

 たとえば性的な暴力とか……

 クラウディアは最悪なこの行為がよぎり、完全に敗北を痛感した。

 しびれ薬を塗った針を手から床に落とす。

 それを確認した男は、簡単に奪え返されないよう、遠くへと足で蹴った。

「じゃあ、場所を変えようか」

「え?」

 針を手放すと男はすぐにクラウディアの腕を解放し、さらに手を差し伸べ、女性をエスコートするかのように場所移動を提案してきたのだった。
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