王子さまはお家騒動から逃げ出したい
ろうそくの明かりがゆらゆらと室内を照らす。暗い廊下側だからだろうか。ナリウスが浮き上がっているように見えた。ナリウスはしっとり艶々した髪に、薄く赤い紅を差した唇が魅惑的だ。そういえばノアがナイトウェアは充実していると言っていたか。瞳のいろとよく合う赤色が、ろうそくの明かりに照らされている。さらにさわり心地が良さそうなシルクの生地が、ユラユラと揺れ、こっちにこいと誘惑しているようだ。
「あの、なかに入っても?」
いつまでも室内へ招かないラインバルトに、か細い声でおずおずと訪ねる仕草が奥ゆかしい。ナリウスには申し訳ないが、部屋中を探検家気分で覗き見していたさっきまでの余裕はどこにいったのだろう。
「……っぁ。あぁ」
愛らしいナリウスの様子に、声がうわずってうまくでない。それにひきかえナリウスの方は、扉を閉めたとたん、恥ずかしそうにいそいそとなかに入ってきた態度が一変した。手に持った小瓶をいちべつしたあと、ナリウスらしくないニヤリと凶悪な顔で睨んでくる。
「寝所へ誘うだけはあるな。もう、学習済なのか?ご丁寧に小瓶を温めてくれるとは。痛み入る」
ぞんざいな態度と物言いに、訳もわからず、いらっとさせられる。でも。
「小瓶を温める?あぁ。これか。寝台に置いてあったのだ。今まで見たことがなかったから、珍しくてな。手に取ったところに呼び鈴がなったのだ」
「なるほど、な。私のために小瓶を温めて下さったのでは、ないのですね」
柔らかな物言いにドキリとするが、小瓶がなんだと言うのだろう。トゲトゲしく、言われる筋合いなどない。
「あぁ。まぁ。あなたが使うのがベストかもしれませんし、ね」
今まで、クスリと笑うナリウスの横顔を、こんなに間近にみたことなどなかった。今思えば、ナリウスはいつだって少しはなれた位置か、真後ろで顔をじっくりみることなどない。
「……だから、なんなのだ」
ナリウスの横顔に見とれてしまった自分が恥ずかしくて、話の矛先である小瓶に悪態をつく。
「だいたい、このかたちでこれ見よがしに、キラキラしていたら気になるではないか」
さらに言葉を重ねようとしたとき、ふっと明かりを消す音がした。今まで執務室と同じ気分で呑気に話し込んでいたハズだが、ガラリと雰囲気が変わる。
「ムードが大事だと習いませんでした?いつまで小瓶の話をするんです?」
ナリウスの声が、いつもの彼の声とは違い、どこか甘く響くようにしっとり濡れていた。
ラインバルト?重ねるように小さく囁く声までも、執拗なまでになまめかしい。しかし、もう一度名前を呼ぶナリウスの声が、幼子をなだめるような柔らかな落ち着いた声になっていることに気がついた。そっと背中を撫でて、髪をすいてくる。時々、肩や胸へ指が、当たるのが、気になるがなんだか落ち着く。緊張しすぎて握りしめていた小瓶をナリウスはそっと受け取ったあと、ラインバルトに耳打ちをした。
「あなた小瓶の使い方を、知りたいのですか?残念ながら私は泣いてもやめてあげられませんよ?」
いつの間にか、太ももを撫でるナリウスの手付きが、ゆっくり形わなぞるような緩慢な動きをし始める。所々、イタズラにカリッと爪で引っ掻くのが、気持ちいい。
「ぁあ」
ナリウスの指が時おり、イタズラを仕掛ける子どもみたいにからかうように、中心部にスルリと触れたような気もする。だが、今までだってさんざんナリウスから、マッサージを受けてきた身だ。ナリウスが仕掛けるイタズラ程度でうろたえてしまっては、またナリウスに、からかわれるに決まっている。
「まぁ、既成事実を作るためにはそれなりのね。目に見える証拠も必要なんですよ」
深く深く、意味深なことを言う、ナリウスになんと答えようかと考えていたところまでは覚えている。でも、記憶はここまでしかない。
ノアが、朝チュンはないから気を付けろと言っていたことを思い出す。さすがの自分だって、朝チュンは知っている。小説に出てくる恋人同士の展開だ。どんなことが起きたのか、さっぱりわからないものの、いつだって男性は腕枕していて女性は恥ずかしそうに頬を染めいる。小説の中で女性は体のだるさを胸にひめていた。そして、毎回「至福のとき」だと喜びに満ちていたようだ。そして、ただひたすらこのまま永遠のときを過ごしたいと懇願していたことは覚えている。だか、しょせん小説の中の出来事だ。どんなに注意深く読んで見ても、二人の間に何が起こったのかまではわからない。
朝はどんなときでも、容赦なくやってくる。曖昧な記憶の中でナリウスに何か懇願したことは覚えているが詳細はわからない。泥のように重たい感覚だけが体を支配していた。
「ナリウス」
目が覚め、あたりに誰もいないということだけはわかった。名前を呼んでみたが、返事はない。かすれた自分の声にゾッとしたものの、強い痛みはないようだ。薬師に頼んで、一晩眠れば回復するだろう。キョロキョロと辺りをみまわしたものの、ナリウスの姿は見えない。枕元に美しい文字で書かれた置き手紙があっただけだった。
【つづく】
「あの、なかに入っても?」
いつまでも室内へ招かないラインバルトに、か細い声でおずおずと訪ねる仕草が奥ゆかしい。ナリウスには申し訳ないが、部屋中を探検家気分で覗き見していたさっきまでの余裕はどこにいったのだろう。
「……っぁ。あぁ」
愛らしいナリウスの様子に、声がうわずってうまくでない。それにひきかえナリウスの方は、扉を閉めたとたん、恥ずかしそうにいそいそとなかに入ってきた態度が一変した。手に持った小瓶をいちべつしたあと、ナリウスらしくないニヤリと凶悪な顔で睨んでくる。
「寝所へ誘うだけはあるな。もう、学習済なのか?ご丁寧に小瓶を温めてくれるとは。痛み入る」
ぞんざいな態度と物言いに、訳もわからず、いらっとさせられる。でも。
「小瓶を温める?あぁ。これか。寝台に置いてあったのだ。今まで見たことがなかったから、珍しくてな。手に取ったところに呼び鈴がなったのだ」
「なるほど、な。私のために小瓶を温めて下さったのでは、ないのですね」
柔らかな物言いにドキリとするが、小瓶がなんだと言うのだろう。トゲトゲしく、言われる筋合いなどない。
「あぁ。まぁ。あなたが使うのがベストかもしれませんし、ね」
今まで、クスリと笑うナリウスの横顔を、こんなに間近にみたことなどなかった。今思えば、ナリウスはいつだって少しはなれた位置か、真後ろで顔をじっくりみることなどない。
「……だから、なんなのだ」
ナリウスの横顔に見とれてしまった自分が恥ずかしくて、話の矛先である小瓶に悪態をつく。
「だいたい、このかたちでこれ見よがしに、キラキラしていたら気になるではないか」
さらに言葉を重ねようとしたとき、ふっと明かりを消す音がした。今まで執務室と同じ気分で呑気に話し込んでいたハズだが、ガラリと雰囲気が変わる。
「ムードが大事だと習いませんでした?いつまで小瓶の話をするんです?」
ナリウスの声が、いつもの彼の声とは違い、どこか甘く響くようにしっとり濡れていた。
ラインバルト?重ねるように小さく囁く声までも、執拗なまでになまめかしい。しかし、もう一度名前を呼ぶナリウスの声が、幼子をなだめるような柔らかな落ち着いた声になっていることに気がついた。そっと背中を撫でて、髪をすいてくる。時々、肩や胸へ指が、当たるのが、気になるがなんだか落ち着く。緊張しすぎて握りしめていた小瓶をナリウスはそっと受け取ったあと、ラインバルトに耳打ちをした。
「あなた小瓶の使い方を、知りたいのですか?残念ながら私は泣いてもやめてあげられませんよ?」
いつの間にか、太ももを撫でるナリウスの手付きが、ゆっくり形わなぞるような緩慢な動きをし始める。所々、イタズラにカリッと爪で引っ掻くのが、気持ちいい。
「ぁあ」
ナリウスの指が時おり、イタズラを仕掛ける子どもみたいにからかうように、中心部にスルリと触れたような気もする。だが、今までだってさんざんナリウスから、マッサージを受けてきた身だ。ナリウスが仕掛けるイタズラ程度でうろたえてしまっては、またナリウスに、からかわれるに決まっている。
「まぁ、既成事実を作るためにはそれなりのね。目に見える証拠も必要なんですよ」
深く深く、意味深なことを言う、ナリウスになんと答えようかと考えていたところまでは覚えている。でも、記憶はここまでしかない。
ノアが、朝チュンはないから気を付けろと言っていたことを思い出す。さすがの自分だって、朝チュンは知っている。小説に出てくる恋人同士の展開だ。どんなことが起きたのか、さっぱりわからないものの、いつだって男性は腕枕していて女性は恥ずかしそうに頬を染めいる。小説の中で女性は体のだるさを胸にひめていた。そして、毎回「至福のとき」だと喜びに満ちていたようだ。そして、ただひたすらこのまま永遠のときを過ごしたいと懇願していたことは覚えている。だか、しょせん小説の中の出来事だ。どんなに注意深く読んで見ても、二人の間に何が起こったのかまではわからない。
朝はどんなときでも、容赦なくやってくる。曖昧な記憶の中でナリウスに何か懇願したことは覚えているが詳細はわからない。泥のように重たい感覚だけが体を支配していた。
「ナリウス」
目が覚め、あたりに誰もいないということだけはわかった。名前を呼んでみたが、返事はない。かすれた自分の声にゾッとしたものの、強い痛みはないようだ。薬師に頼んで、一晩眠れば回復するだろう。キョロキョロと辺りをみまわしたものの、ナリウスの姿は見えない。枕元に美しい文字で書かれた置き手紙があっただけだった。
【つづく】
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