1話 ロベリアの成長
僕は、いつから悪党になったのだろうか。
都市学校でいじめられ始めたころだろうか。
父が死んだという知らせを聞いてからだろうか。
口論の絶えない家庭を抜け出してからだろうか。
神父のつまらない説教を聞かされていたころからだろうか。
それとも、生まれつきなのだろうか。
僕は、スマル村という霧に包まれた小さな村で生まれ育った。
父は何でも自分の思った通りにならなければ気が済まない性分で、毎日僕や母を怒鳴り散らしていた。
一方で母は、父よりも賢く利他的な女性ではあったが、癇癪を上げている父に対して嫌味を言って激しく煽り立てるような皮肉屋でもあった。
そして、二人の親は僕にこう言いつけるのである。
「お母さん/お父さんのようになってはいけないよ」
あまりの心苦しさに神経症を発症してしまった僕が心のよりどころにしたのは、近所の教会だった。
教会ではいつも正しいことを穏やかに教えてくれる。
ときに穏やかすぎて退屈なときもあったが、家にいるときよりも断然心を休められる空間だった。
親友のジョルノ・フェッドと出会ったのも、この教会である。
フェッドは笑顔の絶えない眼鏡の少年で、毎日のように僕とかけっこをしたり歌ったりして遊んでいた。
まさに、竹馬の友と呼べるような存在だった。
そして、足しげく教会に通う僕を温かく受け入れてくれたのがスパイド・リスター神父だ。
リスター神父は僕を実の子どものように育ててくれた。
読み書きや簡単な計算などを教えてくれたのも、リスター神父。
僕とフェッドに都市学校に通うことを勧めたのもリスター神父だった。
十七歳になり、僕が都市ベッグの都市学校に通うことを決めると両親は猛反対した。
「俺を裏切るのか!」
「私を見捨てるの!?」
両親はスマル村を出ようとする僕を口々に罵った。
僕が都市ベッグに行くことを決めた理由は二つあった。
一つは都市学校に通って社会学の教師になるため。
もう一つは、愛のない腐った家庭から脱するためである。
だから僕は、スマル村を出るときにこう言ったのだ。
「いる意味のない家庭なんざもううんざりだ。エゴイストたちは孤独に苦しみながら死んでしまえばいい!」
そうして僕は都市ベッグにやってきたが、そこもスマル村の家と同等の悪環境だった。
迷路のような住宅街に借りたホコリだらけのボロ部屋。
スマル村よりも悪臭のする淀んだ濃霧。
そして、理不尽に僕を標的にしたいじめっ子――ケリー・ダビル筆頭の一味。
僕はこいつらのせいで神経症を悪化させてしまった。
講義中に紙クズなどを投げられたり、現金や本を奪われたり、理由のない暴力を受けることもあった。
そんな最悪な都市ベッグでの生活にも、希望と呼べるものはあった。
ある日、都市学校から帰宅しているとダビルたちに遭遇した。
彼らは僕の帰路を完全に封鎖し、ある一人の女の子をナンパしていたのである。
その子の名はティノ・カルネヴァル。
あまり目立つ子ではなかったが、端正な顔立ちの礼儀正しい子だった。
この日はちょうど神経症症状が高じており、いつもより神経質になっていた。
そんな僕は足元にあった小さな石ころを拾い上げると、ダビルに向かって思いっきり投げつけた。
石は見事にいじめっ子の頭部に直撃し、彼の鋭い眼球がこちらを向いた。
結果的に僕はダビルたちにタコ殴りにされ、彼らはそれに満足して去って行った。
僕はダビルたちに盾突いたことを後悔しながら帰ろうとすると、彼らにちょっかいを出されていたカルネヴァルに呼び止められた。
「どうして自分を犠牲にしてまで助けてくれたんですか……」
早く帰りたいと思っていた上に、彼女の存在を既に忘れかけていた僕はこう言った。
「イライラしていただけだ。あんたのためなんかじゃない」
それからカルネヴァルは僕によく付きまとうようになった。
講義を受けるときも、図書館で調べものをするときも、息抜きに都市公園を散歩しているときでさえも、彼女は僕のそばを付いて離れなかった。
食堂で食事をとっているとき、カルネヴァルになぜ自分についてくるのかを尋ねた。
すると、彼女はこう答えたのである。
「あなたは苦しいことに耐えながらも、正しいものを追い求めているように感じられる。だからあなたのために何かをしたいと思った。その何かをするために、私はそばにいるの」
「余計なお世話だ」と僕は返した。
しかし、なぜか悪い気はしなかった。
むしろ妙な安心感さえあった気がする。
フェッドやリスター神父のような優しさがカルネヴァルから感じられたからかもしれない。
その後も彼女は僕に付きまとい、次第に僕も抵抗がなくなっていった。
彼女とは良き友人となり、一緒に勉強をしたり話をしたりするようになっていった。
それから、神経症症状も徐々に和らいでいき、都市ベッグでの生活も悪くないと思えるようになっていった。
――それなのに、なぜだ?
決して不幸せではないはずなのに。
そのような衝動を感じたこともないのに。
どうして――
――僕は人を殺してしまったのだ?
都市学校でいじめられ始めたころだろうか。
父が死んだという知らせを聞いてからだろうか。
口論の絶えない家庭を抜け出してからだろうか。
神父のつまらない説教を聞かされていたころからだろうか。
それとも、生まれつきなのだろうか。
僕は、スマル村という霧に包まれた小さな村で生まれ育った。
父は何でも自分の思った通りにならなければ気が済まない性分で、毎日僕や母を怒鳴り散らしていた。
一方で母は、父よりも賢く利他的な女性ではあったが、癇癪を上げている父に対して嫌味を言って激しく煽り立てるような皮肉屋でもあった。
そして、二人の親は僕にこう言いつけるのである。
「お母さん/お父さんのようになってはいけないよ」
あまりの心苦しさに神経症を発症してしまった僕が心のよりどころにしたのは、近所の教会だった。
教会ではいつも正しいことを穏やかに教えてくれる。
ときに穏やかすぎて退屈なときもあったが、家にいるときよりも断然心を休められる空間だった。
親友のジョルノ・フェッドと出会ったのも、この教会である。
フェッドは笑顔の絶えない眼鏡の少年で、毎日のように僕とかけっこをしたり歌ったりして遊んでいた。
まさに、竹馬の友と呼べるような存在だった。
そして、足しげく教会に通う僕を温かく受け入れてくれたのがスパイド・リスター神父だ。
リスター神父は僕を実の子どものように育ててくれた。
読み書きや簡単な計算などを教えてくれたのも、リスター神父。
僕とフェッドに都市学校に通うことを勧めたのもリスター神父だった。
十七歳になり、僕が都市ベッグの都市学校に通うことを決めると両親は猛反対した。
「俺を裏切るのか!」
「私を見捨てるの!?」
両親はスマル村を出ようとする僕を口々に罵った。
僕が都市ベッグに行くことを決めた理由は二つあった。
一つは都市学校に通って社会学の教師になるため。
もう一つは、愛のない腐った家庭から脱するためである。
だから僕は、スマル村を出るときにこう言ったのだ。
「いる意味のない家庭なんざもううんざりだ。エゴイストたちは孤独に苦しみながら死んでしまえばいい!」
そうして僕は都市ベッグにやってきたが、そこもスマル村の家と同等の悪環境だった。
迷路のような住宅街に借りたホコリだらけのボロ部屋。
スマル村よりも悪臭のする淀んだ濃霧。
そして、理不尽に僕を標的にしたいじめっ子――ケリー・ダビル筆頭の一味。
僕はこいつらのせいで神経症を悪化させてしまった。
講義中に紙クズなどを投げられたり、現金や本を奪われたり、理由のない暴力を受けることもあった。
そんな最悪な都市ベッグでの生活にも、希望と呼べるものはあった。
ある日、都市学校から帰宅しているとダビルたちに遭遇した。
彼らは僕の帰路を完全に封鎖し、ある一人の女の子をナンパしていたのである。
その子の名はティノ・カルネヴァル。
あまり目立つ子ではなかったが、端正な顔立ちの礼儀正しい子だった。
この日はちょうど神経症症状が高じており、いつもより神経質になっていた。
そんな僕は足元にあった小さな石ころを拾い上げると、ダビルに向かって思いっきり投げつけた。
石は見事にいじめっ子の頭部に直撃し、彼の鋭い眼球がこちらを向いた。
結果的に僕はダビルたちにタコ殴りにされ、彼らはそれに満足して去って行った。
僕はダビルたちに盾突いたことを後悔しながら帰ろうとすると、彼らにちょっかいを出されていたカルネヴァルに呼び止められた。
「どうして自分を犠牲にしてまで助けてくれたんですか……」
早く帰りたいと思っていた上に、彼女の存在を既に忘れかけていた僕はこう言った。
「イライラしていただけだ。あんたのためなんかじゃない」
それからカルネヴァルは僕によく付きまとうようになった。
講義を受けるときも、図書館で調べものをするときも、息抜きに都市公園を散歩しているときでさえも、彼女は僕のそばを付いて離れなかった。
食堂で食事をとっているとき、カルネヴァルになぜ自分についてくるのかを尋ねた。
すると、彼女はこう答えたのである。
「あなたは苦しいことに耐えながらも、正しいものを追い求めているように感じられる。だからあなたのために何かをしたいと思った。その何かをするために、私はそばにいるの」
「余計なお世話だ」と僕は返した。
しかし、なぜか悪い気はしなかった。
むしろ妙な安心感さえあった気がする。
フェッドやリスター神父のような優しさがカルネヴァルから感じられたからかもしれない。
その後も彼女は僕に付きまとい、次第に僕も抵抗がなくなっていった。
彼女とは良き友人となり、一緒に勉強をしたり話をしたりするようになっていった。
それから、神経症症状も徐々に和らいでいき、都市ベッグでの生活も悪くないと思えるようになっていった。
――それなのに、なぜだ?
決して不幸せではないはずなのに。
そのような衝動を感じたこともないのに。
どうして――
――僕は人を殺してしまったのだ?
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