ライザとシャール
シャールが危ない!
だが、ここで蔦をどうにかできればシャールへの危機は脱したともいえる。
ここでやる、ぜったいにやる!
ハンクは静かに息を吐き、蔦の動きを観察した。
その様子を兵士が見る。
力や経験の差はあれど、それなりの訓練などをしていれば、軍人として、戦う者としての思いのようなものは察したり汲んだりすることはできる。
「あの、ヘンリエット曹長……」
背後から掠れるような声が聞こえ、ハンクはわずかにだけ意識をそちらに向けた。
「気をつけてください。敵は蔦ではありません……ば、化け物はほかに、ほかにいます!」
兵士の告白にハンクは構えを解いた。
振り返り問う「どういうことだ?」と。
「つ、蔦だけではこちらを攻撃してきません。指示を出す者がいます……彼らはその化け物を知っているようでした。無事だったんだな……そう声をかけた直後、その化け物はおまえらもな……と言って攻撃したんです。蔦の先端が大きく裂け、まるで巨大な口のようになり、ひとりの隊員の上半身を噛み切りました。そして……うっ、うえっ……」
兵士はたまらず嘔吐してしまう。
ハンクは兵士に「わかった、もういい。俺の問いに頷くか首を横に振るかだけしてくれ」と言い、確認するように問いかけた。
「おまえの言う化け物はあいつらの顔見知りだったんだな?」
兵士が頷く。
「おまえは見知っているのか?」
横に振る。
「親しい感じか? それとも敬意を示すような感じか? 前者なら頷き、後者なら横だ」
兵士は頷く。
「少佐か?」
隊長に部下が敬意を示すのは当然ではあるが、クロードの隊は軍隊の中では珍しくフレンドリーな隊だ。
ハンクが擬神兵をまとめていたときと似ている部分がある。
部下ではなく仲間としてつきあっていたのなら、咄嗟に親しく安否の確認をした可能性がある。
だが、兵士は首を横に振った。
「自分は詳しく知りませんが、不明になっている隊員のひとりではないでしょうか?」
兵士の見解が正しければ、仮説のひとつが当たっていることになる。
疑惑でしかなかったことが疑いの余地なしに変わっていく。
だとするならば、報告は早い方がいい。
「おまえ、走れるか?」
「……走ります」
「そうか。俺が援護する。とにかく走って軍曹に報告だ。そしてもし余力があるのなら、ライザ少尉とシャールに後退するように伝えてくれ」
兵士は腰を屈めたまま敬礼をした。
蔦は指示する者がいなければ攻撃をしてこない。
昨晩はやたらと攻撃されていた。
近くに指示を出す者がいたということだ。
クロードとともに外の作業をしていた、不明隊員のひとり……マックス(仮名)。
クロードを守る素振りをしながら攻撃の指示を出していた……ということだろう。
だが解せないこともある。
クロードが目的ならもっと効率よくできただろう。
こんな手間のかかるようなことをする必要もない。
となればやはり乗客のだれかが標的になっていたことになる。
ハンクは兵士を小脇に抱え、車内の出口ギリギリに立った。
それから兵士を外に放り投げ、そして後方に発光弾を放る。
ピカッ! と光り、蔦の動きが一瞬止まる。
その隙に可能な限りの蔦の先を切り落とし、そして粉砕した。
※※※
放り出された兵士は上手く受け身をとれず、前進に打ち身の痛みが走った。
少し足を捻ったのだろうか、踏み出す度に痛みが広がっていく。
それでも兵士は走った。
振り向かず、ただひたすら陣営している場所を目指して……
救いは霧がないこと。
ただそれでも夜の荒れ地は暗く、走っている方向が正しいのかがわからない。
そこで非常用のランプを背負っていた荷物の中から取りだし、前方に向け暗号を送った。
気付いてくれれば向こうからも人が来てくれる。
自分が這うように向かうよりは、ケガをしていない兵士が往復した方が時間の短縮になると考えたからだった。
※※※
悲鳴が聞こえなくなった頃、客室の車両に残ったライザとシャールは……
「悲鳴、聞こえなくなりましたね」とシャール。
「そうね。上手く対処できた……ということかしら?」とライザ。
そしてふたりは無言になり目を合わせる。
互いの様子から同じことを考えていると感じた。
「あの……」
と、ふたりの声が重なる。
「すみません、ライザさんからどうぞ」
シャールが譲ると、ライザはありがとうと言ってから、考えていることを言葉にした。
「事なき終えたのなら、ハンクからなにかアクションがあるはずよね?」
「はい。私もそう思います」
「なにもないっていうことは、なにかあったってことよね?」
「……だと思います」
「こういう場合……」
ライザはここまで言って言葉を飲み込んだ。
シャールが軍人ならこの場合の対処としては……という話が通る。
しかしシャールは軍人ではない。
協力はしてくれているが、それはハンクという護衛がいるから成り立つのだ。
この場合、ライザの任務はシャールを無事に陣営地まで後退させること。
おそらく、その判断は間違っていないし、なぜ現場から離脱したのかと責められることもない。
だが、ここで蔦をどうにかできればシャールへの危機は脱したともいえる。
ここでやる、ぜったいにやる!
ハンクは静かに息を吐き、蔦の動きを観察した。
その様子を兵士が見る。
力や経験の差はあれど、それなりの訓練などをしていれば、軍人として、戦う者としての思いのようなものは察したり汲んだりすることはできる。
「あの、ヘンリエット曹長……」
背後から掠れるような声が聞こえ、ハンクはわずかにだけ意識をそちらに向けた。
「気をつけてください。敵は蔦ではありません……ば、化け物はほかに、ほかにいます!」
兵士の告白にハンクは構えを解いた。
振り返り問う「どういうことだ?」と。
「つ、蔦だけではこちらを攻撃してきません。指示を出す者がいます……彼らはその化け物を知っているようでした。無事だったんだな……そう声をかけた直後、その化け物はおまえらもな……と言って攻撃したんです。蔦の先端が大きく裂け、まるで巨大な口のようになり、ひとりの隊員の上半身を噛み切りました。そして……うっ、うえっ……」
兵士はたまらず嘔吐してしまう。
ハンクは兵士に「わかった、もういい。俺の問いに頷くか首を横に振るかだけしてくれ」と言い、確認するように問いかけた。
「おまえの言う化け物はあいつらの顔見知りだったんだな?」
兵士が頷く。
「おまえは見知っているのか?」
横に振る。
「親しい感じか? それとも敬意を示すような感じか? 前者なら頷き、後者なら横だ」
兵士は頷く。
「少佐か?」
隊長に部下が敬意を示すのは当然ではあるが、クロードの隊は軍隊の中では珍しくフレンドリーな隊だ。
ハンクが擬神兵をまとめていたときと似ている部分がある。
部下ではなく仲間としてつきあっていたのなら、咄嗟に親しく安否の確認をした可能性がある。
だが、兵士は首を横に振った。
「自分は詳しく知りませんが、不明になっている隊員のひとりではないでしょうか?」
兵士の見解が正しければ、仮説のひとつが当たっていることになる。
疑惑でしかなかったことが疑いの余地なしに変わっていく。
だとするならば、報告は早い方がいい。
「おまえ、走れるか?」
「……走ります」
「そうか。俺が援護する。とにかく走って軍曹に報告だ。そしてもし余力があるのなら、ライザ少尉とシャールに後退するように伝えてくれ」
兵士は腰を屈めたまま敬礼をした。
蔦は指示する者がいなければ攻撃をしてこない。
昨晩はやたらと攻撃されていた。
近くに指示を出す者がいたということだ。
クロードとともに外の作業をしていた、不明隊員のひとり……マックス(仮名)。
クロードを守る素振りをしながら攻撃の指示を出していた……ということだろう。
だが解せないこともある。
クロードが目的ならもっと効率よくできただろう。
こんな手間のかかるようなことをする必要もない。
となればやはり乗客のだれかが標的になっていたことになる。
ハンクは兵士を小脇に抱え、車内の出口ギリギリに立った。
それから兵士を外に放り投げ、そして後方に発光弾を放る。
ピカッ! と光り、蔦の動きが一瞬止まる。
その隙に可能な限りの蔦の先を切り落とし、そして粉砕した。
※※※
放り出された兵士は上手く受け身をとれず、前進に打ち身の痛みが走った。
少し足を捻ったのだろうか、踏み出す度に痛みが広がっていく。
それでも兵士は走った。
振り向かず、ただひたすら陣営している場所を目指して……
救いは霧がないこと。
ただそれでも夜の荒れ地は暗く、走っている方向が正しいのかがわからない。
そこで非常用のランプを背負っていた荷物の中から取りだし、前方に向け暗号を送った。
気付いてくれれば向こうからも人が来てくれる。
自分が這うように向かうよりは、ケガをしていない兵士が往復した方が時間の短縮になると考えたからだった。
※※※
悲鳴が聞こえなくなった頃、客室の車両に残ったライザとシャールは……
「悲鳴、聞こえなくなりましたね」とシャール。
「そうね。上手く対処できた……ということかしら?」とライザ。
そしてふたりは無言になり目を合わせる。
互いの様子から同じことを考えていると感じた。
「あの……」
と、ふたりの声が重なる。
「すみません、ライザさんからどうぞ」
シャールが譲ると、ライザはありがとうと言ってから、考えていることを言葉にした。
「事なき終えたのなら、ハンクからなにかアクションがあるはずよね?」
「はい。私もそう思います」
「なにもないっていうことは、なにかあったってことよね?」
「……だと思います」
「こういう場合……」
ライザはここまで言って言葉を飲み込んだ。
シャールが軍人ならこの場合の対処としては……という話が通る。
しかしシャールは軍人ではない。
協力はしてくれているが、それはハンクという護衛がいるから成り立つのだ。
この場合、ライザの任務はシャールを無事に陣営地まで後退させること。
おそらく、その判断は間違っていないし、なぜ現場から離脱したのかと責められることもない。
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