あずきの初仕事
【あずさ 23歳 喫茶店店員】
そう表示された新人アダルトライブチャット嬢の情報を見た僕は、夜毎夢に出てくる潜入先の女性を思い浮かべずにはいられなかった。
しかし、漫画みたいな二度見をした後で目を擦って見直してみると、表示された名前は【あずさ】ではなく【あずき】だった。びっくりした、【あずきちゃん】ね。しかし、23歳喫茶店店員て。待機中は顔にモザイクがかかっており判別できないが、身体のシルエットも髪の長さも梓さんによく似ているな…。
そう思った時、包帯を巻いた三毛猫がカメラを横切った。先日梓さんがポアロに連れてきた大尉の包帯とまったく同じだった。
間違いない、この子は梓さんだ。クソッ、ここでどういうことするのかわかってんのか。【のぞき中 3人】の文字に慌てて2ショット状態にした。
『あ…、えっと、はじめまして。あずきです。お名前教えてもらえますか?』
モザイクがとれたその顔はやはり梓さんだった。少しがっかりした気持ちで文字を打ち込んでいく。
[レイです。あずきちゃん、2ショットするのは僕が初めてですか?]
『はい、そうです』
よかった。ひとまず他の男に梓さんの顔は見られていないということだ。
[どうしてこの仕事を始めたんですか?]
『今月ちょっと出費が重なってしまって。マンションの更新とか、友達の結婚式とか、大尉、あっ飼い猫なんですけど、大尉のケガの治療費とか。それでお恥ずかしながら…お金に少し困ってまして。でも本業もフルで入っているのでなかなかアルバイトのかけもちも難しくて。在宅でできるこのお仕事ならいけるかなと』
そういう事か。金なら貸すから、なんなら僕が養うからこの仕事はやめてくれ。だが断られるのは目に見えている。
[いくら必要なんですか?]
『えっ?うーん、次のお給料日まで過ごせればとりあえず問題ないので…えーっと…7万円くらいあればどうにかなるかと』
[わかりました。僕が1週間程度で稼がせますから、こちらが指定した日の指定した時間にだけログインしてください。万が一他の男から2ショットの要請があっても絶対に応じないでください。]
『え…?は、はい…、わたしとしては、それはとてもありがたいのですが…、どうしてですか?』
[あずきちゃんは、ここでどういう事を求められるのかわかってるんですか?]
『はい、なんとなくは…。生きていかなければならないので、背に腹は代えられないかと思いまして!』
妙なところで肝が据わってるから困る。
[潔いのは結構ですが、少々危機感が足りませんね。そのまま顔出ししたり、大尉を映したり、プロフィールに本当の職業を載せたりして。普通こういうのは身バレを防ぐために変装したり、プロフィールにはフェイクを混ぜて書くものなんですよ。どこで誰が見ているかわからないんですから。喫茶店の常連客がこのサイトであなたを見つけるかもしれない。そうしたら普段の平和な生活が失われる可能性があるってこと、わからないんですか?]
梓さんの顔がさぁっと青ざめた。
『そうですよね…。わたし、そこまできちんと考えてなかったです…』
[キツい書き方になってしまってすみません。でも本当に危ない輩がたくさんいるんです。だから先ほどのお願いをきいてもらえませんか?もちろん僕はあずきちゃんにいかがわしい要求をするつもりはありませんから。]
『…はい。わかりました!ありがとうございます』
少し考えたような様子の後で、梓さんはカメラに向かってにっこりと安堵の表情を向けてくれた。
まぁ、このサイトに登録している僕が言ったところで説得力ゼロなんだが。そこに気づかないあたり、やはりこの子は危なっかしい。だが先ほどの提案は梓さんにとっても悪くないはずだし、ひとまず呑んでくれて安心した。
*
小さな頃から運は良いほうだし、周りの人にも恵まれてきた。でも今回は特にラッキーだったと思う。
【在宅ワーク 完全自由出勤制 20代女性活躍中】の文字に釣られて、あまり深く考えずに始めたこのアルバイト。確かにわたしはインターネットで顔や個人情報を晒す危険性についてあまりにも不勉強だった。
最初のお客さんがレイさんで本当によかった。もちろんこのサイトを使っている時点で「そういう要求しない」なんて、説得力はゼロなんだけれど。正直、どのツラさげて言ってんだろうって、つい笑っちゃった!
でも、ディスプレイに映る文字からは隠しきれない温かさがにじみ出ていた。わたしにとっては、説得力よりもその温かさのほうが大事なことのように思えた。頭の良い誰か、例えば安室さんあたりにそんなこと言ったら、お得意のドヤ顔で笑われちゃうかもしれない。だけど、こういう感覚だけは外さない自信がある。だからわたしはレイさんを信じることにした。
そして思ったとおり、レイさんはとても紳士的だった。レイさんとチャットを始めて数日経つけど、毎回楽しくおしゃべりするだけ。ポアロでのこととか、大尉のこととか、わたしの家族や友達のこととか。服装だっていつもどおり部屋着で過ごしているし、アダルトチャットなのにいやらしいことは何も要求されなかった。
レイさんは博識でいろんなことを教えてくれる割に、自分のことをあまり話さない。でもチャットしながらいつもコーヒーを飲んでいるみたいで、少しうれしくなった。
なぜだか、はじめて話すような気がしなかった。すごく居心地がよくて、ずっと側にいた人みたい。わたしはいつの間にかレイさんとのやりとりを楽しみに待つようになっていた。
(続く)
そう表示された新人アダルトライブチャット嬢の情報を見た僕は、夜毎夢に出てくる潜入先の女性を思い浮かべずにはいられなかった。
しかし、漫画みたいな二度見をした後で目を擦って見直してみると、表示された名前は【あずさ】ではなく【あずき】だった。びっくりした、【あずきちゃん】ね。しかし、23歳喫茶店店員て。待機中は顔にモザイクがかかっており判別できないが、身体のシルエットも髪の長さも梓さんによく似ているな…。
そう思った時、包帯を巻いた三毛猫がカメラを横切った。先日梓さんがポアロに連れてきた大尉の包帯とまったく同じだった。
間違いない、この子は梓さんだ。クソッ、ここでどういうことするのかわかってんのか。【のぞき中 3人】の文字に慌てて2ショット状態にした。
『あ…、えっと、はじめまして。あずきです。お名前教えてもらえますか?』
モザイクがとれたその顔はやはり梓さんだった。少しがっかりした気持ちで文字を打ち込んでいく。
[レイです。あずきちゃん、2ショットするのは僕が初めてですか?]
『はい、そうです』
よかった。ひとまず他の男に梓さんの顔は見られていないということだ。
[どうしてこの仕事を始めたんですか?]
『今月ちょっと出費が重なってしまって。マンションの更新とか、友達の結婚式とか、大尉、あっ飼い猫なんですけど、大尉のケガの治療費とか。それでお恥ずかしながら…お金に少し困ってまして。でも本業もフルで入っているのでなかなかアルバイトのかけもちも難しくて。在宅でできるこのお仕事ならいけるかなと』
そういう事か。金なら貸すから、なんなら僕が養うからこの仕事はやめてくれ。だが断られるのは目に見えている。
[いくら必要なんですか?]
『えっ?うーん、次のお給料日まで過ごせればとりあえず問題ないので…えーっと…7万円くらいあればどうにかなるかと』
[わかりました。僕が1週間程度で稼がせますから、こちらが指定した日の指定した時間にだけログインしてください。万が一他の男から2ショットの要請があっても絶対に応じないでください。]
『え…?は、はい…、わたしとしては、それはとてもありがたいのですが…、どうしてですか?』
[あずきちゃんは、ここでどういう事を求められるのかわかってるんですか?]
『はい、なんとなくは…。生きていかなければならないので、背に腹は代えられないかと思いまして!』
妙なところで肝が据わってるから困る。
[潔いのは結構ですが、少々危機感が足りませんね。そのまま顔出ししたり、大尉を映したり、プロフィールに本当の職業を載せたりして。普通こういうのは身バレを防ぐために変装したり、プロフィールにはフェイクを混ぜて書くものなんですよ。どこで誰が見ているかわからないんですから。喫茶店の常連客がこのサイトであなたを見つけるかもしれない。そうしたら普段の平和な生活が失われる可能性があるってこと、わからないんですか?]
梓さんの顔がさぁっと青ざめた。
『そうですよね…。わたし、そこまできちんと考えてなかったです…』
[キツい書き方になってしまってすみません。でも本当に危ない輩がたくさんいるんです。だから先ほどのお願いをきいてもらえませんか?もちろん僕はあずきちゃんにいかがわしい要求をするつもりはありませんから。]
『…はい。わかりました!ありがとうございます』
少し考えたような様子の後で、梓さんはカメラに向かってにっこりと安堵の表情を向けてくれた。
まぁ、このサイトに登録している僕が言ったところで説得力ゼロなんだが。そこに気づかないあたり、やはりこの子は危なっかしい。だが先ほどの提案は梓さんにとっても悪くないはずだし、ひとまず呑んでくれて安心した。
*
小さな頃から運は良いほうだし、周りの人にも恵まれてきた。でも今回は特にラッキーだったと思う。
【在宅ワーク 完全自由出勤制 20代女性活躍中】の文字に釣られて、あまり深く考えずに始めたこのアルバイト。確かにわたしはインターネットで顔や個人情報を晒す危険性についてあまりにも不勉強だった。
最初のお客さんがレイさんで本当によかった。もちろんこのサイトを使っている時点で「そういう要求しない」なんて、説得力はゼロなんだけれど。正直、どのツラさげて言ってんだろうって、つい笑っちゃった!
でも、ディスプレイに映る文字からは隠しきれない温かさがにじみ出ていた。わたしにとっては、説得力よりもその温かさのほうが大事なことのように思えた。頭の良い誰か、例えば安室さんあたりにそんなこと言ったら、お得意のドヤ顔で笑われちゃうかもしれない。だけど、こういう感覚だけは外さない自信がある。だからわたしはレイさんを信じることにした。
そして思ったとおり、レイさんはとても紳士的だった。レイさんとチャットを始めて数日経つけど、毎回楽しくおしゃべりするだけ。ポアロでのこととか、大尉のこととか、わたしの家族や友達のこととか。服装だっていつもどおり部屋着で過ごしているし、アダルトチャットなのにいやらしいことは何も要求されなかった。
レイさんは博識でいろんなことを教えてくれる割に、自分のことをあまり話さない。でもチャットしながらいつもコーヒーを飲んでいるみたいで、少しうれしくなった。
なぜだか、はじめて話すような気がしなかった。すごく居心地がよくて、ずっと側にいた人みたい。わたしはいつの間にかレイさんとのやりとりを楽しみに待つようになっていた。
(続く)
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