ACT084 『地球へ』
『―――イアゴ・ハーカナ少佐、またあの日のことを考えておられるんですね』
イアゴ・ハーカナ少佐はコクピットに聞こえた副官の声に、苦笑していた。
「……ああ。その通りだ。自分の人生観を変えられた日だったからな。軍への忠誠は、変わらなかったが……」
『……アクシズに突っ込んで、生きて戻れたら……色々と変わってしまいそうです』
「変わるよ。そうすべきことじゃないがな」
『……でしょうね。オレはゴメンです』
「正しい答えだ。あんなことは、すべきじゃない。命をムダにしかねんからな……」
『ええ……それでは、少佐』
「……ああ。時間のようだな」
ヘルメット内に浮かぶHUDには、作戦開始時刻まで、残り300秒を切ったことが表示されている。
『あと五分で、ミッション・スタートですね』
「とはいえ、しばらくはオートパイロットだ。オーストラリアの上空7000メートルまでは、ヒマだな」
『すぐですよ。任務では、7000メートルで、我々のジェスタをパッケージしている降下装置が爆散してパージされます。我々は、地表で近しい場所で空に放り出されることになる』
「……ジェスタの飛行ユニットのチェックは完璧だ。人力でも調べただろ?……爆薬が仕込まれていることはない」
『……ええ。それでも……7000メートルは通常よりも低い。普通は地上降下中のパージは、13000メートルってところでしょう?』
「定石ではな。それをして欲しくない者がいるのだろう。『不死鳥狩り』のプランを最初にデザインした者か……」
『宇宙と地球では、同じ連邦軍でも考え方や支配者が違います。オレとしては、そういう政治的な闘争に巻き込まれることを心配していますよ』
「……地球の部隊からは、我々は発見されるのが遅くなる。隠蔽したいという気持ちは理解することが出来るが……」
『本当に隠したいのなら、流れ星かデブリに見せかけて、海上に落とすべきですよ。そっちの方が見つけられにくいんですから……』
「スワンソン。先に謝っておくぞ。オレの素晴らしい経歴のせいで、お前を巻き込んでしまったのかもしれない」
『いいえ。オレこそ、オレがしてきた作戦のせいで、少佐を巻き込んでしまっているのかもしれません。オレは、とても優秀ですもん』
「そうだな。どちらにせよ、することはした」
『はい。あとは出たとこ勝負になります。地上から、砲撃するにはブレーキで減速がかかりすぎている7000メートルの高さは、丁度良いですからね』
「ああ……だからこそ」
『我々は、8500メートルで脱出する』
「システムをオーバーライド出来たか?」
『ええ。電子機器に強い後輩の部下がいると、楽ですね。しかも、先輩想いで、献身的なヤツだとサイコーです。無料で引き受けてくれましたよ』
「パワハラの講習を、次はお前も受けるべきだろう」
『……面倒ですが。まあ、今回の『不死鳥狩り』とやらを生き延びられたら、少しぐらい生活を変えてしまうのも良いかもしれませんね』
「不安か?」
『多少は。この仕事をしていたら、よく感じることじゃありますから、平常運転ですよ』
「……そうだな。たしかに、この仕事に、深刻な悩みはつきものだ。どいつもこいつも、軍人ってのは、野心が強い」
『……野心に巻き込まれている気がしてならないのは、特殊部隊の抱える慢性的な悩みの一つでしょうね。オレたちが攻撃して確保したことのある、コロニー系企業のヘリウム3の備蓄船……その後、あの会社の株価はもちろん暴落していたし、ヘリウム3の価格は上がった。でも、アレが軍事的に必要な行いだったのかは、理解できません』
「……ヘリウム3を買い占めていた軍人や政治家がいて、そいつらの懐を肥やすためだけの任務だったのかもしれんな」
『……ええ。地球連邦軍ってのは、腐敗はしていますよ、上層部は。今回は、それよりもヒドい策略に巻き込まれているかもしれません』
「……そうだな。命令に対して、一部違反する。オレたちの作ったシナリオで、降下を実行するぞ」
『了解です、イアゴ・ハーカナ少佐!……作戦開始まで……10、9、8、7、6……』
イアゴ・ハーカナ少佐は帯域圏降下船の外部についているカメラ映像を、自分のヘルメットに転送させる。
地球は徐々に汚染が広まってはいるが、この高さから見るだけならば美しさを損なってはいなかった。『アクシズ・ショック』―――あの体験を経ても、ヒトはなお変わらないか。
欲望と悪意が渦巻くのは、地球も宇宙も同じコトだった。このままでは、いつかまたシャア・アズナブルのような存在が生まれて来るのかもしれない……そんな不安を覚える。
そうだとしても。
いや、だからこそ。
あきらめるわけにはいかない。
『―――2……降下、今!』
特殊部隊シェザール隊仕様に武装された、二機のジェスタ。それを内包する降下船が、宇宙に向けて推進力を放出しながら、地球への短い旅を開始していた。
宇宙と地球のあいだに戻ると、いつものように、イアゴ・ハーカナ少佐の唇は、ニヤリと笑うのだ。
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