先生ごめんなさい【御影小次郎】エロなし ネガティブ
教師になってなれないのは、毎月恒例の夜間巡回の当番で、生徒を取り締まらなければならないこの時間だ。
ネオンの明かりに群がる蛾のように、集まりたむろする中に、自分の教え子たちを見かけると胸が張り裂けるような痛みを感じる。せっかくの青春をこんなかたちで、歪ませてほしくない。楽しむならお日様のしたでのびのびと謳歌してほしい、そんな願いは夜の光に見いだされた奴らにはなかなか理解してもらえないのが事実だ。
だか、光に群がり、楽しく飛び回るうちはまだいい。ちょっと悪ふざけが過ぎて火傷して、肝試しのように笑ってしまえるうちはまだいいのだ。
中には、知らない間に暗い穴蔵に引きずり込もうとする輩や、欲望の捌け口を求めてさ迷うような奴らもいる。この、巡回は生徒たちの大切な未来を守るための大切な行為だと、思ってはいるのだ。
「俺に見つかって、笑っていられるうちはまだいい…早く帰れよ」
塾帰りだと笑う数人の生徒たちに声をかけながら、どうか夢中になれるものを見つけてほしいと願うばかりだ。まだ、軽口で済むうちはまだいいと人気のない裏通りに目をやって、心臓が氷つくようなイヤな感覚が全身をかけめぐった。
見間違いだと、一瞬思った。
クラスの人気者で、うちのクラスの真面目ちゃんがこんな繁華街の裏通りを見知らぬ男と歩いている。この先はいわゆるラブホ街で、補導対象地区だ。
「……」
ホテル街の入り口付近で、何やら相手の男と言い争いをしているようだが、この位置からでは彼女や男の顔は上手く見えない。
何より彼女の痴話喧嘩なんて、見たくないと言うのが、正直なところだ。逃げ出したい、と震える足をなんとか動かして真面目の元へ駆け寄る。相手を刺激しないように出来るだけ、フランクに。チャラい感じで、学校教諭であることがバレないことが前提だ。
「おいおい、なんか彼女嫌がってねぇか?」
嫉妬で狂っている顔を彼女に悟られないように、髪の毛をかきあげる。明るい繁華街の光が逆光となって顔を隠してくれるハズだ。
「あ……」
大丈夫か?と優しく声をかけようとしたが、上手く言葉にはならない。うまく声もでない上に、相手の男に割ってはいるような形で彼女の前に駆け寄ってしまった。彼女は一瞬驚いた顔でこちらを見上げ、いつもキラキラ楽しそうに笑うつぶらな瞳が涙を抱えて今にも溢れそうになっている。
「お前っっっ」
相手の男に、怒りに任せて殴りかかりたい衝動をぐっとこらえ、安心させるように彼女の肩を抱いた。そして、もう一度、男の側に近寄り、普段は絶対生徒に聞かせられないような言葉をヤツの耳元に囁いてやった。
「If you get closer to her, kill her」
そして、こんな窮地に立たされた真面目ちゃんにお灸を据えてやろうと勢いに任せて一番近くの建物に入った。
「わかっているのか?自分がどんな……」
握りしめた腕は思ったよりもか細く、びっくりするくらい白い。ホテルの室内に入っててをほどくと、ほんのり赤く染まったのも扇情的だった。
彼女の、手首についたあとに目を奪われていると、急に安心したのか、彼女は盛大に泣き叫んでしまう。
「ぅうわぁん」
ところどころ嗚咽混じりにごめんなさい、ごめんなさいと言っているようだ。彼女の恐怖や不安はしばらく続き、涙が止まる頃には愛らしい瞳はまるでウサギのように赤くなってしまった。
「聞いても良いか?なんであんなところに?」
正直、彼女からどんな言葉が出てくるのか怖くてたまらない。真面目な彼女がこんなところで、夜遊びをするわけがないってわかっていてもそれでも震えが止まらなかった。何か重大な見落としでもあったのだろうか。
どうやら話を聞くと、繁華街を通っていたときに俺を見かけたらしい。俺の顔を見かけたことが嬉しくて声をかけようかと迷っていたら、ちょうどポケットから落ちた俺のハンカチを拾ったのだと言う。その中には、運悪く免許証も一緒だったから、俺が困るのではないかと心配して追いかけてきたらしい。
繁華街を通る人混みの中で、ウッカリ俺を見失い、困っていたときにちょうど声をかけてきたのがあの男だったみたいだ。声をかけてきた男に俺を見かけたと聞いて、ついて行ってしまったということだった。
話を聞いている間中、身体中の血が引いていく。本当に間に合って良かった。何かあったらと思うと心臓ごと、叩き潰されたような感じだ。
「…とんだ初めてになっちまったな」
恐ろしい妄想を振り払うように努めて明るく冗談めかして言うものの、お互い笑うことなんて出来なかった。
「悪かった……な」
でも次からは、頼むから学校に持ってきてくれ。俺なんて一晩でも何年でも困ればいいんだ。
「頼むよ……もっと自分を大切にしてくれ」
どんなにしっかりしているようでいても、まだ若く幼い彼女を抱きしめながら囁いた。
「頼むよ。しっかりしてくれ。こんな場所でこんなことされたら、俺を突飛ばして逃げたっていいんだ」
どうかどうか健やかにと、祈るような気持ちでしばらくの間、彼女を抱きしめていた。
【完】
ネオンの明かりに群がる蛾のように、集まりたむろする中に、自分の教え子たちを見かけると胸が張り裂けるような痛みを感じる。せっかくの青春をこんなかたちで、歪ませてほしくない。楽しむならお日様のしたでのびのびと謳歌してほしい、そんな願いは夜の光に見いだされた奴らにはなかなか理解してもらえないのが事実だ。
だか、光に群がり、楽しく飛び回るうちはまだいい。ちょっと悪ふざけが過ぎて火傷して、肝試しのように笑ってしまえるうちはまだいいのだ。
中には、知らない間に暗い穴蔵に引きずり込もうとする輩や、欲望の捌け口を求めてさ迷うような奴らもいる。この、巡回は生徒たちの大切な未来を守るための大切な行為だと、思ってはいるのだ。
「俺に見つかって、笑っていられるうちはまだいい…早く帰れよ」
塾帰りだと笑う数人の生徒たちに声をかけながら、どうか夢中になれるものを見つけてほしいと願うばかりだ。まだ、軽口で済むうちはまだいいと人気のない裏通りに目をやって、心臓が氷つくようなイヤな感覚が全身をかけめぐった。
見間違いだと、一瞬思った。
クラスの人気者で、うちのクラスの真面目ちゃんがこんな繁華街の裏通りを見知らぬ男と歩いている。この先はいわゆるラブホ街で、補導対象地区だ。
「……」
ホテル街の入り口付近で、何やら相手の男と言い争いをしているようだが、この位置からでは彼女や男の顔は上手く見えない。
何より彼女の痴話喧嘩なんて、見たくないと言うのが、正直なところだ。逃げ出したい、と震える足をなんとか動かして真面目の元へ駆け寄る。相手を刺激しないように出来るだけ、フランクに。チャラい感じで、学校教諭であることがバレないことが前提だ。
「おいおい、なんか彼女嫌がってねぇか?」
嫉妬で狂っている顔を彼女に悟られないように、髪の毛をかきあげる。明るい繁華街の光が逆光となって顔を隠してくれるハズだ。
「あ……」
大丈夫か?と優しく声をかけようとしたが、上手く言葉にはならない。うまく声もでない上に、相手の男に割ってはいるような形で彼女の前に駆け寄ってしまった。彼女は一瞬驚いた顔でこちらを見上げ、いつもキラキラ楽しそうに笑うつぶらな瞳が涙を抱えて今にも溢れそうになっている。
「お前っっっ」
相手の男に、怒りに任せて殴りかかりたい衝動をぐっとこらえ、安心させるように彼女の肩を抱いた。そして、もう一度、男の側に近寄り、普段は絶対生徒に聞かせられないような言葉をヤツの耳元に囁いてやった。
「If you get closer to her, kill her」
そして、こんな窮地に立たされた真面目ちゃんにお灸を据えてやろうと勢いに任せて一番近くの建物に入った。
「わかっているのか?自分がどんな……」
握りしめた腕は思ったよりもか細く、びっくりするくらい白い。ホテルの室内に入っててをほどくと、ほんのり赤く染まったのも扇情的だった。
彼女の、手首についたあとに目を奪われていると、急に安心したのか、彼女は盛大に泣き叫んでしまう。
「ぅうわぁん」
ところどころ嗚咽混じりにごめんなさい、ごめんなさいと言っているようだ。彼女の恐怖や不安はしばらく続き、涙が止まる頃には愛らしい瞳はまるでウサギのように赤くなってしまった。
「聞いても良いか?なんであんなところに?」
正直、彼女からどんな言葉が出てくるのか怖くてたまらない。真面目な彼女がこんなところで、夜遊びをするわけがないってわかっていてもそれでも震えが止まらなかった。何か重大な見落としでもあったのだろうか。
どうやら話を聞くと、繁華街を通っていたときに俺を見かけたらしい。俺の顔を見かけたことが嬉しくて声をかけようかと迷っていたら、ちょうどポケットから落ちた俺のハンカチを拾ったのだと言う。その中には、運悪く免許証も一緒だったから、俺が困るのではないかと心配して追いかけてきたらしい。
繁華街を通る人混みの中で、ウッカリ俺を見失い、困っていたときにちょうど声をかけてきたのがあの男だったみたいだ。声をかけてきた男に俺を見かけたと聞いて、ついて行ってしまったということだった。
話を聞いている間中、身体中の血が引いていく。本当に間に合って良かった。何かあったらと思うと心臓ごと、叩き潰されたような感じだ。
「…とんだ初めてになっちまったな」
恐ろしい妄想を振り払うように努めて明るく冗談めかして言うものの、お互い笑うことなんて出来なかった。
「悪かった……な」
でも次からは、頼むから学校に持ってきてくれ。俺なんて一晩でも何年でも困ればいいんだ。
「頼むよ……もっと自分を大切にしてくれ」
どんなにしっかりしているようでいても、まだ若く幼い彼女を抱きしめながら囁いた。
「頼むよ。しっかりしてくれ。こんな場所でこんなことされたら、俺を突飛ばして逃げたっていいんだ」
どうかどうか健やかにと、祈るような気持ちでしばらくの間、彼女を抱きしめていた。
【完】
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