18話 パッションの慈悲
「まさか君がたったの一人で野道を歩いているとは驚いたよ」馬車の中でスパイド・リスター神父は向かいに座る青年に話しかける。「グロム君」
スパイド・リスターとは、ディニコラとフェッドの幼少時代、彼らを実の子どものように教育したスマル村の神父である。
現在では熟年と呼べる年齢になり、頭頂部はほとんど禿げ、その代わり顎にふさふさの白髭が生えている。しかし彼の優しさは昔と変わらず、目元のしわに囲まれた青い瞳は深い慈悲の心が感じさせる。
彼の身につけているキャソックは日焼けで色あせてはいるものの、シミや汚れはまったくと言っていいほどなく、かなり清潔に保たれている。
一方でディニコラは黙ったままうつむいていた。
両肘を膝に置き、両手を合わせて何かを考えている様子だ。
「君の身に何があったのか、私にはわからない。だからもし君が望むのであれば、どうしてあんなところを歩いていたのか教えてほしい」リスターは温かな声で言った。「だが、私は無理に聞こうとはしない。君が話したいときに話してくれればそれでいい。結局話さずじまいになっても構わない。ただ、君を必要以上に苦しませたくないんだ。だからいいね、君が話したくなったら遠慮なく言うんだよ」
するとディニコラは顔を伏せたまま、体を小刻みに震わせ始めた。
口で苦しそうに息をしている。
しかし、それでも彼は黙っていた。
沈黙はスマル村に着くまで続いた。
スマル村は霧がかからないため、星空がきれいに見える。
空気も非常に澄んでおり、道中眠っていたリスターは鼻から入る清らかな風に目を覚ました。
ディニコラも眠りかけていたが、意識はあった。スマル村に着く頃には震えは収まっていた。
「さて、村に着いたぞ。グロム君もずっと同じ姿勢で座り続けてつらかっただろう。今夜は実家に帰って、足を伸ばして体と心を休めよう」
馬車が村の中心で止まるとリスターがディニコラに声をかけた。
ディニコラはそれに応じず、降りようともしなかった。
リスターは返事を催促することなくディニコラの反応を待っていた。
「あのぉ、着きましたけ――」
「少し待ってくれ」
御者が降りない彼らを不思議に思い声をかけようとするも、リスターがそれを阻止した。
「……リスター神父、今夜は教会に泊まってもいいですか?」
するとディニコラがリスターに問いかけた。
「ああ、いいとも。司祭館には空き部屋があるし、掃除もされているから、そこで寝泊まりするといい」
リスターは事情を聞くことなくディニコラの頼みを受け入れた。
「さあ、もう遅いし帰ろう」
「あと、もう一つだけ……」
リスターが馬車から降りかけたところで、ディニコラが呼び止める。
「明日の朝、懺悔したいことがあるんです」
このとき、リスターとディニコラは今日初めて目を合わせた。
ディニコラは懇願するような目でリスターを見ていた。
一方でリスターは驚くこともなく、ただうなずいた。
*
その頃、カルネヴァルとフェッドは都市ベッグに戻り、馬車から飛び出したディニコラを探していた。
「クソ、グロムの野郎どこに行ったんだ!」
ディニコラの自宅前でフェッドは悪態をつく。
「学校や広場を探してみたけど、どこにもいないわ!」
そこへカルネヴァルが泥をはねながら走ってくる。
「あいつめ、一生懸命僕が吐いている間に逃げ出しやがって。どこに隠れているってんだ?」
「ねえ、やっぱり盗賊にさらわれてしまったのよ! 普通人が走っていたって馬車が追いつけないはずがないわ。ベッグに戻るまでにグロムを見かけなかったということは、まだここに戻ってきていないのよ! 今頃盗賊の拷問にあっているに違いないわ!」
カルネヴァルが落ち着きを失って声を上げる。
「落ち着くんだ! グロムは意外にも運の良い奴なんだよ。たとえ盗賊にさらわれたとしても、何か上手いことを言って生き延びているに決まっているさ」
「ジョルノ! あなたはいつもそうやっておどけているんだから! 今はグロムの命の危機かもしれないのよ!」
「君たち、こんな時間にどうしたんだ?」
そこへ現れたのが衛兵のナイト・テッラシーナだった。
「昨日の衛兵さん!」カルネヴァルがテッラシーナに気づくと、ネズミを見つけたネコのように衛兵に駆け寄った。「グロムが、グロム・ディニコラが失踪したんです! 私たちは馬車でスマル村へ向かっていたのですが、グロムが突然怒りだして、ただの歩きでここに戻ろうとしたんです! 私たちはすぐに、すぐといってもそこのキノコ頭が吐いたあとですけど、馬車でグロムを追いかけたんです! でもベッグに戻る間彼を一度も見かけなくて……」
「お、落ち着くんだ!」テッラシーナは動揺しつつもカルネヴァルをいさめる。「失踪か。それはマズいが、うちでは取り扱えない問題だ。冒険者ギルドに依頼は?」
「いいえしていません。そんなところに依頼するだなんてお金のム――」
「してませんけどしたいです! でもどう依頼すればいいのかわからなくて……。衛兵さん、一緒に手続きしてくれませんか?」
カルネヴァルがフェッドの言葉を阻んで言った。
スパイド・リスターとは、ディニコラとフェッドの幼少時代、彼らを実の子どものように教育したスマル村の神父である。
現在では熟年と呼べる年齢になり、頭頂部はほとんど禿げ、その代わり顎にふさふさの白髭が生えている。しかし彼の優しさは昔と変わらず、目元のしわに囲まれた青い瞳は深い慈悲の心が感じさせる。
彼の身につけているキャソックは日焼けで色あせてはいるものの、シミや汚れはまったくと言っていいほどなく、かなり清潔に保たれている。
一方でディニコラは黙ったままうつむいていた。
両肘を膝に置き、両手を合わせて何かを考えている様子だ。
「君の身に何があったのか、私にはわからない。だからもし君が望むのであれば、どうしてあんなところを歩いていたのか教えてほしい」リスターは温かな声で言った。「だが、私は無理に聞こうとはしない。君が話したいときに話してくれればそれでいい。結局話さずじまいになっても構わない。ただ、君を必要以上に苦しませたくないんだ。だからいいね、君が話したくなったら遠慮なく言うんだよ」
するとディニコラは顔を伏せたまま、体を小刻みに震わせ始めた。
口で苦しそうに息をしている。
しかし、それでも彼は黙っていた。
沈黙はスマル村に着くまで続いた。
スマル村は霧がかからないため、星空がきれいに見える。
空気も非常に澄んでおり、道中眠っていたリスターは鼻から入る清らかな風に目を覚ました。
ディニコラも眠りかけていたが、意識はあった。スマル村に着く頃には震えは収まっていた。
「さて、村に着いたぞ。グロム君もずっと同じ姿勢で座り続けてつらかっただろう。今夜は実家に帰って、足を伸ばして体と心を休めよう」
馬車が村の中心で止まるとリスターがディニコラに声をかけた。
ディニコラはそれに応じず、降りようともしなかった。
リスターは返事を催促することなくディニコラの反応を待っていた。
「あのぉ、着きましたけ――」
「少し待ってくれ」
御者が降りない彼らを不思議に思い声をかけようとするも、リスターがそれを阻止した。
「……リスター神父、今夜は教会に泊まってもいいですか?」
するとディニコラがリスターに問いかけた。
「ああ、いいとも。司祭館には空き部屋があるし、掃除もされているから、そこで寝泊まりするといい」
リスターは事情を聞くことなくディニコラの頼みを受け入れた。
「さあ、もう遅いし帰ろう」
「あと、もう一つだけ……」
リスターが馬車から降りかけたところで、ディニコラが呼び止める。
「明日の朝、懺悔したいことがあるんです」
このとき、リスターとディニコラは今日初めて目を合わせた。
ディニコラは懇願するような目でリスターを見ていた。
一方でリスターは驚くこともなく、ただうなずいた。
*
その頃、カルネヴァルとフェッドは都市ベッグに戻り、馬車から飛び出したディニコラを探していた。
「クソ、グロムの野郎どこに行ったんだ!」
ディニコラの自宅前でフェッドは悪態をつく。
「学校や広場を探してみたけど、どこにもいないわ!」
そこへカルネヴァルが泥をはねながら走ってくる。
「あいつめ、一生懸命僕が吐いている間に逃げ出しやがって。どこに隠れているってんだ?」
「ねえ、やっぱり盗賊にさらわれてしまったのよ! 普通人が走っていたって馬車が追いつけないはずがないわ。ベッグに戻るまでにグロムを見かけなかったということは、まだここに戻ってきていないのよ! 今頃盗賊の拷問にあっているに違いないわ!」
カルネヴァルが落ち着きを失って声を上げる。
「落ち着くんだ! グロムは意外にも運の良い奴なんだよ。たとえ盗賊にさらわれたとしても、何か上手いことを言って生き延びているに決まっているさ」
「ジョルノ! あなたはいつもそうやっておどけているんだから! 今はグロムの命の危機かもしれないのよ!」
「君たち、こんな時間にどうしたんだ?」
そこへ現れたのが衛兵のナイト・テッラシーナだった。
「昨日の衛兵さん!」カルネヴァルがテッラシーナに気づくと、ネズミを見つけたネコのように衛兵に駆け寄った。「グロムが、グロム・ディニコラが失踪したんです! 私たちは馬車でスマル村へ向かっていたのですが、グロムが突然怒りだして、ただの歩きでここに戻ろうとしたんです! 私たちはすぐに、すぐといってもそこのキノコ頭が吐いたあとですけど、馬車でグロムを追いかけたんです! でもベッグに戻る間彼を一度も見かけなくて……」
「お、落ち着くんだ!」テッラシーナは動揺しつつもカルネヴァルをいさめる。「失踪か。それはマズいが、うちでは取り扱えない問題だ。冒険者ギルドに依頼は?」
「いいえしていません。そんなところに依頼するだなんてお金のム――」
「してませんけどしたいです! でもどう依頼すればいいのかわからなくて……。衛兵さん、一緒に手続きしてくれませんか?」
カルネヴァルがフェッドの言葉を阻んで言った。
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