第三話「欲情」
「なんだよ全員受かってるんじゃん」
オーディション会場から少し離れたところにある多目的ホール。
応募者――いや、生徒の一人が声を上げると、彼らは顔を合わせて次々と舌打ちしていく。全員受かるオーディションなんて意味がないと思ったんだろうか。
俺はそのことに関しては興味が無くて、後方に座っている鷹野に注目していた。薄手の文庫本を手にして視線を落としている。
「あっ、あの!」
鷹野が顔を上げる。
「おはよう! 受かったね!」
「ああ」
トーゼンという顔で俺を見た鷹野は、全員受かっていることに関しても何も感じないようだった。
そこへ講師がやってくる。オーディションで審査を担当した面接官だ。
「はい、それでは始めます。全員イスを横に片付けて」
俺たちは座っていたイスを横に片付けて、講師の前に並んだ。
「これから交代でペアを組んでいきます。初めに言っておくと、今回の企画はボーイズラブのネットドラマ配信企画です。それぞれのペアの相性を見て、いずれ主演の二人を決めていく」
ざわ……と場がどよめいた。
ボーイズラブ。
良くは知らないが、最近流行りの、女の子たちが好きなジャンルである。男同士で絡み合う……
「嘘だろ。やってらんね」
「しかも配信ドラマかよ」
何人か立ち去る者がいた。メンバーがどんどん減っていく。
それでも残った5~6人のメンバーでさえ、講師の次の言葉には動揺を隠せなかった。
「ペアを組んだあとはスキンシップの訓練をします。ここでダメだったら今回の企画はお見送り。
適性が無いと思って諦めて帰って下さい」
嘘だろ……と顔を見合わせる周囲の中、鷹野は顔色一つ変えずに座っている。
「じゃあ一組目。伊月海斗」
「!」
油断していたため、俺は跳ねるように立ち上がった。
「ウサギちゃん……」とどこからともなくくすくす笑い声が聞こえる。
「はっ、はい!!」
「まずは鷹野と組んでもらう」
「!!」
鷹野がゆっくりと立ち上がる。
次々とメンバーの名前が呼ばれ、俺たちは散り散りに移動した。
「それじゃあまずは相手のカラダに触れてみろ。なんでもいい。ただ、相手の事を『好きだ』と思って触れることだ」
言われたメンバーは「マジかよ」「気持ちわりー」などと顔を歪めながら、それでも実践していく。
俺は目の前に立つ鷹野を感じながら、プレッシャーで目を合わせられずにいた。
「こっち見ろよ」
「!」
「触って」
そう言うと鷹野は俺の腕を取り、自分の首の後ろに回した。ダンスするような、男と女が向かい合うような形になる。
腰をぐいと引き寄せられる。
「!!」
背中の服の中に手を差し入れ、背筋に手を這わせた。
ひやりと冷たいその手の感触は、背筋をまさぐると共に、段々と熱を帯びて熱くなっていく。
見ていた講師が「いいね」と声をかけていく。
「やっ……あ!」
鷹野の腰が心なしかゆっくりと揺れている。
俺の頬に軽く口づけし、そのまま首筋にその唇を這わせていく。
耳元で吐かれる甘い吐息に、俺は身をのけぞらせた。
「あっ……あんっ」
耳たぶにキスされ、舌で細部をなぞられた時には、俺のカラダは完全に勃ち上がっていた。
鷹野は俺への愛撫をやめなかった。
× × ×
「ん……んっ」
ヒト気のない非常階段の陰で、俺は自分の‷モノ‷をしごいていた。
本当はトイレの個室で‷した‷かったのだが、先客がいて出来なかったのである。
鷹野の熱い息。
触れられた手や唇。
揺すぶられた腰つき。
思い出すと、どうしてもカラダが熱くなってしまう。
「あ……あっ!」
モノの数秒でイキ果てて、手だけ洗いに行こうと立ち上がろうとすると、廊下から出て来た鷹野に出くわした。
「!!!」
な……なんで、こんなトコに!!
鷹野は無言で俺の横を通り過ぎ、持っていた缶コーヒーを端の手すりにもたれて飲み始めた。
どうやら俺の‷行為‷には気付いてないらしい。
「あっあ……じゃあ、俺行くから」
話しかけられても居ないのに妙に鷹野を意識した俺は、声をうわずらせながら背を向けた。
すると背後から声が飛んできた。
「お前って童貞?」
「!!!」
俺はずっこけそうになる。
「ヒトに触られてあんなに感じるなんて、免疫無さ過ぎなんじゃない?」
「――」
お、俺は!!
ま、まあ経験はないけど!
それは好きなコが出来てからって思ってて!
だってあんな風に触られるの初めてだったし、
だってだって――あんなことされたら――!!
頭の中で言い訳をぐるぐる考えていると、鷹野がゆっくりと振り返った。
「あんまり欲求に溺れるなよ」
「よ……欲求だなんて!!」
「してただろ、オナニー」
「!!」
言葉も出せず口をパクパクさせていると鷹野が俺の方に向かってきた。
「俺を好きになるなよ」
そう言って俺の髪に触れる鷹野の手に、もうさっきまでの熱はこもっていなかった。
× × ×
ホールに戻ると、部屋の中央で生徒たちが集まっていた。
「……?」
鷹野は少し離れたところで文庫本を見つめている。
先に戻っていたようだ。
「なあ、お前知ってたか?」
生徒の一人に神妙な顔で話しかけられて、何のことか分からない俺はきょとんとする。
「こいつ……」
そう彼が示した先には鷹野の姿があった。
「こいつ――オーディション側のニンゲンだったんだよ!」
「!!!」
オーディション会場から少し離れたところにある多目的ホール。
応募者――いや、生徒の一人が声を上げると、彼らは顔を合わせて次々と舌打ちしていく。全員受かるオーディションなんて意味がないと思ったんだろうか。
俺はそのことに関しては興味が無くて、後方に座っている鷹野に注目していた。薄手の文庫本を手にして視線を落としている。
「あっ、あの!」
鷹野が顔を上げる。
「おはよう! 受かったね!」
「ああ」
トーゼンという顔で俺を見た鷹野は、全員受かっていることに関しても何も感じないようだった。
そこへ講師がやってくる。オーディションで審査を担当した面接官だ。
「はい、それでは始めます。全員イスを横に片付けて」
俺たちは座っていたイスを横に片付けて、講師の前に並んだ。
「これから交代でペアを組んでいきます。初めに言っておくと、今回の企画はボーイズラブのネットドラマ配信企画です。それぞれのペアの相性を見て、いずれ主演の二人を決めていく」
ざわ……と場がどよめいた。
ボーイズラブ。
良くは知らないが、最近流行りの、女の子たちが好きなジャンルである。男同士で絡み合う……
「嘘だろ。やってらんね」
「しかも配信ドラマかよ」
何人か立ち去る者がいた。メンバーがどんどん減っていく。
それでも残った5~6人のメンバーでさえ、講師の次の言葉には動揺を隠せなかった。
「ペアを組んだあとはスキンシップの訓練をします。ここでダメだったら今回の企画はお見送り。
適性が無いと思って諦めて帰って下さい」
嘘だろ……と顔を見合わせる周囲の中、鷹野は顔色一つ変えずに座っている。
「じゃあ一組目。伊月海斗」
「!」
油断していたため、俺は跳ねるように立ち上がった。
「ウサギちゃん……」とどこからともなくくすくす笑い声が聞こえる。
「はっ、はい!!」
「まずは鷹野と組んでもらう」
「!!」
鷹野がゆっくりと立ち上がる。
次々とメンバーの名前が呼ばれ、俺たちは散り散りに移動した。
「それじゃあまずは相手のカラダに触れてみろ。なんでもいい。ただ、相手の事を『好きだ』と思って触れることだ」
言われたメンバーは「マジかよ」「気持ちわりー」などと顔を歪めながら、それでも実践していく。
俺は目の前に立つ鷹野を感じながら、プレッシャーで目を合わせられずにいた。
「こっち見ろよ」
「!」
「触って」
そう言うと鷹野は俺の腕を取り、自分の首の後ろに回した。ダンスするような、男と女が向かい合うような形になる。
腰をぐいと引き寄せられる。
「!!」
背中の服の中に手を差し入れ、背筋に手を這わせた。
ひやりと冷たいその手の感触は、背筋をまさぐると共に、段々と熱を帯びて熱くなっていく。
見ていた講師が「いいね」と声をかけていく。
「やっ……あ!」
鷹野の腰が心なしかゆっくりと揺れている。
俺の頬に軽く口づけし、そのまま首筋にその唇を這わせていく。
耳元で吐かれる甘い吐息に、俺は身をのけぞらせた。
「あっ……あんっ」
耳たぶにキスされ、舌で細部をなぞられた時には、俺のカラダは完全に勃ち上がっていた。
鷹野は俺への愛撫をやめなかった。
× × ×
「ん……んっ」
ヒト気のない非常階段の陰で、俺は自分の‷モノ‷をしごいていた。
本当はトイレの個室で‷した‷かったのだが、先客がいて出来なかったのである。
鷹野の熱い息。
触れられた手や唇。
揺すぶられた腰つき。
思い出すと、どうしてもカラダが熱くなってしまう。
「あ……あっ!」
モノの数秒でイキ果てて、手だけ洗いに行こうと立ち上がろうとすると、廊下から出て来た鷹野に出くわした。
「!!!」
な……なんで、こんなトコに!!
鷹野は無言で俺の横を通り過ぎ、持っていた缶コーヒーを端の手すりにもたれて飲み始めた。
どうやら俺の‷行為‷には気付いてないらしい。
「あっあ……じゃあ、俺行くから」
話しかけられても居ないのに妙に鷹野を意識した俺は、声をうわずらせながら背を向けた。
すると背後から声が飛んできた。
「お前って童貞?」
「!!!」
俺はずっこけそうになる。
「ヒトに触られてあんなに感じるなんて、免疫無さ過ぎなんじゃない?」
「――」
お、俺は!!
ま、まあ経験はないけど!
それは好きなコが出来てからって思ってて!
だってあんな風に触られるの初めてだったし、
だってだって――あんなことされたら――!!
頭の中で言い訳をぐるぐる考えていると、鷹野がゆっくりと振り返った。
「あんまり欲求に溺れるなよ」
「よ……欲求だなんて!!」
「してただろ、オナニー」
「!!」
言葉も出せず口をパクパクさせていると鷹野が俺の方に向かってきた。
「俺を好きになるなよ」
そう言って俺の髪に触れる鷹野の手に、もうさっきまでの熱はこもっていなかった。
× × ×
ホールに戻ると、部屋の中央で生徒たちが集まっていた。
「……?」
鷹野は少し離れたところで文庫本を見つめている。
先に戻っていたようだ。
「なあ、お前知ってたか?」
生徒の一人に神妙な顔で話しかけられて、何のことか分からない俺はきょとんとする。
「こいつ……」
そう彼が示した先には鷹野の姿があった。
「こいつ――オーディション側のニンゲンだったんだよ!」
「!!!」
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