第36話
「……うむむむむ、どうするかなぁ……うーん……」
織館高校から北に徒歩七分(俺調べ)。
目の前には山中高校へと続く一本道がある。
その道から先は、この第十五エリアの特徴である、『大自然と文明の共存』を象徴する、広大な森があった。
その森の先には中々に大きな山があり、その山に囲まれるようにして山中高校の校舎がある。
「……たぶん、相手は、この道を通って攻め込んでくるんだろうな」
森を通って迂回し、南から攻め込むというルートもあるが、それは時間がかかるし兵に負担がかかる。
これだけの戦力差に開きがあれば、わざわざそのルートを通るとは思えない。
相手が頭のいい人間で、こちらの裏をかくつもりなら別だけど、敵生徒会長の土田は、猪突猛進タイプで挑発にすぐ引っかかる人間だ。そんな人間がこの状況で裏をかくとは思えない。
ということは、敵はこの道を通って進軍。そのまま市街地を抜け、我が校を攻める、という感じだろう。
「……ってことは、やっぱりこのあたりが主戦場になるだろうな」
うちの学校の兵は、敵よりも少ない。その数の差は如何ともし難い。
下手に市街地内を戦場にすれば、広い分戦力の差がより響いてくるだろう。
だからこそ、この狭い街道を利用し、自軍と敵軍が直接ぶつかる人数を同じにするのが効果的だろう。
だけど、それだけじゃだめだ。
街道を囲んでいるのが山だったらまだよかったけど、周囲にあるのはただの森。それもジャングルのようなものではなく、人が通れるような森。
森ならば、比較的楽に通り抜けることができる。戦線が膠着してしびれを切らした敵軍は、森を抜けてこちら側に攻め入るかもしれない。
そうなると、まず勝てない。
こちらの兵の錬度が敵より高ければ、半数がこの街道で足止め、残り半数で森を抜けて敵背後から奇襲、なんていった別の作戦も考えられたんだけど……。
残念ながら練度はほぼ互角。いや、下手したらこちらのほうが低いだろう。
「となると、やっぱり」
伏兵。それしか、思いつかない。
市街地を利用してのゲリラ作戦も考えたけど、兵力差が大きいし兵を訓練している時間もないので却下。
でも、普通の伏兵だと通用しないだろう。
いくら相手が血気盛んな人間だとしても、こんな森に囲まれた道を通るときは伏兵に注意しているだろうし。
相手は素人じゃない。こういう「戦争」が行われることが日常茶飯事になっている学校の生徒だ。伏兵はよくある手。
普通ではない伏兵。となると、三国志演義で倉亭の戦い時に程昱が献策した『十面埋伏の計』が真っ先に思いつく。
けど、十の部隊を伏せて、次々に襲いかからせる十面埋伏の計を行うには、こちらの兵が少し足りない。
「やっぱ、あれしかないか」
釣り野伏せ。戦国大名の島津氏が考え、多用した戦法だ。
茂みの中に多数の伏兵を隠し置き、先攻部隊がひと当たり敵に当たって故意に退却。敵を伏兵の隠してあるエリアまでおびき寄せ、機を見計らって一斉に包囲殲滅させるというものだ。
まずこの市街地に近い森に兵を伏せ、囮部隊が街道を進み敵部隊に突撃。
そのままおびき寄せてこの街道出入り口付近で包囲、敵の総大将を打ち取ることだけを考えれば……。
「……勝機はなくはない、かな」
それでも確率はそこまで高くはないけど。
問題は、敵総大将の位置だろうか。
前に冠にも言われたけど、敵総大将が本陣に留まった場合、この戦法はあまり意味がない。敵兵全員を倒すことは、多分できないだろうし。正面から戦ったらそれこそ数の利で負けてしまう。
「……うーむ……どうしたもんか」
敵総大将の位置は、斥候部隊を作ればわかるだろう。急増でも多少は役立つはずだ。
仮に生徒会長が攻撃部隊を指揮していたら、釣り野伏せを実行。
もし生徒会長が本陣に待機してしまっている場合は……籠城だろうか。
これなら、勝てるか……? 勝機はあるだろうか……?
「…………」
足りない脳みそを精いっぱい使って考える。
戦のシュミュレートを、頭の中で何度も行う。敵の動きを考え、こちらの動きを考え、予測不可能な自体も予測し、何度も何度も。
「……戦の勝敗は数の多少ではない。全員が一丸となって勇気を奮って戦えば必ず勝てる」
釣り野伏せを使い、三千の兵に三百の兵で挑み、勝利した島津義弘の言葉。
「……そうだな。うん、そうだ」
絶対に勝つんだ。仲山のためにも、みんなのためにも。
「……もう十分だな。帰るか」
呟き、身を反転させる。寮に帰って、細かいところを決めていこう。
『一度決めたら、立ち止まってもいい、悩んでもいい。だけど引き返しはするな』
俺の尊敬する幼馴染みの言葉を思い出しながら、帰路についた。
大丈夫。引き返さない。
俺の足は、前に進むだけだ。
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