無期限レンタル・ハニー
今年もクリスマスがやってくる。
元々は他国の行事だったってのに、商魂たくましい我が国も、いつの間にやらクリスマスという行事が定着していて、今年も例に洩れず〝クリスマスは大切なあの人へ〟プレゼントを贈り合うのが当たり前のシーズンになっていた。
職場の同僚に〝コラソンさんは、今年もまたクリぼっちですか~?〟などと言われたおれは、イライラとしながらキーボードを叩きまくる。
クリぼっちってなんだよ!
一人で過ごすクリスマスがあったって、別にいいじゃねェか。
そりゃあ、恋人や家族と過ごすクリスマスは楽しいかもしれない。
しかし、一人で居られる自由という時間が好きな人間だって世界には大勢居るんだ。
とはいえ、自立して十年以上独り身のおれは、そろそろ焦りを感じていたりもする。
恋人を作らなかった訳じゃねェし、作りたくなかった訳じゃねェ。
恋人が出来なかっただけなんだ!
だいたい恋人なんか、どうやって作るんだ?
ナンパしてみたこともあるが、飯だけ奢らされて終わったことばかりだぞ。
あれこれ考えながらキーボードを叩いていれば、モニターには『恋人の作り方』の検索結果がずらりと並んでいた。
「ハハ……。相当重症だな、おれ」
無意識のうちに検索かけているとか、どうよ。
そうは思うものの、ついつい結果を目で追ってしまう。
その中に『レンタル彼女』というサイトを見つけたおれは、何気なしにそのサイトを見た。
「心のスキマお埋めします、だ? 怪しさ満点だろコレ」
つまりまあ、アレだ。
このサイトは一時的に彼女が欲しい人間が、時間料を払って契約して、決められた時間を過ごすってやつだ。
「安いのは一時間二千円からってのもあるのか。どうせなら一日ってのもいいけど、こっちは三万円か」
怪しさ満点で見る気なんてなかったのに、何故か『長期・家庭的・住み込み』を選択して契約してしまったのだった。
☆★☆★☆★☆★☆
クリスマスまであと七日――
「コラソン君。今日、少し残業頼めるかな? 他は恋人とデートで忙しいって、軒並み断られたんだ」
今月に入って十数回も残業を頼んでくる上司は、おれが引き受けると思い込んでいらっしゃる。
毎度のように断っている同僚たちを見て肩を竦めたおれは、百点満点の営業スマイルを浮かべて言ってやった。
「今日から彼女が泊まりに来るので、年内はもう無理ですね」
会社の決めた一ヶ月の残業時間は、とっくにオーバーしている。
おれの答えに呆気に取られて時間を止めた上司に、驚きの表情を隠せない同僚たち。
彼らを尻目に荷物を纏めたおれは、お疲れ様でしたとにこやかに告げて帰路についた。
☆★☆★☆★☆★☆
さて、落ち着いて状況整理しようじゃねェか。
おれの家の前には、もふもふの黒いコートを身に纏い、スーツケースを持った男がいる。
そして男は二日ほど前に契約したサイトの契約完了の書面を持っていて、それには間違いなくおれの名前が載っていた。
「って、三百万――っ!!?」
受領金額のゼロを何度数えてみても、ゼロは六個だ。
あの時はイライラしてたし酔ってたし、金額なんか覚えちゃいねェ。
「えっと、トラファルガー・ローさん……?」
「なんだ?」
クーリングオフしたいなんて言ったら、おれは一体どうされちまうんだろう。
まだまだ幼さの残る顔つきをしているローは、鋭い眼光でおれを見上げている。
目の下に長期間居続けていたであろうくっきりとした隈が、その眼光を余計に鋭いものに変えていた。
金は諦めるしかねェか――
とにかく今は、穏便に済ます方が後々面倒なことにならないだろう。
「来て貰って悪いが、気が変わったんだ。金はそのままやるから、帰って貰えねェか?」
「なっ。それは困るっ!」
伝えると同時に腕を掴まれ、ローの表情が変わった。
「頼むっ! 捨てないでくれっ!!」
大きな声でおれに縋ってくるローに、通行人が何事かと見てくるもんだから、居た堪れなくなったおれは慌ててローの手を引いて家の中に入れてしまった。
「お前、困るってどういうことだよ?」
あの手のサイトに登録するくらいだから、金を稼ぎたいってのが普通だろう。
その金を働かずに好きに出来るんだから、ローにとっても好条件のはずだ。
「金は借金返済に充てたし、アパート解約してきたし」
「はあ!?」
聞けば、知り合いの保証人になっていたローは、ある日いきなり借金を背負わされたのだそうだ。
「とは言ってもなあ。お前、男の子だろ。しかもアパート解約したって……」
仮にローがおれと過ごしたとして、契約期間が終了したら、一体どうするつもりだったんだろう。
「は? だってあのサイト、ゲイやオネエ専属だぞ」
「――嘘だろ……」
「それに、アンタとの契約期間は無期限だし」
「――え……、マジで」
つまりおれは確認不足でローと契約したということだし、ローはゲイだし、住み込み期間無期限だしってことだ。
「安心しろ。家事は得意だし、夜も満足させてやる」
「イーーーヤーーーッ!!」
☆★☆★☆★☆★☆
「コラさん起きろ。飯出来てるぞ」
「んー。あと五分……」
「起きねェと、襲っちまうぞ」
「――ッ……!」
次の日の朝、ローに起こされたおれは昨晩の情事を思い出して赤くなる。
初体験が男――
その事実に頭を抱えたくなるものの、ローのリードで始まったセックスは、いつの間にかおれ主導になっていて、最終的にはもう無理と言って泣きじゃくったローが可哀相に思えて止めてしまった。
一度男を抱くと次から女では満足出来ないというらしいから、ローしか抱いたことのないおれは、きっと多分これから先もローでしか満足出来ねェんだろう。
「美味そうだ。いただきます」
「いただきます」
昨日の晩飯も美味かったが、朝飯も美味かった。
「あとこれ、弁当」
「マジか。ありがとう!」
一日三食手作り。
毎日がコンビニ弁当や定食屋だったおれは、感激しながら出勤する。
「コラソンさんが弁当持って来てるっ!!?」
職場ではあり得ないと言った目で見られたが、おれだってそう思う。
この可愛らしい弁当を作ったのが、男なんだからな。
綺麗に掃除された家に帰れば美味い飯に、準備の出来た風呂。
夜はシーツも洗われて干された清潔なふかふかの布団の中で、官能の世界を味わう。
三日も過ぎればおれはローにのめり込んでいて、契約を切るとか考えられなくなっていた。
今日はクリスマスイヴ。
片手にはローが好きだというシロクマのぬいぐるみと、ポケットには揃いのリング。
信じられねェくらいに喜んでくれたローを抱きしめながら、そっと優しいキスを交わした。
END
元々は他国の行事だったってのに、商魂たくましい我が国も、いつの間にやらクリスマスという行事が定着していて、今年も例に洩れず〝クリスマスは大切なあの人へ〟プレゼントを贈り合うのが当たり前のシーズンになっていた。
職場の同僚に〝コラソンさんは、今年もまたクリぼっちですか~?〟などと言われたおれは、イライラとしながらキーボードを叩きまくる。
クリぼっちってなんだよ!
一人で過ごすクリスマスがあったって、別にいいじゃねェか。
そりゃあ、恋人や家族と過ごすクリスマスは楽しいかもしれない。
しかし、一人で居られる自由という時間が好きな人間だって世界には大勢居るんだ。
とはいえ、自立して十年以上独り身のおれは、そろそろ焦りを感じていたりもする。
恋人を作らなかった訳じゃねェし、作りたくなかった訳じゃねェ。
恋人が出来なかっただけなんだ!
だいたい恋人なんか、どうやって作るんだ?
ナンパしてみたこともあるが、飯だけ奢らされて終わったことばかりだぞ。
あれこれ考えながらキーボードを叩いていれば、モニターには『恋人の作り方』の検索結果がずらりと並んでいた。
「ハハ……。相当重症だな、おれ」
無意識のうちに検索かけているとか、どうよ。
そうは思うものの、ついつい結果を目で追ってしまう。
その中に『レンタル彼女』というサイトを見つけたおれは、何気なしにそのサイトを見た。
「心のスキマお埋めします、だ? 怪しさ満点だろコレ」
つまりまあ、アレだ。
このサイトは一時的に彼女が欲しい人間が、時間料を払って契約して、決められた時間を過ごすってやつだ。
「安いのは一時間二千円からってのもあるのか。どうせなら一日ってのもいいけど、こっちは三万円か」
怪しさ満点で見る気なんてなかったのに、何故か『長期・家庭的・住み込み』を選択して契約してしまったのだった。
☆★☆★☆★☆★☆
クリスマスまであと七日――
「コラソン君。今日、少し残業頼めるかな? 他は恋人とデートで忙しいって、軒並み断られたんだ」
今月に入って十数回も残業を頼んでくる上司は、おれが引き受けると思い込んでいらっしゃる。
毎度のように断っている同僚たちを見て肩を竦めたおれは、百点満点の営業スマイルを浮かべて言ってやった。
「今日から彼女が泊まりに来るので、年内はもう無理ですね」
会社の決めた一ヶ月の残業時間は、とっくにオーバーしている。
おれの答えに呆気に取られて時間を止めた上司に、驚きの表情を隠せない同僚たち。
彼らを尻目に荷物を纏めたおれは、お疲れ様でしたとにこやかに告げて帰路についた。
☆★☆★☆★☆★☆
さて、落ち着いて状況整理しようじゃねェか。
おれの家の前には、もふもふの黒いコートを身に纏い、スーツケースを持った男がいる。
そして男は二日ほど前に契約したサイトの契約完了の書面を持っていて、それには間違いなくおれの名前が載っていた。
「って、三百万――っ!!?」
受領金額のゼロを何度数えてみても、ゼロは六個だ。
あの時はイライラしてたし酔ってたし、金額なんか覚えちゃいねェ。
「えっと、トラファルガー・ローさん……?」
「なんだ?」
クーリングオフしたいなんて言ったら、おれは一体どうされちまうんだろう。
まだまだ幼さの残る顔つきをしているローは、鋭い眼光でおれを見上げている。
目の下に長期間居続けていたであろうくっきりとした隈が、その眼光を余計に鋭いものに変えていた。
金は諦めるしかねェか――
とにかく今は、穏便に済ます方が後々面倒なことにならないだろう。
「来て貰って悪いが、気が変わったんだ。金はそのままやるから、帰って貰えねェか?」
「なっ。それは困るっ!」
伝えると同時に腕を掴まれ、ローの表情が変わった。
「頼むっ! 捨てないでくれっ!!」
大きな声でおれに縋ってくるローに、通行人が何事かと見てくるもんだから、居た堪れなくなったおれは慌ててローの手を引いて家の中に入れてしまった。
「お前、困るってどういうことだよ?」
あの手のサイトに登録するくらいだから、金を稼ぎたいってのが普通だろう。
その金を働かずに好きに出来るんだから、ローにとっても好条件のはずだ。
「金は借金返済に充てたし、アパート解約してきたし」
「はあ!?」
聞けば、知り合いの保証人になっていたローは、ある日いきなり借金を背負わされたのだそうだ。
「とは言ってもなあ。お前、男の子だろ。しかもアパート解約したって……」
仮にローがおれと過ごしたとして、契約期間が終了したら、一体どうするつもりだったんだろう。
「は? だってあのサイト、ゲイやオネエ専属だぞ」
「――嘘だろ……」
「それに、アンタとの契約期間は無期限だし」
「――え……、マジで」
つまりおれは確認不足でローと契約したということだし、ローはゲイだし、住み込み期間無期限だしってことだ。
「安心しろ。家事は得意だし、夜も満足させてやる」
「イーーーヤーーーッ!!」
☆★☆★☆★☆★☆
「コラさん起きろ。飯出来てるぞ」
「んー。あと五分……」
「起きねェと、襲っちまうぞ」
「――ッ……!」
次の日の朝、ローに起こされたおれは昨晩の情事を思い出して赤くなる。
初体験が男――
その事実に頭を抱えたくなるものの、ローのリードで始まったセックスは、いつの間にかおれ主導になっていて、最終的にはもう無理と言って泣きじゃくったローが可哀相に思えて止めてしまった。
一度男を抱くと次から女では満足出来ないというらしいから、ローしか抱いたことのないおれは、きっと多分これから先もローでしか満足出来ねェんだろう。
「美味そうだ。いただきます」
「いただきます」
昨日の晩飯も美味かったが、朝飯も美味かった。
「あとこれ、弁当」
「マジか。ありがとう!」
一日三食手作り。
毎日がコンビニ弁当や定食屋だったおれは、感激しながら出勤する。
「コラソンさんが弁当持って来てるっ!!?」
職場ではあり得ないと言った目で見られたが、おれだってそう思う。
この可愛らしい弁当を作ったのが、男なんだからな。
綺麗に掃除された家に帰れば美味い飯に、準備の出来た風呂。
夜はシーツも洗われて干された清潔なふかふかの布団の中で、官能の世界を味わう。
三日も過ぎればおれはローにのめり込んでいて、契約を切るとか考えられなくなっていた。
今日はクリスマスイヴ。
片手にはローが好きだというシロクマのぬいぐるみと、ポケットには揃いのリング。
信じられねェくらいに喜んでくれたローを抱きしめながら、そっと優しいキスを交わした。
END
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