恋人主
あぁ、もう私、この歳になって一体何やってんだか…。
頭の中ではそう思えるのに、私のグラスを持つ手は止まらなかった。
「マスターお代わりー!!」
「誰がマスターだよ。アンタ今日飲み過ぎじゃないかい。」
はぁ、と溜め息をついて渋々お代わりを出してくれる、店主のお登勢さん。
まぁまぁ、お登勢さんも飲んで下さいよー!と勧めると、見タ目モ中身モ太ッ腹ジャネーカ!と何故かお登勢さんじゃなくてキャサリンさんがお酒を飲みだす。
お前が飲むんかい!とキャサリンさんの頭をスパンと叩くお登勢さん。
たまさんは私にお水を出してくれながらカウンターから顔を覗かせた。
「何かあったのですか?」
「彼女さぁ、年下の彼氏に甘えられなくてストレス溜まってんだって。」
「成る程、それでヤケ酒かい。」
「…そうですよー。今まで年下とお付き合いしたこと無いから甘え方が分かんないんですよー。
年上なら自然と出来てたのになー。」
はぁー…と体中の力を抜きながらカウンターに頭を乗せると、隣にいる長谷川さんがまぁまぁと肩を優しく叩いてくれた。
その向こう側に座る銀さんは至極どうでもよさそうにお猪口を傾けていた。
「ちょっと銀さん。少しは興味持って下さいよ。
彼氏ともっと仲良くなりたいんですよー。
どうしたらいいと思いますー?」
「あ"?独り身への嫌味かテメー。」
「怒んないでよこわーい。」
「今ぶん殴りてぇくらいにウゼェキャラになってんの自覚あるお前。」
イラついたように長谷川さん越しに私の額にぐりぐりと人差し指を押し付けてくる銀さん。
やめてよー!とその指を掴んで押し返そうとするも、お酒のせいか全然力が入らなくてびくともしない。
これ絶対額に跡ついてるって!
そんな私達を見ていて、お登勢さんが煙草の煙を吐き出して口を開いた。
「そのまま気持ちに従っちまえばいいじゃないのさ。」
「えー…普段ピシッとしてる年上のお姉さんがいきなりにゃんにゃん甘えてきたら気持ち悪くないですかー?」
「安心しろよ。お前普段からピシッとしてねーから。」
「なんですって!」
まぁまぁ、飲んでストレス発散しちゃおうよ!
という間の長谷川さんに促され、銀さんのお猪口を奪って一気に喉に流した。
うわ、これ結構辛口?
ぺっぺっ、と舌を出していたら思いっきり頭を叩かれた。
「何勝手に飲んでやがんだテメー。」
「飲めって言ったの長谷川さんだから!」
「いやいやいや!俺、銀さんの飲めって言ってないよ!?」
ギャーギャーと銀さんの掴み合いの喧嘩が始まると、あんたらいい歳して何やってんだい!摘まみ出すよ!とお登勢さんの怒声が響き渡る。
ちょうどその時、ドアが開く音がして全員がそちらに目を向けた。
「いらっしゃい。騒がしくてごめんよ。」
「あー、別に構いやせんぜ。」
「沖田じゃねーか!なんだってお前こんなところに!
ガキは帰っておねんねの時間ですよー!?」
「旦那ァ、おねんねしてェんですかい?
寝かせてやりやしょーか、永遠に。」
え、総くん?
何故話の当事者である年下彼氏がここに?
総くんの姿を目にした途端、外だからと気が張っていたのが一気に無くなってアルコールに頭が占領された。
目の前まで歩いて来た総くんの顔を見上げながら、ぼーっとしている頭で考えてみる。
…あれ?私、お登勢さんのところで長谷川さんに誘われて飲んでたんじゃなかったっけ?
なんで総くんがいるんだろう。
あーそっか、いつの間にか帰ってきてたのかな。
どうやって帰って来たんだっけ私。
まぁいっか。
「そーくん、おかえり。」
「…え?あ、た、ただいま…?」
何故かきょとんとしている総くんに、私もきょとんと首を傾げる。
そういえばお登勢さんに言われたなぁ、そのまま気持ちに従ってしまえばいいって。
「え?年下彼氏ってまさかコイツだったの?どういう繋がり?」
「何の話ですかィ。」
「ああ、それがね、彼女が…。」
気持ちに、従う…。
「そーくん、」
「ん?」
椅子からおりて立ち上がった私は、総くんにぎゅーっと抱きついてみる。
気持ちに従うってこういうことでいいんだよね?
総くんは少し間があったけど私の腰に手を回して応じてくれたから、受け入れてくれたんだよね?
じゃあ、もっと甘えて大丈夫…?
「そーくん、好き…。」
「…おー……。知ってる、けど。
どうした?随分と珍しいじゃねェか。」
「だめ?」
「…お前結構酔ってる?」
「ちょっと酔っ払ってるかも…。
お酒無いと、こうする勇気出なくて…。」
少し総くんから体を離して、総くんの首に手を回す。
…私からこんな甘えたようにするの初めてだー。
ドキドキしながら軽く触れるだけの口付けをする。
何故か総くんは硬直していて、
あれ?引かれた?と思って体を離そうとすると、
今度はがっつり片手で腰を引き寄せられ、もう片手で顎を捕まれて舌を入れられた。
!?え、ま、待って!
私まだシャワー浴びて…
「…俺好みの味に違ぇねぇが、こいつが飲むにしてはちょいと辛口じゃねぇですかね。
何飲ませたんで?」
「ちょっと沖田くん、その危ないの仕舞おうか?
因みに言っておくけど悪いのは長谷川さんだから。
俺は全然何もしてねーから!」
「いやいや!?銀さんが挑発したからでしょ?
つーかそもそもあの子が勝手に飲んだだけでしょ!?」
「…え!?いつの間に銀さんと長谷川さんうちに来てたの!?
もしかしてさっきの見てた!?」
見てた!?じゃねーよボケ!と銀さんの怒声が鼓膜に響く。
え!?うそ、あれ?もしかして家に帰って無かった?
あれ!?私、今何してた!?
軽くパニックになって辺りをちゃんと見渡すと、そこには目の前にいる総くんと、その後ろでカウンターに座る長谷川さん、その奥に銀さん。
その左手のカウンターの中には真顔?のたまさんと、呆れた様子のお登勢さんと、いちゃつくなら帰れ!と唾を吐いているキャサリンさん。
サーッと血の気というか、酔いがさめていく感覚がした。
「……酔い、さめたかい?」
「あわ、わ、私…!」
「こいつのアホさはともかく、沖田くん、こいつと二人だともしかしていつもあんな感じなの?
あんな甘ったるい声、普段の感じとのギャップ凄すぎて銀さんちょっと見てはいけないものを見てしまった気分なんだけど。」
「見てんじゃねーや。プライバシーの侵害でィ。」
「俺なんにも悪くないよね!?勝手に見せつけられて、むしろ傷心したから慰謝料要求したいくらいなんだけど!!」
「じゃあ、慰謝料の代わりに香典持ってくんでさっさと死んでくだせェ。」
「ちょっとォオ!?!バズーカだよねそれ!?
どこに持ってたのそれぇえ!?」
「やかましぃいい!!!テメーら全員とっとと帰りやがれ!!!」
アルコールがぐわんぐわん回る中、お登勢さんの怒鳴り声で更に頭の中が揺れる。
あー…ヤバい。気持ち悪さより何故か眠気がきた。
私の腰に片手を回している総くんにこつん、と寄り掛かって、総くんの香りがするなぁなんて思っていたら、すとん、と私は眠気に落ちた。
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