21話 クルミの折檻
「うむ、それは怪しいな」
金髪の衛兵、レノウエ・ユングクラスが身体が捻れたような姿勢で椅子に寄りかかり、鼻と上唇をくっつける。
「まだそれだけだ。単なる偶然ということも十分にありうる」
ナイト・テッラシーナはユングクラスとは対照的に、ピンと背筋を伸ばしてデスクに向かいながら言った。
彼らは青年グロム・ディニコラについて議論していた。
昨夜テッラシーナがディニコラの自宅に立ち寄ったところ、彼が不在であったことを話したのだ。
そして、ディニコラの友人たち曰く、彼は自分の故郷に戻る途中で、どういうわけか馬車を降り、それから行方不明であることも伝えた。
「それもそうだが、証言に疑問の残る近隣住民が、事件から間もないのに里帰り、と思いきや失踪と。このまま姿を消すかもしれないな」
「だとしても、彼はまだ20にも満たない青年だ。たとえ行方をくらましたとしても、ここフォギスターン地方を出ることはないだろう」
都市ベッグの衛兵は基本的にはベッグに駐在しているが、この都市で起きた事件に関してはフォギスターン地方全域に管轄を広げることができる。
「調べてみるか? ディニコラってやつを」とユングクラスが尋ねた。
「いや、この可能性は俺が扱う。お前は別の線を探ってくれ」
低身長の衛兵は眉を上げて、わかったとうなずいた。
そこへ、白髪の衛兵リッキー・ピコレットがイラついた様子でため息をつきながら殺人課に入ってきた。
「ようリック、昨夜もレストラン街で抗争があったんだってな。聴取は終わったのか?」
ユングクラスが短い白髪の衛兵に対して陽気に問いかける。
「あ? リックってオイラのことでさ? 気安く略称で呼ぶんじゃねぇだ。そう呼ぶのは天邪鬼になるときだけにしとけさ」どうやらユングクラスの気遣いにならない気遣いはピコレットの機嫌を逆なでしたようだ。「ああ、終わったさ。一昨日に引き続きローメ・ダビルの暴走でさ。あいつは息子殺しをバフィア・ファミリーの仕業だと確信していらぁ」
「そりゃご苦労なことだなぁ。イラついてしまうのもわかるよ」
「いいや、オイラがイラついているのは忙しいからじゃねぇでさ。これを見ろ」
褐色肌の衛兵がデスクに投げて見せたのは今日の朝刊だった。
1面には衛兵府長官ガス・ブローダの写真とともに、「〈ペルソナ〉、18歳の少年を殺害する」という見出しが大きく飾られていた。
「なっ、まさか長官が記者に伝えたのか!?」とユングクラスが目も口も丸くして大声を出す。
「そうでさ。昨日の昼頃に会見を開いたそうでさ」
「……妙だな」テッラシーナは新聞を見つめながらつぶやいた。
「妙も何も、長官のくせに浅はかすぎるだろ。どうしてこうも殺人鬼の仕業に仕立て上げたがるんだ!」
「そこが妙なんだよ。本気でケリー・ダビル殺しの犯人を〈ペルソナ〉だと思い込んでいたら、あまりにも浅はかすぎる。だが、長官はそこまでバカだとは思えない」
「何か裏があるって言いたいんだな」とピコレット。
「ああ、長官は〈ペルソナ〉を犯人に断定することによって、何を得するんだ?」
「あるいは、何を損しないか、だべな」
「おいおい、まさかブローダ長官を疑っているのか?」ユングクラスは二人の顔を交互に見る。
「とんでもないバカの下で働いているのと比べれば同じようなもんだベ」
そこへ体の大きい男が部屋に入ってくる。
ガス・ブローダ衛兵府長官だ。
長官は部屋の最も目立つ場所に立ち、衛兵たちの注目を集めた。
「諸君、知っての通り、ケリー・ダビル殺しは〈ペルソナ〉による犯行だと断定した。したがって、クレイグヘッド班もとよりリッキー・ピコレット率いるチームはこの件から外れることになる。エメルダ班は引き続き捜査を進めろ。以上」
「お言葉ですが、ガス・ブローダ長官」ピコレットが衛兵たちの返事を待たずして丁寧な口を挟む。「ケリー・ダビル殺しの犯人を〈ペルソナ〉に断定する根拠は何ですか?」
「ケリー・ダビルは都市ベッグにはびこるダビル・ファミリーのボス、ローメ・ダビルの息子だ。それにケリー自身も汚名高い不良だった。〈ペルソナ〉の標的になることは不思議なことではない」
「それは推測の域を出ません。断定の根拠としてはあまりにも弱すぎます」無理矢理標準語でしゃべる田舎者はしぶとく上司に食い下がる。
「私に反抗するというのかね?」
「必要とあらば」
「いいだろう」ブローダ長官はピコレットから視線を外し、再び衛兵たちに目を向けた。「リッキー・ピコレット、お前は今ここから一週間の休職処分だ。衛兵業務の一切から手を引け。処分が解かれるまでの間は、バッカ・ソルマーが代理班長を務めろ」
かすかにざわめく殺人課のなかから、テッラシーナたちがこれまで知らなかった名前の男が明瞭な声で返事をする。
「お安いご用でさ」ピコレットが言うと、スタスタと部屋の扉へ向かっていく。
「お、おい!」ユングクラスがピコレットを呼び止めようとしたが、白髪の衛兵は聞く耳をもたずに、そのまま扉の先に消えていった。
金髪の衛兵、レノウエ・ユングクラスが身体が捻れたような姿勢で椅子に寄りかかり、鼻と上唇をくっつける。
「まだそれだけだ。単なる偶然ということも十分にありうる」
ナイト・テッラシーナはユングクラスとは対照的に、ピンと背筋を伸ばしてデスクに向かいながら言った。
彼らは青年グロム・ディニコラについて議論していた。
昨夜テッラシーナがディニコラの自宅に立ち寄ったところ、彼が不在であったことを話したのだ。
そして、ディニコラの友人たち曰く、彼は自分の故郷に戻る途中で、どういうわけか馬車を降り、それから行方不明であることも伝えた。
「それもそうだが、証言に疑問の残る近隣住民が、事件から間もないのに里帰り、と思いきや失踪と。このまま姿を消すかもしれないな」
「だとしても、彼はまだ20にも満たない青年だ。たとえ行方をくらましたとしても、ここフォギスターン地方を出ることはないだろう」
都市ベッグの衛兵は基本的にはベッグに駐在しているが、この都市で起きた事件に関してはフォギスターン地方全域に管轄を広げることができる。
「調べてみるか? ディニコラってやつを」とユングクラスが尋ねた。
「いや、この可能性は俺が扱う。お前は別の線を探ってくれ」
低身長の衛兵は眉を上げて、わかったとうなずいた。
そこへ、白髪の衛兵リッキー・ピコレットがイラついた様子でため息をつきながら殺人課に入ってきた。
「ようリック、昨夜もレストラン街で抗争があったんだってな。聴取は終わったのか?」
ユングクラスが短い白髪の衛兵に対して陽気に問いかける。
「あ? リックってオイラのことでさ? 気安く略称で呼ぶんじゃねぇだ。そう呼ぶのは天邪鬼になるときだけにしとけさ」どうやらユングクラスの気遣いにならない気遣いはピコレットの機嫌を逆なでしたようだ。「ああ、終わったさ。一昨日に引き続きローメ・ダビルの暴走でさ。あいつは息子殺しをバフィア・ファミリーの仕業だと確信していらぁ」
「そりゃご苦労なことだなぁ。イラついてしまうのもわかるよ」
「いいや、オイラがイラついているのは忙しいからじゃねぇでさ。これを見ろ」
褐色肌の衛兵がデスクに投げて見せたのは今日の朝刊だった。
1面には衛兵府長官ガス・ブローダの写真とともに、「〈ペルソナ〉、18歳の少年を殺害する」という見出しが大きく飾られていた。
「なっ、まさか長官が記者に伝えたのか!?」とユングクラスが目も口も丸くして大声を出す。
「そうでさ。昨日の昼頃に会見を開いたそうでさ」
「……妙だな」テッラシーナは新聞を見つめながらつぶやいた。
「妙も何も、長官のくせに浅はかすぎるだろ。どうしてこうも殺人鬼の仕業に仕立て上げたがるんだ!」
「そこが妙なんだよ。本気でケリー・ダビル殺しの犯人を〈ペルソナ〉だと思い込んでいたら、あまりにも浅はかすぎる。だが、長官はそこまでバカだとは思えない」
「何か裏があるって言いたいんだな」とピコレット。
「ああ、長官は〈ペルソナ〉を犯人に断定することによって、何を得するんだ?」
「あるいは、何を損しないか、だべな」
「おいおい、まさかブローダ長官を疑っているのか?」ユングクラスは二人の顔を交互に見る。
「とんでもないバカの下で働いているのと比べれば同じようなもんだベ」
そこへ体の大きい男が部屋に入ってくる。
ガス・ブローダ衛兵府長官だ。
長官は部屋の最も目立つ場所に立ち、衛兵たちの注目を集めた。
「諸君、知っての通り、ケリー・ダビル殺しは〈ペルソナ〉による犯行だと断定した。したがって、クレイグヘッド班もとよりリッキー・ピコレット率いるチームはこの件から外れることになる。エメルダ班は引き続き捜査を進めろ。以上」
「お言葉ですが、ガス・ブローダ長官」ピコレットが衛兵たちの返事を待たずして丁寧な口を挟む。「ケリー・ダビル殺しの犯人を〈ペルソナ〉に断定する根拠は何ですか?」
「ケリー・ダビルは都市ベッグにはびこるダビル・ファミリーのボス、ローメ・ダビルの息子だ。それにケリー自身も汚名高い不良だった。〈ペルソナ〉の標的になることは不思議なことではない」
「それは推測の域を出ません。断定の根拠としてはあまりにも弱すぎます」無理矢理標準語でしゃべる田舎者はしぶとく上司に食い下がる。
「私に反抗するというのかね?」
「必要とあらば」
「いいだろう」ブローダ長官はピコレットから視線を外し、再び衛兵たちに目を向けた。「リッキー・ピコレット、お前は今ここから一週間の休職処分だ。衛兵業務の一切から手を引け。処分が解かれるまでの間は、バッカ・ソルマーが代理班長を務めろ」
かすかにざわめく殺人課のなかから、テッラシーナたちがこれまで知らなかった名前の男が明瞭な声で返事をする。
「お安いご用でさ」ピコレットが言うと、スタスタと部屋の扉へ向かっていく。
「お、おい!」ユングクラスがピコレットを呼び止めようとしたが、白髪の衛兵は聞く耳をもたずに、そのまま扉の先に消えていった。
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