4話 「ひとつの方法」
「あの、私に記憶の探し方を教えてください」
「こういうことは急いでもすぐに見つかるわけではない」
壱橋さんは怪訝そうな顔をされたけれど、私は一刻も早く記憶を取り戻したかった。
きっとこの街のことを何も知らない私はこれからも弐那川さんの力を借りることでしかここでは生きてはいけない。
そうしなければ路頭に迷って息絶えるのが関の山だと思う。けれど、いつまでもここに居ることは出来ない。
そんな、重荷になるようなことを頼めるはずもなかった。
「いいか。焦って良いことばかりじゃない。こういう場合は慎重にだな」
「でも私、早く」
こうしてぐずってしまうことで、結果的に壱橋さんに迷惑をかけていることも百も承知だった。
壱橋さんは私の目をじっと見ると、やがて呆れたように視線を背ける。
あと一押し、そうすれば教えてもらえるかもしれない。そう思って壱橋さんに最後の一押しをしようとした時だった。
「もしかして、私に迷惑だと思ってないかい?」
反射的に弐那川さんの方を向くと、柔らかく微笑みながら「そうなのかい?」と少し悲し気な表情をされた。
「私はね、記憶のない子を追い出すほど薄情な人間じゃないよ」
「違うんです。私は」
「アンタくらいの子ひとり、養っていけない甲斐性なしでもないさね」
弐那川さんとは昨日会ったばかりのひとだ。
けれどどんなに優しい人なのかは、その短い間でもわかった。
夜中に、寝付けずにいた私の借りていた部屋の扉が開いて、思わず寝たふりをしてしまった時に優しく頭を撫でてくれた温かい手があったから、私は安心して眠りにつけた。今だってきっと忙しい筈なのに、私がうまく喋れないのを汲み取って、こうして一緒に壱橋さんに事情を説明してくれている。そんな弐那川さんと一緒に暮らしていけたらきっと、記憶なんてなくても幸せに生きていける気がする。けれどダメなんだ。もうこれ以上、迷惑をかけられない。かけちゃいけない。
壱橋さんは、弐那川さんの方をじっと見つめながら、浅くため息をつきながら「ひとつだけ、方法ならある」と呟いた。
「この街の仕組みを大まかに話そう」
気が弱そうで、押しに弱い。
それが娘を見た時にまず抱いた印象だった。
弐那川 幸子、この街に居れば知らない人間など居ないくらいに有名な「見届け人」
この街に流れ着いた者は経緯はどうであれ自然とこの弐那川さんのもとを訪れる。
「見届け人」とは、彼女自身が何か能力のようなものを使って亡者に対して行動を起こす訳ではなく、彼女はあくまでも「その者の生末を見届ける」存在だった。亡者が何を望むのか、どんな未練を抱えているかを探り、そして俺達のようなものに繋げていく。そして最期、その者の未練がすべて尽きたのを見届けると彼女は「見届け人」としての役目を終える。
今回の依頼は「記憶喪失の女性の記憶を見つけること」だった。
何はともあれ役所に行って名前を知らねば何も始めることも出来ないとここに来る前に役所に行ってもらったデータをもとに該当する人物を探るように役人に言ったが、結果から言えば思わしくないものだった。
『これは弐那川さんからの依頼でしょう?また随分と不可思議な拾い物をしてきたものですねぇ。数百年ここで亡者の記録を担当しておりますが、ここまで記録がない人間は見たことがない』
『記録がない?それではここでは彼女の詳細を知ることが出来ないと?』
『この街にはすべての世界から未練をもった亡者がやってきますからねぇ、膨大なデータを誇っておりますが、時々こうしてシステム的に記録が残されていない場合があるんですよ』
『そういう場合はどうしたらいい』
『そうですねぇ』
弐那川さんは、娘が心配でならないらしい。
まあ危なっかしさから言えば今までの亡者の中でも群を抜いている、無理はない。
長年世話になっている弐那川さんの不安になるようなことを起こしたくはないが、本人の目を見ると先程までのなよなよした雰囲気はどこへやら、今はじっと俺の目を見て、「ひとつの方法」について話すのを、ただじっと待っている。
「方法ならある、だが勧めはしない。どうなるのか俺にも分からない事であるし、お前の望む通りの記憶だとは限らない」
「いいんです。このまま何もわからずにいるほうが余程こわいので」
「もう二度とここには戻って来れないぞ。未練が終わればお前は輪廻転生の渦に戻っていく。結局は記憶を取り戻せたとしても、魂の中から記憶をもう一度消され新たな人間として生まれ変わっていく。一時的なものだ。もしこの方法を使えば二度とこの街には足を踏み入れられないぞ」
敢えて現実を冷たく言い放つと、娘は一瞬瞳の奥を揺らしてから弐那川さんの方を見つめた。
出会ったのは昨晩だというのに、相変わらず弐那川さんは人の懐に入るのが上手いというべきか、娘が人懐っこい性格なのかは知らないが。弐那川さんと彼女が再会するのはきっと、再び輪廻転生された彼女が亡者としてここへ来たときだろう。ただその時には今の記憶は完全に消し去られていて「はじめまして」から始まるが。
「わたしに教えてください。その方法を」
どうせ断る、そう思っていた俺は案外早く着た返答に驚いた。それも肯定の返答なんて予想もしていなかった。
ハッとして娘を見た俺は、何故か娘が誰かと重なって見えた気がして、一瞬目を細めると、すぐにその「面影」は消え去り目の前の娘が目に入った。
「いいだろう。教えてやる」
どの道、「探し屋」を請け負った時から巻き込まれることには慣れている。
少しだけ彼女の「失せもの探し」に付き合ってみてもいいだろう。
弐那川さんを見ると、向こうも視線に気が付きこちらを見て、悲しそうに微笑んだ。
弐那川 幸子
この街で未練のある亡者の「見届け人」を請け負っている。
情に熱く、亡者ひとりひとりに親身になって世話をしてくれる。
亡者と会った時に、その亡者の記憶を走馬灯のように見ることが出来るが、そのことを亡者に話すことは厳禁。
つまり、主人公の失くした記憶の一部分を知っている故の表情をしていることも多々ある。
※原作キャラクターが出るのはもう少し先になります…
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