第九十一話 現世への帰還
直感的に悟り、モルガナは叫んでいた。
『おい!!ゴウト!!もっと見せてくれ!!我が輩は、まだ、知りたい答えを見せてもらってはいんだぞッ!!』
モルガナの願いは空しく、過去の世界は揺らぎを強めていき、全ての光が残らぬほどの暗黒が渦巻きながら視界を占拠していく。モルガナはあがきたかったが、はたしてどう足掻けばいいのかも思いつくことも出来ず、ただ口惜しさを噛みしめたまま状況に流されるだけであった。
……暗黒に染まる世界のなかで、モルガナは上も下も分からぬ状態に陥りながら、どこかへと向かって行く。浮上しているような、落ちていくような。どちらにも似ていて、どちらからも遠いような。温かいような冷たいような。さまざまな矛盾を感じさせる感覚が心と体に襲いかかっていた。
……その時間も永く感じたのか、それとも短く感じたことか。どんな納得もすることの出来ない不思議で混沌とした経験を過ごしながら、いつのまにかモルガナは聖ミカエル学園の校長室で目を覚ましていた。
床にバタリと倒れ込んでいる。右の頬が床の硬さを伝えてくれたから。ぼんやりとにじむ視界のなかに、あのセンザンコウが―――そうだ、ゴウトがいた。
『うげげ……っ。ひ、酷い目に遭ったぜ……っ』
モルガナの文句にセンザンコウは笑う。
『そうか。さすがは黒猫だ。オレの霊格とよく適合したらしい。やはり、高度な悪魔に製造された使い魔のようだな。大きな目的と、大きな力。そして、自由度を与えられた、代理人のような存在か』
『……ま、まあ、たしかに、そんな存在じゃあるよ。くそ。まだ、頭がくらくらしやがるぜ……っ』
モルガナは肉球のついた足の裏で床を突き、ゆっくりとその場から体を起こしていた。反射的に身震いしながら、ぼやける頭に活を入れるように右に左に振り回す。
『うう……っ。フラフラが取れねえ』
『じきに良くなる』
『……お前、さっきよりも、元気そうだな?』
『そう見えるか?よく同調することが出来たらしい』
『……ああ。なるほどな。なんとなく、言わんとすることが分かったよ。我が輩は、お前の見せる幻覚を、より精密に認知しているんだな?』
『我々が使う言葉とは少し異なるものだが、おそらく、その認識はズレていないだろう。霊力に依存する現象は、信じるか信じないかでその観測の精度を変えるものだ』
『……やっぱり、我が輩たちが使うペルソナの力と、お前たちが使っていた悪魔の力はどこか似ている』
『異能の力など、けっきょくはそのようなものだ。世の中の常識と逸脱しつつも、定義するためには一般常識や当たり前の感覚と照らし合わせをして行くことでしか、証明することは難しい』
『……今、あまり詳しい説明を聞かされたりアタマの調子じゃないな』
『時を遡る術は、負担が大きいからな』
『……ああ。我が輩の紳士レベルが低ければ、本能のままに毛玉を吐いちまったところだろうよ』
潜入現場に、自分の痕跡を残すつもりは怪盗モルガナにはないのである。それに、校長室の床に毛玉を吐き出すなんて、ちょっとじゃないレベルに失礼なことのような気がした。
……あと、毛玉だけじゃすまない可能性も考慮しての判断だ。吐き気を精神の力で御しきり、その本能をモルガナは押し止めることに成功していた。しばらく苦しみながら耐えているうちに、体は楽になってくる。アタマも、洗濯機の渦巻きのなかに放り込まれたような目眩は収まっていく。
『ふう……どうにか、落ち着いた』
『過去の世界は楽しめたか、モルガナよ?』
『楽しい光景じゃなかったからな。だが、お前たちがどんなヤツらだったのか、どんなヤツと戦っていたのか、それは分かった』
『ならば、けっこうなことだ。オレもムリをした甲斐もある……尽きかけの霊力で、我ながらよく粘れたものだと感動しているよ、自分の義務感の強さにもな』
『……お前たちは、経緯は分からないけど、この土地の呪いを解くことに失敗したわけだな?』
『……葛葉ライドウとその眷属にも、不可能なことはあるからな』
『何が起きたんだよ、あの後?』
『月村カイドウの言葉に従い、ヤツの私室の床板を引っぺがした。全裸の乙女たちの死体と、その死体に絡まれているミイラが出て来たよ』
『ミイラ。そいつが、『聖女の遺骸』というヤツなわけだ。それを、処分しなかったのかよ?』
『まさか?オレたちはそこまでマヌケじゃない。そんな呪いに汚染されたものを、一般の土地に放置するわけがない。燃やしたよ。呪いを払い、土地を清める祝詞と共に』
『それなのに……?』
『問題は、『聖女の遺骸』と乙女たちを連結していた金属だ』
『……それで、何か刀を作れとか言っていたが?』
『作れなかった』
『ふむ?……不気味すぎてか?』
『いいや。回収することが叶ったら、オレたちはその呪いわれた金属で刀を打っただろうさ……オレたちを邪悪な集団と誤解して欲しくはないが、悪魔や呪いの儀式の中核となったアイテムは、オレたちにとっては極めて有益な武器にもなる』
『……毒をもって毒を制す。そんなコトか?』
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