第七十三話 『教会にて』
「……健太郎……」
モルガナを抱きしめて、撫でまくっている神代を見つめながら、城ヶ崎シャーロットはそう呟いていた。
神代はモルガナを撫でる手を緩めることなく、少女のことを見つめて来る。
「い、いいじゃないですか?……名前の分からない猫に、自分の好きな名前をつけて呼ぶのは?」
「……健太郎さんって、好きなヒトがいたんですか?」
「いいえ?……なんとなくだけど?……そもそも、城ヶ崎さんは、どうしてモルガナちゃんの名前を知っているの?」
「え?えーと……レンレン」
助け船を出せというオーガーが込められた視線であることに、蓮は気がついていた。このまま自分の猫だということを神代に告げれば、今後の行動に制限がかかってしまうかもしれない。
自分の猫だと名乗り出るべきではないと、蓮は判断する。さてと、では適当な嘘をついて誤魔化さなければならない。
「……昔飼っていた猫にそっくりだったから。その猫の名前をそいつにつけたんだ」
『……うむ。そこそこの嘘だ。城ヶ崎、分かっているな、蓮にハナシを合わせろ』
「そ、そーなんですよ、神代先生!レンレンが飼っていた猫さんにソックリだっていうから、同じ名前にしたんです!」
「そうなの……でも、気に入っているのね、モルガナちゃんてば。まるで、雨宮くんの言葉に返事するみたいに、みゃーみゃー鳴いているものね……健太郎って名前は、もしかして古いのかしら?」
「ど、どうでしょうか?……でも、モルガナの方が、その子には似合っているように気がします」
『まあな』
「……本当にモルガナちゃんは雨宮くんのくれた名前が好きなのね?……モルガナちゃーん」
『神代殿ーっ!!』
「あはは。みゃあみゃあ、言っているわ!……ああ、猫、癒やされる……飼いたいなぁ……私のマンション、どうしてペット禁止なのかしら……っ」
「……先生も、猫さんが好きなんですね!……私もです、同志ですね!」
「まあ。城ヶ崎さんも?……そうね。同志だわ!まあ、人類の大半が、猫を愛してはいると思うけれど……」
『そこまでかは分からんが、美人にナデナデされるのは、嬉しいみゃー』
その発言に城ヶ崎シャーロットは少しばかり……いや、ドン引きしてしまっているようだ。蓮の背中に隠れるようにして、コソコソと彼に囁きかけてくる。
「……モルガナ、オス猫さんだね……っ」
「ああ。発情期だ」
『ちげーし!適当なこと、言うなよ、蓮……』
「あら。不機嫌な声に?私の撫で方がマズかったのかしら?」
『そんなことはないです。神代殿の手は温かくて、やわらかくて……我が輩、幸せなニャンコです……』
モルガナはえらく神代に懐いているようだ……ペルソナ使い以外にも、懐くのであろうか?……まあ、杏殿も美人であることには間違いはない。どこか所帯じみたところが、玉に瑕ではあるが、基本的にいい子である……。
ぐー。
「はわ!?」
城ヶ崎シャーロットの胃袋メーターが空腹を告げるために音を立てていた。神代がそのメーターの音に気がついた。
「あら。貴方たち、モルガナちゃんにエサをあげに来たの?……パンを持っているわね」
「は、はい……モルガナといっしょに食べようかなーって、考えていたんです」
「そう。校内に迷い込んで来た猫にエサを与える……私は、その考え、好きですよ」
「ですよね!」
『……ま、まあ、一般的には教師はそういうの推奨すべきじゃないんだろうけど……神代殿は聖なる母性の持ち主であるから、いい。我が輩にとって、都合も良いしな』
「……本来は礼拝堂での飲食は禁じているのですが……まあ、今日は認めてあげましょう。小動物をいたわる気持ちを私に示してくれたお礼です」
「やったー!……で、でも……そういえば、ここで、昨日は鐘の音を聞いちゃったんですよねえ……っ」
「イタズラですよ。怪談話なんて、ほとんどがイタズラか虚構です……吉永比奈子さんの死は事実ですが……それを怪談話の材料にしてしまったのは、学生たちの好奇心が成せる行為だと思います……城ヶ崎さんは、気にする必要はありません」
「う、うん。それは、そうなんですけど……」
実際に危険な目に遭っている城ヶ崎シャーロットにとっては、あの鐘の響いた場所で食事を取る気にはなれないかもしれない……蓮は、気を使うことにした。
「先生、城ヶ崎は少し不安そうです。オレたち、どこか別の場所で食べることにします」
「……そうですね。主の住まう家を……教会を、恐怖の対象としては捉えて欲しくはないのだけれど……状況が状況ですからね。城ヶ崎さん、何度も言いますが、心配する必要はありませんからね?七不思議なんて、ただのウワサですから」
「は、はい……」
「……雨宮くん、彼女のことを頼みますね」
「任せろ。行くぞ、城ヶ崎」
「……うん。レンレン!」
城ヶ崎シャーロットを連れて、蓮はこの教会を出て行こうとした……その瞬間、あの鐘の音が再び響いていた。
「……っ!?」
「この音は……ッ!!」
『……おいおい、またかよ……っ!!』
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