第六十九話 購買戦争
小山は赤くなった顔で走り去った……大きな誤解があるようだが、蓮はその誤解を楽しむことにする。教室に向かうと、廊下に出て、壁に背中を預けながらたたずんでいる城ヶ崎シャーロットを発見する。
「どうした?」
「いや、質問攻めに合うから、こうして出て待っていたの。皆、私たちのことを誤解しているっぽい」
「イヤか」
「い、イヤじゃないけど……っていうか、レンレン。あまりからかわないで下さい。私、そんなヨユーとかないですー……」
たしかに上気した顔は混乱している様子に見える……蓮は、とりあえず予定をこなすことにした。購買に行き、食料を購入しなければならないのだ。その後で、モルガナと合流する必要がある……スマホには双葉からの連絡はまだない。
それはそうだろう、シュージン学園のスケジュールより、聖心ミカエル学園のほうが昼休みに入る時間が20分ほど早いのだ。
「とにかく、移動しよう」
「う、うん……なんか、こう……照れちゃうな」
「オレといるのが辛いか?」
「ううん!そんなことないもん……なんていうか、その……照れてるだけで、それはそれで、どこか甘酢っぱいようなカンジですから……問題は無しデース」
「どうして片言になるんだ?」
「い、いいから。早く行きましょう。モルガナを待たしちゃうことになるよ」
「……そうだな」
城ヶ崎シャーロットに導かれるようにして、蓮は購買部へと移動する。
……購買は込んでいる。一年生が多いように見えた。食堂を使うよりも、購買でパンでも買った方が安くつく……安くすめば、自由に出来る小遣いも増えるのだ。
そんな計算から来る行動なのかと考える。学生は、いくら金があっても足りない。遊びに出かければ、すぐに数千円が飛んで行くのだから……パン一つで済ませば、肉うどん250円よりはよほど経済的ではある。
「混んでる……っ」
「オレが買ってくる」
「え?」
「その方が早いだろ」
「うん……っ。ほんと、レンレンってば、紳士だ!後払いするから、ま・か・せ・た・ぞ!」
「ああ!何が欲しい?」
「メロンパンと牛乳!そして、余裕があればアンパン!」
「了解だ」
蓮は人混みをかき分けるようにして、購買前の混沌に侵入していく……アジアでサイアクの東京の通勤ラッシュを味わって来た蓮からすれば、この程度の人混みなどで怯むことはない。
ゆっくりと確実に前進して、購買のおばちゃんの前へと進み出ていた。
「メロンパンと牛乳を二つずつ!そして、あんパン一つ!」
「はいはい。全部で400円ね」
蓮は銀色にかがやく100円玉を素早く取り出す。4枚の百円玉をおばちゃんの手に乗せて、商品を受け取ることに成功していた。
人混みを軽やかなフットワークで抜き去って、蓮は城ヶ崎シャーロットの元へと帰還する。
「早い!さすがだね、レンレン!」
「まあな」
「東京帰りはやるなぁ……それに…………耳、貸して?」
少女の願いを叶えるために、蓮は膝を曲げて城ヶ崎シャーロットに耳を近づける。城ヶ崎シャーロットは、合わせた両手で蓮の耳を包み込むようにして、ちいさな言葉で語るのだ……。
「…………怪盗、だもんね……っ」
誰にも聞こえなかった言葉を告げ終えて、城ヶ崎シャーロットは満足げに蓮から手を離した。独り占めの喜びを噛みしめながら、少女は微笑む。
「じゃあ。行こう。モルガナと合流しよう!モルガナは、アンパンとメロンパンどちらが好きかなー」
「モルガナ用のパンだったんだな、やっぱり」
「うん。乙女はメロンパン一つで大丈夫なのだ……っ。まあ、買い置きのおやつもバッグのなかに入っていますので、どうにも空腹な時は、そちらの非常食料を解放すれば良いだけのことですから」
「なるほど。いい計画だ」
「ポッキーとじゃがりこは常備してあるから、あとでレンレンにもあげようと思います」
「それは助かる」
「素直でよろしい。おやつを愛するヒトに、悪人はナシだもんね!」
「……名言だな」
そんな言葉を交わしながら、蓮と城ヶ崎シャーロットはくだんの教会を目指す……春の日差しは温かく、眠気を誘う……教会に近づくと、蓮と城ヶ崎シャーロットは、春の猫の声を聞くことになるのであった。
『みゃーご、みゃーご!にゃーん、にゃーん!』
「うふふ。可愛い猫ちゃんですね……ほら、よしよし、ナデナデー……」
『にゃははは!にゃーん、にゃーん!ごろごろごろごろ!』
「まあ。こんなにノドを鳴らして!……やはり、キャットフードを買って来ておいて良かったわ……っ。ほら、たーんと、お食べなさい!」
神代先生であった。蓮と城ヶ崎シャーロットは、教会の前で、完全に猫化しているモルガナをナデナデしながら餌付けしている自分たちの担任と遭遇することになる。彼女は、やはり猫好きのようだった。
蓮と城ヶ崎シャーロットは、コソコソと物陰に隠れる。教会の壁に身を貼り付けながら、猫を愛でる学級担任を遠巻きに観察する……。
「……レンレン、どうして、隠れるの?」
「……なんとなくだ」
城ヶ崎シャーロットに対しては、そんな言葉を言い訳に使う。言い訳にもなりはしないが、この少女を怖がらせる気は蓮にはない。犯人だと疑っているなどとは、告げるわけにはいかなかった。
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