第六十六話 日常の裏側で
怪盗の双眸に力を込めながら、蓮は丘の上にある聖心ミカエル学園の校舎を睨みつける。教師と生徒が狙われたとすれば?……接点は一つだけ。学校……この場所に、ペルソナ使いはいるというのだろうか……?
……蓮が知っているペルソナ使いは、皆、学生だった。生徒に混じって天使サマという名のペルソナ使いがいるのだろうか……?あの明智吾郎のような人物が……。
いや、決めつけはよくないことだ。
学校にいるのは生徒だけではない。大人のペルソナ使い……教師の場合だって否定することは出来ないのではないだろうか。自分たちが高校生だからといって、高校生にしかペルソナ使いがやれないとは限らない……。
己のシャドウを御するほどの精神力があれば、それがペルソナへと覚醒することになるのだろう。子供も大人も、あまり関係がないように思える。
……どうあれ。天使サマという名のペルソナ使いが校内にいる可能性は否定することは難しい。蓮とモルガナと城ヶ崎……七不思議の一つに襲われたのは、校内にある教会でのことだ……。
あの時、聞こえた鐘の音が、全ての始まりだったのだろう。聖心ミカエル学園の校舎が近づき、あの教会も見える。数を増やした生徒の群れに隠れるようにしながら、蓮はあの教会を観察していく……。
小さな教会だし……鐘撞き堂は存在しない。あの音は、いったい、どこから響いて来たのだろうか……?あの鐘の音を響かせたのは、天使サマなのだろうか……。
分からないコトが多い。
『……焦るなよ、蓮。敵の動きは読めないし、正体だって我が輩たちは何も分かっちゃいないんだ』
ゆっくりと情報収集をしたいところだが……授業をサボるわけにもいかないな。蓮は城ヶ崎シャーロットと共に、人混みから離れると、教会の裏手に回り込む。
「モルガナ、調査を頼めるか?何か怪しいものがないかを、この教会を中心に探ってみて欲しい」
『おう。任せろ。我が輩の調査能力を見せつけてやる!』
「探偵モードだね、モルガナ!」
『怪盗モードと言え、怪盗モードと……よし。とにかく、お前たち二人は学生生活をしておけ。我が輩が、この教会とか校舎全体を調査しておいてやろう』
「……モルガナなら大丈夫なハズだが、気をつけろよ。ペルソナ使いじゃなく、吉永比奈子と遭遇する可能性だってあるんだからな」
『……太陽の明るい内から、幽霊と遭遇するのか……っ』
「ないとは言えない」
『……うん。たしかにな。だが、問題はない。もしも、向こう側の世界に引きずり込まれたとすれば、我が輩もペルソナで応戦すれば良いことだからな』
「モルガナ、気をつけてね」
『心配する必要はない。とりあえず……昼休みに、この教会裏に集合するといことでいいな?』
「そうしよう」
「らじゃー」
城ヶ崎シャーロットは兵隊みたいに敬礼をしてみせる。モルガナはその様子を見て微笑むと、尻尾をピンと立てたまま、歩き始めていた。
「……城ヶ崎、オレたちも教室に向かおう。皆で集まっていれば、ムダに目立つ。モルガナが自由に調査するためにも、オレたちは邪魔してはいけない」
「うん。分かったよ。モルガナのこと、心配じゃあるけれど……大丈夫なんだよね?」
「大丈夫だ。信じてやれ。モルガナはベテランのペルソナ使いだからな」
「わかった。信じるよ…………それじゃあ、教室に行こう!」
「教室はとこか分かるか?」
「えーと……3年B組!」
「その通りだ」
「ね、ねえ。レンレン、私、そこまでおバカさんじゃないからね?」
「聞いてみただけだ。オレが慣れていない」
「そっか。うん、レンレン、ミカエルは二日目だもんね。私が連れてってあげるから、安心してください」
「頼りになるな」
「そ、そうです。頼りになるお姉さんタイプの女の子なのです、このシャーさんは」
そうでもないなと口にすることを、蓮は選ぶことはなかった。
蓮は城ヶ崎シャーロットに導かれるまま、3年B組にたどり着く。顔も名前も一致しないクラスメートだらけだが、とりあえずスマイルと共におはようと挨拶をしておく。
学友たちも社交的にあいさつを返してくれる……だが、もしも、自分が少年院帰りだと知られると、どうなるのだろうか?……それが冤罪によるものだとしても、冷たい態度に様変わりするのだろうな。
……慣れてはいる。むしろ、シュージンでの一年間のせいで、ここまで自分に対して愛想の良い生徒を見ると落ち着かないほどだった。
何というか……ずいぶんとマヌケな後遺症かもしれないなと、蓮は考えてしまう。平和で健全な状況に対して、どこか自分は満足することが出来ていないようだ。
平和な時間が過ぎていく……授業が始まり、それを集中して聞いていくだけの時間が。勉強は嫌いではない。学力を高めることも含めて、自分の能力を高める行為の全てが好きではあるのだ。
真や双葉のように、脅威的な知恵の持ち主と触れ合うことで、彼女たちにはなれなくとも、彼女たちのアイデアを理解するぐらいに賢くなければならないと感じていたのである。必要に応じて手にした賢さであった。
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