第三十八話 ベルベット・ルーム再び
二日連続での遅刻は避けるべき行為だったが……城ヶ崎シャーロットにSNSでメッセージを送っておくことにした。カレーを写メに撮り、それを送ってみることにした。
『……メシテロかよっ。あの食いしん坊なら、間違いなく食べたーいって、ごねるに決まっているな』
「そうかもな」
送信する。返事を待ちながら、明日の準備でもしておこうと考えていたが……明日の準備が終わっても返信はなかった。そもそも既読にもなっていないようだ。
『ふーむ。城ヶ崎のやつ、眠っちまったのかもしれないな。彼女にとっても、色々あった一日だっただろうから』
「そうかもしれない」
時刻を見る……10時37分……いつの間にか時間が過ぎているものだ。
「そろそろ寝るか」
『おう。そうしようぜ。明日は、早起きしよう。いや、今日も早起きだったのだが……今日以上に素早く行動することにしようぜ』
「わかっている。じゃあ……電気を消すぞ」
蓮はモルガナにそう断りを入れて、部屋の明かりを消した。真っ暗だが、怪盗の瞳を使えば暗がりの中でも輪郭が浮かび上がるのだ。そのまま室内を歩いて、ベッドに寝転んでいた。
……色々とあって疲れていたのだろうか?それほど遅くない時間だというのに、睡魔が襲いかかって来る…………ふむ……なんだか…………この感覚は、懐かしい…………。
…………ベルベッド・ルーム……。
頭の片隅で、その部屋の名前を呟きながら、雨宮蓮は深い睡魔の囚われとなるのだ。
……。
……。
……。
……ッ!!
『ヒヒヒヒヒ!……お目覚めですかな、お客さま』
聞いたコトのあるような、ないような……そんな声が頭に響いていた。蓮はゆっくりと瞳を開ける。自分は……イスに座っているようだ。服装も、寝間着用のTシャツのままであり、囚人服ではない。
『おやおや。まさか、囚人服ではないことに、驚いておられますかな?』
目の前に、イゴールがいた。鼻の長い、丸い顔の不思議な人物―――かつて自分に力を与えてくれた存在であり、敵でもあったが―――いや、正確には敵が、彼の姿を模倣していただけだが。
「……本物の、イゴールか」
『ええ。そうです。いつぞやかは、ご迷惑をお掛けいたしましたな。今は、この通り、正当なる立場へと戻りました』
「……そうか。それは良かった」
『ええ。たしかに、私は救われました。しかし……雨宮蓮。貴方さまには、新たな運命の関門が立ちふさがろうとしているようでございます』
「……新たな、運命?」
『そうです。ある意味では、これも予定調和と申しましょうか……ペルソナ、『サナタエル』を覚醒してしまった貴方さまには、避けることの出来ぬ運命……聖心ミカエル学園。あの場所を運命が選ばれたのも、決して偶然なことではない』
「……どういうことだ?」
『すぐにお分かりになると思います。雨宮蓮、『サナタエル』の力の保持者。貴方には、大きな役目があの学園で与えられることになるでしょう。私としては、健闘を祈ることと、ささやかな力をプレゼントすることしか出来ません』
「何かの力をくれるのか?」
『ええ。貴方さまからすれば、いつもの通りの力かもしれません。私が、貴方さまに授けるのは、初めてのことではあるのですが……再び、反逆の衣をまとうための力を、解放いたしましょう。そして、戦いの場へと趣く、異世界ナビの力も』
「……何が起きる?」
『……運命ですな。『サナタエル』が導き、引き寄せてしまった運命……貴方さまのご学友の命が、危険に晒されることになる』
「……っ!!」
『すでに、心あたりがお有りのようで。さて。そろそろ、夢の時間も終わる。現に戻ったあかつきには、私めの与えた力を駆使して……どうか、ご学友の命をお救い下さい。貴方さまにはその能力があるからこそ、『サタナエル』が宿り、『サタナエル』もこの運命を呼んだのですから―――』
―――っ!!
夢から覚める。全身に汗をかいていた蓮は、胸元にいたモルガナを弾き飛ばすような勢いで体を起こしていた。
『むぎゃ!?ど、どうした……蓮?』
「……ベルベッド・ルームに行ってきた」
『な、なんだと!?』
「何かが起きるらしい。オレの学友の命が、危険に晒されると、イゴールが教えてくれたんだ」
『学友……?つまり、シュージンじゃなくて、こっちの方か?……聖心ミカエル学園のことだな!?』
「おそらく」
『待てよ。そんな……ミカエルでお前の友人なんて、今は一人しかいないじゃないか』
「そうだ……それに……彼女は、城ヶ崎シャーロットは……オレたちと共に、鐘の音を聞いている」
『七不思議……たしか、あの鐘の音を聞いちまうと……自殺した女生徒に呼ばれて、飛び降りるとかいうハナシだったな……ッ』
「ああ……」
蓮はスマホを見る。スマホの中には、あの異世界ナビが復活していた……。
『異世界ナビ……っ。本当だ、本当に、何かが起きるんだな……蓮、城ヶ崎だ。城ヶ崎に連絡をしろッ!!』
「わかっている!!……城ヶ崎……っ」
蓮は慌てながらも深呼吸をする。呼吸で心を無理やりに落ち着かせながらも、彼の指はスマホを操作する―――城ヶ崎シャーロットのSNSから、彼女に電話を試みる。
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